第9片 「鬼隠山」の決戦第三仕合 VS発狂者
僕たちは山の7合目あたりに到達していた。
ただでさえ、大した体力があるわけでは無いので登山は辛いというのに、刺客への警戒も緩めるわけにはいかなかったので、体力・精神共に皆疲れが顔に出始めてきた。(礫さんだけ涼しい顔をしていたので、「皆」ではないか……)
日の光が遮られているせいで時間間隔も喪失してくる。
スマホで時間を確認すると丁度お昼時だった。
「いったんここいらで小休止しませんか? なるべく急ぐべきなのは重々承知なんですけど」
「賛成ですわ」
意外にも 真っ先に賛同してくれたのは礫さんだった。
「意外そうですわね? ですが休めるうちに休み、常にベストコンディションに整えておくというのは、プロとして当然ですわ。チームとして動いている以上、わたくしだけが全快状態ではあまりいい状態とは言えませんからね」
「うひゃー、正直ちょっと助かるぜー」
「軽い携帯食を持ってるので皆さんもどうですか?「どうぞなのです」」
「おっ、いいのかい? ありがたくいただこう。水しか持ってきてなかったからね」
「えっ? お前マジかよ?」
「…………ちょっと、山を舐めすぎではありません?」
うっ。アッキーと礫さんの視線が痛い。
「……とりあえず、5人が休めそうなところまでもう少しだけ進みましょう。ここだと斜面が少し急ですからね」
少し上ったところには丁度全員が休めそうなスペースと木が風か何かで折れたようで、座れそうな切り株があった。
休憩スポットとしてはこれ以上ないほどの好条件である。
その切り株に人が座っていなければ。
その人物はすべてがちぐはぐな感じが否めなかった。
髪はボサボサ――と見せかけて一部だけは丁寧に梳かしてあるようで頭頂部のあたりだけが金色に染められていた。よく見る染めたあとに地毛が生えてくることでプリンのような見た目になるのとは真逆である。
上半身はきっちりとしたスーツを着こなしてネクタイまで締めているのにその下はロングスカートを穿いていた。
それゆえ性別も定かではない。
まるで、一般的な形容を見る者にさせないかのような風貌だった。
マスクで口元が隠されているため、目元からしか表情を読み取るための情報は得られなかったが、明らかに目が座っていた。
「んん~~~~~~~~~~~~~~~るっ///な」
何かを呟く。
だがそれはあまりにもか細い。
人に伝えるためではなく。
己の思考を口にする。自分だけのための発声。
「%%%%%%んーーー? 。{!}ぐgggggggggg//」
嗚呼。
正気じゃないね。
「鬼隠山」の決戦
第三仕合開戦
「『発狂』してます……。「気をつけてください。『発狂』状態のカラフルピースは通常の者がもたらすよりもずっと異質な影響を与えてくるのです」」
「何かされる前に終わらしちまえばいいのさ。なっ?」
「ええ。一瞬にして無力化して差し上げましょう」
アッキーと礫さんがその人物に襲い掛かろうとしたその時。
僕は二人を正面から見据えていた。
何が起こったのか理解するよりも前に迫ってきていた二人が糸が切れたようにぷつりと動かなくなる。
こちらに駆けだしていた礫さんはそのまま顔面から地面へと倒れこんだ。
その奥には最中ちゃんと笹ちゃんがいた。
最後に。おまけとして、毎朝鏡で目にする男の顔があった。
それは……。それは、
僕だった。
僕がいた。
身体が小刻みにぶるぶると震える。
口からは歯どうしが当たってカチカチと音が鳴る。
怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
視線が怖い。
視線が僕を規定する。
視線は僕の身体を貫き、その場に固定する。
僕を「何者か」に定義しようとする。
透明な枠が身体の周りに形成されて、あるべき姿に強制されるようだ。
窮屈だ。
その中で僕は不定形の液体のようなものになる。
芋虫がキレイな蝶になるために蛹の中で身体を再構成するようなものに近いかもしれない。
でも、一つ決定的なはっきりとした違いがあるとしたら。
僕は羽化できない。
この殻は内から破るにはあまりに強固だ。
そのまま僕の中身は腐り果てる。
後に残るのは人の形をした張りぼてだけ。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
すべては自業自得だったんだ。
返ってきたんだ。
それでも、こんな苦痛には耐えられない。
だから、思わず口からこぼれた。
「み$$*“”る……¥¥¥な<<<<<<<」
一人の少女の目がこちらを見つめた。
やめろ。やめて。赦して。どうして。僕を見るんだ。
赦して。赦してくれ。苦痛なら十分受けてきたじゃないか。
こちらに近づいて来る。
その目は僕を見据えていた。
僕を倒すべき敵だと規定して。
なんでどうして。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
僕の目前まで到達すると。
その少女の視線が僕に降り注がれた。
その目は僕のことを――――――――
「感情移出・先入観。なのです」
そこで、僕の意識は途切れた。
「危ないところだったのですよ」
上から覗きこまれる。もはや、それに大きな苦痛は感じなくなっていた。後頭部には少しの柔らかさとその中に細い硬さがあった。
こっ、これは!!!!
「膝枕なのです」
膝枕だっ!!!
……でもこれ。後で性性くんに殺されたりしないよね?
やっぱり、安心するよな~。
遠い日の記憶。僕が最初に殺した人のことを思い出す。
そういえば、どこかの誰かが自分の従者に膝枕をさせていたっけ。
「大丈夫ですか? 探偵さんが一番強く影響されていたようなのです」
「うん。僕は平気だよ」
視線を動かし、あたりを見回してみると皆ショックを受けたようでとても会話をするような元気はないらしかった。
「えっとー。笹ちゃんが助けてくれたんだよね?」
「です!」
「一体全体何が起こったんだい?」
「むー。どうやらあの人のカラフルピースは先入観だったようなのです」
「言われてみれば、そんなこと言ってたよね」
「本来がどういったものかは分からなかったのですが『発狂』した結果、他者を自分の意識に潜入させたようですね」
「あれ? 『先入』と『潜入』は同音異義語ではあるけど全然意味違わない?」
「私もよく分からないのですけど兄者は規定性がどうのこうのと言っていたのです」
「うーん、なるほど? それで笹ちゃんはどうやって解決したの?」
「あの人に共感して、あの人の能力をコピーしたのです」
「……強くない?」
「そこまで便利じゃないのですよ。 それで自分自身へと潜入して感情移出で感情の容量をあふれさせて気絶してもらったのです」
「発狂している人に共感しちゃったら笹ちゃんも危なくならない?」
「そうですよ? でもそれを言うなら全員危なかったのです。だって皆あの人の意識にほとんど呑み込まれかけていたわけですから」
「そっか。最悪全員あいつと一緒に発狂し続ける羽目になるところだったわけか」
「能力を自力で再現できたのも半ば意識が融合しててほとんど共感するまでもなかったからできたことなのです。普段は最中と協力してやっと能力のコピー無しで感情出力を相手と同等まで持っていくことができるレベルなのです。感情移出も一人じゃ兄者のように射出できないので直接触れないといけないのです」
「ともかく助かったよ。改めてお礼を言わせて」
「どういたしましてなのです」
一体先ほどの思考はどこまでが僕でどこまでがあの人間の思考だったのだろうか。
僕はそれを考えないように思考を放棄した。
「鬼隠山」の決戦
第三仕合
決着




