第5片 誤認
ザッ。ザッ。
数人の足音と衣ずれの音がかすかに聞こえる。
この山に足を踏み入れた時点で皆一様に黙ってしまった。全員の表情を窺うことはできないけれども、決戦に備えて、決意だったり、緊張だったり、それぞれ気持ちを作っているのだろう。
個人的に道中のようとまではいかなくとも軽く雑談ができるくらいはリラックスできていたほうが良いのではないかとも思うけれど。
でも、それは余裕があるのではなくむしろ無いのかもしれない。僕自身がこれから起こることを恐れているからこそ、すこしでも明るい雰囲気を求めているのかもしれない。
そこでふと、いつの間にか道がかなり険しくなっていることに気がつく。
「皆、足元には気を付けてね、山頂に上る前に怪我をするとか洒落にならないからね」
……一応山頂を目指してはいるが、「黒昼山」と書かれていただけでどこに居ればいいのかは実のところ分かってはいない。
それでも山なのだから山頂を目指そうというのは総意ではあったので、こうして登っているわけである。
「……ああ、まっこんくらいなら平気さ」
「わたくしも大丈夫ですけど、最中ちゃんや笹ちゃん、千旭ちゃんはお気をつけくださいまし」
「ありがとう……ございます「はいなのです」」
「千旭ちゃんはどうかな?」
どんな思惑があるにせよ、千旭ちゃんも返事をしてくれた方が集団の空気感のために良いのではないのかと思い、返答を促してみた。
「…………」
「千旭ちゃん?」
前方を歩いていたはずの千旭ちゃんの姿がいつの間にか忽然と消えていた。
「――――――ッッ!!!!!」
それだけでは無い。僕の前を歩いていたパトスさん、喜咲さん、性性君、陽奏の姿もそこには無かったのである。
どうして!?
いくら暗いとは言っても数メートルぐらいだったら見渡せる距離であるはずなのに!!
何人かはスマホや懐中電灯であたりを照らしてもいた。
油断?
そんなものする筈は無い。山頂を目指すという目的はあれど、敵に誘い込まれた地であるのだから警戒は常にしていたつもりだった。
これだけの人数が居て誰もはぐれたことに気がつかないなんてっ!!
数人の足音と衣ずれの音
10人もいる団体にしては確かに音が少なかったような……。
「アッキー!!」
冷汗がだらりと垂れる。
「……んなっ。いつの間に……」
僕の一言で一足遅れてアッキーも気づいたようである。
最中ちゃんと笹ちゃんは「あっ「えっ?」」と小さく声を漏らすことしかできていない。
「やられましたわね。これが則によるものでなければ……、プロの犯行でしょうね」
「EENのか? ありえるのか?」
「……わたくしもプロを雇うとは思ってませんでしたわ」
それは僕も同感だった。則は秘密組織。いくらプロフェッショナルと謂えども外部の者達の力を借りるのは機密保持上ありえないと考えていた。
仮にこれがEENのプロたちによる犯行なのだとしたら。それはつまり、この山中に他のプロもいるであろうことを意味していた。
「まっ、あっち組がどうかは知らねぇがこっちは俺がいるから戦闘は問題無いね」
「あら、そうなんですの? あまり腕っぷしに自信があるようには見えませんが?」
「誰がひょろがりだっ!」
「別にそうは言ってませんわ。ただわたくしよりも強いという自信がありそうなことに驚いただけですわ」
「今のところそう判断する材料が見た目しか無いから結局変わらないと思うよ?」
ちなみにアッキーは背は低めだが体形は普通ぐらいだ。特段筋肉質な感じでは無いけど、同年代の中では平均ぐらいの体格はあると言えるだろう。
「そういう、お姉さんはどうなんだよ。正直そのスラッとして整った顔立ちと細長い手足はナイスと言うほかないし、紫色の三つ編みはとてもキュートで俺好みではあるが……、性性だっけか? 体重の動かし方とあいつの方が強そうな雰囲気あったぞ?」
「……、口説いているんですの? わたくしは……、そうですね分かりやすく言えばサイボーグ? 改造人間? のようなモノですから人としての強さの基準からは外れていると思いますわ」
「マジっ!「かっこいいです!」」
意外にも女子高生二人が食いついた。アッキーも「ふっ、ふーん?」と興味深々だった。
「博士の言葉を借りるのなら「絡繰り」なのですけどね? わたくしは両手両足が義足なんですわ」
「すごいすごーい!「変形したりするのです?」」
「ええ、ワイヤーや刃物に形を変えるころができますわ」
「元の手足はどうしたんだよ?」
かなり聞きづらいことにも踏み込みやがった!!
「……、幼いころにとある事件に巻き込まれたんですわ。パトスと喜咲も一緒に……。これはそのときの後遺症。喜咲はそれまでの記憶をパトスは……、感情を後遺症を失った」
とある町で起こった事件。おそらくこの世で唯一生の記憶を持っているのが彼女なのだ。
幸いなことに三人はそれ以上は深堀りしなかった。
「知らなくて良い事」だけでは無くて、「知ってはいけない事」もこの世にはあるのだ。則を敵に回している時点であんまり意味はなさそうだけど……。
もう当事者と呼べる人間は黒幕とやらを含めても4人しか居ないのだろうから。
……そういえば、遺族は居るのだろうか? まるまる一つの町の住民が亡くなったのだ。遺された家族はきっといるのだろう。
結果的にとは言え、それを再度本島に舞い戻らせてしまった喜黒ちゃんの罪は、想像以上に重いのかもしれない。
だからって、死んで良い理由にはならないし、殺されていい理由にはならない。
「あーーっ、ともかくだ」
アッキーが気まずそうに話題を切り替える。始めたのはアッキーだけどね。
「背中は安心して任せて良いってことだな」
「わたくしの方が任せられるかはまだ疑問ですけどね?」
「……わーったよ。なぁ探偵? こいつらは信頼できる奴らなんだよな?」
「どう思います? 皆さん」
「どういう意図かは分かりませんけれど、少なくとも今回の件においては協力関係は確かなものにしたいとは思っておりますわ」
「最中もできる限り皆さんの信用を得られるように頑張りたいと思ってます!「兄者に足は引っ張られないように言われてますから」」
「オッケー。どうせお披露目することになるだろうから、連携を取ることを考えると早めに伝えとかなくちゃいけねぇからな……」
そうは言いつつもまだ少し抵抗があるようで数秒間ができる。
「俺は朽無士だ」
「……………………」
その一言で礫さんに緊張感が走る。最中ちゃんと笹ちゃんはよくわかっていないようだ。
「ってぇことを知って正義の大泥棒石川礫さんは俺のことをどうするのかなぁ?」
「……別に今はどうもしませんわ。あなたが悪人だったとしても今回に限ってはそれ以上になすべきことがありますからね」
それを聞いて僕の方が胸を撫でおろす。
「ただし」
「ただし、この後のお仕事でお会いしたときはその限りではありませんわ」
「お待ちなさい」
振り向くと最中ちゃんと笹ちゃんを左手で制止していた。
「…………どんな異常がありました?」
「居るな」
「ええ、前方に二名ほど」
「……今のところは何か仕掛けられている気はしませんけど」
「そうですわね。ただ、明らかに待ち伏せですわね」
「不気味ではあるな」
「お二人は下がっていなさい」
「……分かりました。私たちには直接的な戦闘能力はありません「でも、もしも相手がカラフルピースなら任せてほしいのです」」
「ええ、頼りにしていますわ」
「さて、それではいっちょやるとしますか……」
「いや、お前も戦えねぇだろうが…………」
「うん、だから……。任せたよアッキー、礫さん」
「あだぼうよ!」
「お任せくださいまし」
「鬼隠山」の決戦
第一仕合開戦




