第4片 顔合わせ
「ちょっと待ってくださる? お話が違いますわ!」
「まあまあそう言わずに」
「悪人が!! わたくしが盗むべき命があるというからはるばるやってきたというのに!! 関わるなって言っていた則とあろうことか全面戦争!? わたくしちょっとめまいがしてきましたわ……。それになんなんですのこの人たちは」
時刻表に一本しか電車が書かれていないような錆びれた駅から僕ら10人は歩いてきていた。
「コイツがあの天下の大泥棒か」
「そうですわ。『命専門の怪盗』石川礫とはわたくしの事ですわ。探偵さん以外は初めましてですわね。っと言いたいところなのですけど……。どうしているんですの? パトス! 喜咲!」
「探偵君に雇われたノ! ……アーッ!! 覚えてるヨ紫色の髪のお姉さん!! 何で生きてるのカナー? あれで殺せたと思ったんだけド?」
「お姉さん……。わたくしたちは同い年ですわ。貴方は喜咲と違って記憶は失っていないというのにどうしてそんなジョークを言いなさるの?」
「んー。きっと。どうでも良いからなんだよね」
「……パトス」
「まま。人の記憶ってのはさ、そのときの感情と結びつくものなんだよ。だから……あの日の後遺症として感情を失ったパトスにはすべての情報に優劣なんかつかなくて、ドライブレコーダーが古いデータを勝手に消去していくように、純粋に出来事が起こった順番に新しい記憶を取り込んだときに古い記憶を捨てているんだよ」
「そしたら!! そうなのだとしたらっ!!! あなたのことを!! 零訂喜咲を覚えているのはこの世でわたくしだけしか居なくなってしまうじゃありませんの!!!!」
「私はそれで十分なんだよ。ままが居てくれればそれだけで生きていける。例え、まますらも昔の私を忘れてしまっても、ままをままと呼ぶ今の私が私のすべてだから」
「喜咲……」
その会話のすべてを理解できるわけでは無いけれど、互いが互いを大切に思っていることだけは伝わってきた。
「と言うか!! 探偵さん!! 則を敵に回すなんて何を考えているんですの!?」
「それについては俺も同感」
「元はと言えば巻き込んだのはぼくらだからね。あまり彼を責めないでくれないか」
「すみません。お互いに初対面の方々が大半だと思うので一度自己紹介をしてみてはいかがでしょうか?」
「そうだね。そうしてくれると僕も助かるよ。実は君たちの名前分かんないだよね。ははっ」
「あー。まあ実は俺も同じこと思ってたからお前が言ってくれて助かるよ。でもさ、これってほぼお前を接点にしてる集まりなんだからそういうのは早めに言おうね?」
それはまったくその通り。
「おっほんそれならぼくから行かせてもらおう。」
真っ先に名乗りを挙げたのは爽やかな好青年だった。身だしなみは清潔感にあふれており、見るものに爽快感すら与えるほどである。
そして何より顔が良い。スタイルが良い。
スラッとした顔でモデルのように手足が長い。
どこかの芸能事務所に所属していると言われてもすんなりと納得できてしまうほどで、一目見ただけで常人とは纏っている雰囲気の違いが感じ取れた。
「ぼくの名前は性性性性一応L&Gのリーダーをやらせてもらっている。そしてこっちの二人がぼくの娘達だ。ほら。自己紹介しなさい」
そう紹介された二人は対照的な二人だった。
高校生ぐらいだろうか? 年頃の女の子と言った感じで、片方は活発でエネルギッシュな短髪の女の子でもう一人は箒を逆さにしたようなボブカットのおとなしそうな女の子。
唯一の共通点は頭に着けたお揃いの葉っぱ型の髪留めだけ。
それでも凹凸がぴったりとはまるように互いが互いの存在を補完しあうような関係性が読み取れる。
「えっと! 最中の名前は柏最中って言います。おにぃが心配なのでついて来ました「ただいま兄者に紹介いただいた今川笹です。皆さんどうぞよろしくお願いします」」
「では、次はわたくしが。先ほども軽く名乗りましたが……。おっほん。」
紫色の腰まで届く三つ編みのポニーテールが特徴的な20代半ばほどの女性。
黒いハンチングを目深に被り、マントをなびかせ見栄を切る。
両手の手袋は彼女の正体を隠すためのマストアイテム。
「人は私を義賊と呼ぶ!! 悪に脅かされ助けを呼ぶ者が居るのなら古今東西、津々浦々。正義の名のもとに駆けつける。悪人の命を華麗に流麗に鮮麗に盗み出す! それがわたくし石川礫ですわ。以後お見知りおきを」
最中ちゃんと笹ちゃんは軽く引いてたけど、マイフレンドは目を輝かせていた。
……こういうの好きそうだもんね。
人懐っこい笑顔は見るものが見れば貼り付けたようで、仮面なのではないかと一瞬錯覚してしまうかもしれない。
しかし、それはその職業が故の物だとほとんどの人は考えるだろう。
他人が存在する空間では常にあの笑顔を作り続けているなんて実際に真横で観測していなければわかるはずもない。
抑揚も取ってつけたような大げさなもので彼女が外面として見せようとしている感情は分かっても本心には一生たどり着くことは出来ない。
何故なら、無いモノに到達することは不可能だからだ。
「アタシの名前は狛江パトスだヨッ!! ヨロシクねっ!」
「まさかとは思ってたけど狛江パトスって、あの狛江パトスかい?」
「知ってるの?」
「そりゃ当然! 国民的アイドルじゃないか。うーん、でも最近だとあんまり関心が無いとアイドルはあんまり情報が入って来ないのかな?」
「最中達ファンなんです!! 後でサインを貰っても良いですか!「わっ、私も欲しいのです!!」」
「最中っ! 笹っ! 遊びに来たんじゃないんだからな?」
二人ともうつむいてしまった。
「良いヨー? サインくらい。ファンは大事にしないとだからね!!」
心にも思ってないけれど、一アイドルとして、一個人として当然言うべきことを機械的に出力したような。それはそんな返答だった。
「すいませんね、うちの娘たちがわがま言ってしまって」
最中ちゃんと笹ちゃんは顔をぱあっっと明るくした。
――アイドルにまったく興味の無い僕みたいなやつだからこそ違和感を感じるだけで、ファンからすればこれが理想のアイドルの姿なのかもしれない。
実際に本人がどう思っているかではなくて、本人がどう見せようとしているのか。そして、それをどう見ようとするのか。そっちの方が案外重要なことなのかもしれなかった。
女の子の理想を体現した偶像だからこそ、いかに虚構的であるかが求められる職業がきっとアイドルなのだろうな。
「はいっ! どうゾっ!! 殺したい人が居たら金額によっては考えるよ!!」
……、まあ実像があまりにもあまりにもなのだが……。
二人は一瞬ポカンとしてすぐに聞き間違いをしたことをアピールするように作り笑いをした。
これもまた理想のファンの姿なのかもしれなかった。
「私の自己紹介をさせてもらっても良いかな?」
「あっ、すいません盛り上がっちゃって「申し訳ないです」」
黒髪のロングヘア―がサラサラとたなびく。
切りそろえられた前髪の下にはジト目が待ち構えている。
白衣と頑丈そうな金属製のキャリーケースからは彼女が医学関連の技術を要していることをどことなく示唆していた。
この集団の中で一番大人びた雰囲気を持っているのに下手したら一番精神年齢が低いというギャップ。
しかし、それを魅力として語るには奪われたものの悲惨さがあまりにも大きすぎた。
「あー、いいよいいよ。私は医者だ。医者でテロリストだ。名前は鴎森喜咲。うん。今の名前はそうだね」
喜咲さんは自分の中でその名前を反芻するように名乗った。
自分の中で自己完結しているようで皆話題を広げることは出来なかった。その空気を察したのか礫さんが「喜咲は小さいころの記憶を失っているんですわ」とフォローを入れたが、多分ツッコミたいのはそこではない。
蒼い、蒼い髪。
至る所にポケットが縫い付けられた服には彼が己の技能を最大限に活かすための道具が多数仕込まれているそうだ。
勝気な顔をして態度もどこか余裕が見てとれる。
最も大切な人を僕に奪われたというのに、僕のことをそれでも友達だと認めてくれている。
「じゃあ俺が行くぜ。俺は東花暁人。そこにいる探偵に半ば騙されてやってきたぜ」
そうか。こいつの名前は……。
それはそうと騙されたはさすがに人聞き悪いぜアッキー?
「皆様、私の名前は東花千旭です。宣託師。そう呼ばれる方もいらっしゃいます。お任せください。私が導いて差し上げましょう」
さきほどから薄々察してはいたけれど、宣託師モードだった。今日一でみんなが唖然としていた。無理も無い。実際にその能力の一端を見なければ、ただの中二病の少女か教祖として洗脳され、祭り挙げられている少女にしか見えないだろう。
実際のところはもっと別のものなのだけれど
「なんかな? お前のことを話題に挙げたらこうなっちまって俺と一緒に行くって言って聞かねえんだよ。お袋は護衛をつけるべきって言ったし、俺も思ったんだが、親父がこの状態で判断するってことは大丈夫なのだろうってことでついてきまった」
彼が一体何を考えているのか僕には分からなかった。
一つ分かるのは彼の安全は特段保障されてはいないということである。
「最後は俺様であるな。」
その言葉と共に全員の視線が突如として一点に集中する。
モード系の黒を基調としたダボっとした服装。
ネックレスや指輪、イヤリングなど小物がかなり目立ち、ちゃらちゃらという擬音が聞こえてきそうである。
尊大な顔でいかにもな悪役顔だが、根っからの悪人というわけでも実はないらしい。
「俺様の名前は岩崎陽奏だ。怪人『皇帝』などと世間では呼ばれているらしいがな」
「お前! 今、「怪人」つったか!?」
アッキーが怒りと困惑の中間のような表情をしたけど、それも仕方の無いことだ。怪人などと呼ばれる者達が一人もいなければ、あんな会議さえ開かれなければ、この場にはもう一人別の人物がいたであろうことは想像に難くない。
僕も肉を切り裂く感触を脳に刻みつけずに済んだ。
だが、そんなことを言ったところで。
すべては起こったことで、取り返しのつくことなど何もない。
それに、彼は、陽奏はそんなに悪人ではないように感じる。
「さあさあ、どんな因縁が皆にあるのか分からないけどそろそろ目的地に着きそうだよ」
その言葉で僕らは山道の前にたどり着いたことに気がつく。
入口のあたりには錆びた看板に「熊出没注意」と書かれている。
前方に目をやると手すりのロープは切れかかっていて、木で階段のように歩きやすいようにしていたであろう残骸が辛うじて見て取れた。
先は昼だと言うのに光がかなりか細い。
この山は北関東某所にある黒昼山。
通称「鬼隠山」。
背丈の高い木々が密集することで日の光がほとんど入らないことから、その闇の中に鬼が隠れているのではないかと考えらていた山だ。
「とは言ってもそれは昔の話で今は結構整備されてるんでしょ?」とか思ってたけど、そうでもなさそうだ。
この山にはもちろんピクニックをしに来たわけなどではない。
――「則第1原則直属 『秤』 所属 分銅の3グラムっす」
L&Gの本拠地へと忍び込んでいた彼が去り際に残した封筒に今日の場所と日付が書かれていた。
凧糸烏賊と一糸畿内を取り返したいのでしたら、
黒昼山にて9月20日にお待ちしております。
というシンプルな物だった。
それにしても、思っていたよりも集まりが良かったせいで大所帯になってしまったな。
――後一人。怪人『白黒無常』と呼ばれていた彼だけは「ちょっくら、野暮用がありやして」と断られてしまったけれども。
「それでは皆さん。はぐれないように行きましょうか」




