第2片 決戦前――探偵の場合
「やっ、元気してる?」
「――あぁ、当然だろ。そっちこそなんだか余裕なさげじゃないか?」
あれから一月すらまだ経っていないというのに、電話越しに聞いた声は酷く懐かしいもののように感じられた。
別れる直前よりはいくらか調子を取り戻していそうだった。
それよりも僕の方が心配されてしまった。声だけでも察知されてしまうほど疲れが溜まっているのだろうか。
「この前は歩いて帰らせて悪かったな」
「いいよ、収穫もあったから」
本当はもっと互いに言いたいことはあるのだけれども一番触れやすい部分に言及するのみとなった。
「さっそく本題に入れよ。お前のことだ、まさか近況報告がしたくて電話をかけてきたわけでもないだろ?」
「ちょっと力を借りたくてさ」
「いいぜ」
「……。即答だね。まだ何も言って無いのに」
「お前には借りがあるからな。大抵のことは力を貸すぜ?」
「ありがたいよ。絶対断られると思ってたから」
「任せとけよ。ところで何すんだ?」
「則をぶっ潰すの」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はああぁぁ!!!!!?????」
長すぎる間だった。顔が見えなくても表情ごとフリーズしている様子が目に浮かぶ。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て! ……俺の聞き間違いかな。そんなわけないよな。もう一回言ってくれ」
必死に聴き間違いの可能性を追う様子はどこか憐れですらあった。だが、しかたがない。その線は捨ててもらうほかない。
「則をぶっ潰す」
「……それは「大抵のこと」に含まれてないかもしれん」
「あれだけ即答で答えてくれたのにできないのか。そっか、そっか別に僕はなんとも思わないけれどちょっと客観的に見たらあれだよね。ダサいよね」
「……ぐぬぬ。——あー、もう分かったよ漢に二言はねぇ。こうなったら地獄まで付き合ってやる」
「死ぬときは一緒だよ」
「そう言われるとなんか鳥肌立つ……。ってか何があってそんなことになったんだよ?」
「まあちょっとかくかくしかじかがあって」
「……それで通じるのは漫画やアニメの中だけだぜ?」
「おかしいな。友情パワーで爆速理解してくれると思ったんだけどな」
「俺はエスパーかっ!」
「うーんとたまたま知り合った人がL&Gのリーダーでメンバーの行方不明事件の解決を引き受けたんだけど、犯人が則の人でさ。L&Gの戦力を減らすことが目的だったらしいんだけどやっぱり一度正確に戦力を測ってから大胆に調整した方がいいとか何とかでこれから全面戦争することになったの」
「短い間にとんでもねぇことに巻き込まれたな、そりゃあ。L&Gのトップと仲良くなるだけですげぇが則と関わっちまったかぁ」
「L&Gも則も知ってるんだ?」
「当然。第五世界L&G。世界人口の千分の一が所属しているオンラインを主な活動場所としている変態集団。会員同士の結束が強くて、オフ会してゴミ拾いとか募金とか慈善事業することもあるとかなんとか。トップが日本人らしいとは聞いてたけどまさかお前が知り合うなんてな」
「めっちゃ説明口調」
「ほっとけ。別にL&Gだったら会員じゃなくてもちょっくら調べればわかることだが……、則はそうはいかねぇ。たったの一人で一つの世界をすべて敵に回しても対処できちまうほどの極端な特攻を持った調律者ども。存在は秘匿されてるから一部の権力者や例外くらいしか存在を知ることが叶わねぇ。俺も仮にも東花家に属してる人間なわけだから前者なわけだが。お前は後者だな」
「なんか則の存在を知ってたらマズいみたいなことをことを別の機会に知り合った怪盗に言われたりしたっけ」
「そうだよ? それでなんかあったらとりあえず家の名前出しときな。東花家が懇意にしてる相手ともなりゃ簡単には始末されねぇはずだからな」
「心配してくれるんだね」
「ッ!? わざわざそんなの口に出さなくて良いんだよっ! そういうのは心の内に留めて置くもんなんだよっ!」
「照れちゃって、顔真っ赤っかだぜ?」
「見えてねぇだろうが! それに! 別に! 赤くねぇよ!!」
「……まあ、そういうわけだから詳しい日程と場所が分かったら電話するね」
「コイツ! どっかに遊びに行くぐらいのノリでまとめやがった……」
「とにかく。本当に元気そうで何よりだよ」
小さく呟く。心の底から、そう思う。
「んっ? 今なんか言ったか?」
「大したことじゃないさ、それじゃあもう切るね」
「おう」
ガチャリ
別れの言葉を最後に固定電話の受話器をもとの位置に戻す。
軽く伸びをしつつ顔をあげる。
事務所の窓から見える空は暗雲が立ち込めていた。




