第11片 ゆうかい・発狂―「どうせなら美少女に起こされたい」
「痛いっ」
両脇に抱えている僕たちをその場に放りすて、構える。
拳銃を突き出すかのように、右手をL字型に突き出し、左手で手首を抱える。
次第に指先に光が集まっていく。
文字通り指向性の付けた感情が集まっていく。
――が、先ほど見たそれとは比べ物にならないほど小さな球体だった。
これは……。もしかして、感情を上手く練れていないのか?
性性君もどこか困惑を隠せていない。
「感情移出・罪悪感!!」
それでも撃ちだした感情は末摘蟲濁と名乗る者に着弾すると、液体窒素で視覚化された空気砲の空気の塊のように大した影響を与えることもなく消え去ってしまった。
どうして効果が無いんだ?
「はぁー。そんな顔をされて、ヒィ、はたまらんな。ヒィ、解説したくなってしまうわ。そなたに、ヒィ、起こっていることを。とはいえ、ヒィ、当の本人は何となく気づいているようだが」
「……ッ」
「そなたらL&Gのモチベーション、ヒィ、いわば力の源とは何か。それは、ヒィ、情熱さ。そなたらはその熱を使って、発明や、ヒィ、連帯の維持、あるいは感情の増幅、ヒィ、戦闘、あらゆることをやっている。それ故お前らは儂には勝てん。やる気が、ヒィ、何も起きなくなるだろう。儂のような、ヒィ、醜悪な者を相手どっては。」
絶望的なまでの相性。
圧倒的な天敵。
これが則。
これが第5原則 醜厭 末摘蟲濁。
闇より這出でて。
醜さと厭いと終焉を。
僕たちに届けに来るんだ。
キュッ、キュッ
と、濡れた靴からなるような耳障りな音を立てて近づいて来る。
丸まった背中とすり足で寄ってくる様はナメクジが地面を這うようで、臭いもだんだんと濃くなってくる。まともに息をするのも苦しいほどの悪臭。夏場に三日置いておいた生ゴミに顔を近づけた方がまだましな息が吸えるのではないだろうか。
思考が奪われていく。
思考が上書きされていく。
思考の上書き?
と、そこで僕は同じく隣に横たわっているはずの人物に目を向ける。
――――ッ!!
そこには誰も居なかった。
いつから?
いつの間にか存在感を消していたらしい。
ブチャァァァ!!
突然大きな虫のつぶれるような音と共に末摘蟲濁が壁に打ちつけられる。それと同時に
「ぐぅあああああああああああああ」
という、野太い男性の声が響いた。
気が付くと僕たちとは末摘蟲濁を挟んで向かい側に僕の見失っていた男が右手の指が何本か欠けた状態で、叫んでいた。
それは痛みから来るのか。それとも長年連れ添ってきた自身の指を失ったことによるものなのか。
末摘蟲濁はなおも変わらずよろよろと僕らの方に向かって来ている。
奇襲をした側がされた側よりもダメージを受けていた。
「おっと。ヒィ、警告を、ヒィ、忘れて、ヒィ、しまっていたかな?」
もったいぶって、ニタニタと笑いながらわめく。
「儂は強力な酸を、ヒィ、纏っておる。したがって、ヒィ、そなたらが、ヒィ、攻撃するときは、ヒィ、それ相応の覚悟が必要になる」
「…………………………まさか、ぼくらの同士は……」
「そう。その通り。ドロドロに、ヒィ、解けてしまったわ。今回の事件は謂わば、ヒィ、誘拐事件ならぬ融解事件だった。ということだ」
「お前を……、ロス」
「何だ? ヒュー、よく聞こえなかったなぁ」
「お前をブッコロス」
性性君の体が小刻みに震え、声は上ずっていた。
あふれんばかりの殺意を抑えつけやっとの思いで言葉を発している。
昨日のお昼ごろに性性君が言っていたことを思い出した。
「発狂」。極限のストレスにおかれ、感情と共にカラフルピースの特性が暴走する。
詳しいことは分からないが、その寸前にまでは確実に至っている。それは確信できた。
平時でも非常にまずい状態だというのに今はなおさらだ。
理性を失い、末摘蟲濁に殴りかかってしまうだけでもまずい。
「流石は、ヒュー一つの世界の主だ。まさか、儂を前にしてここまで、ヒュー、不快以外の感情を抱けるとは」
「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」
「"俺様を見ろ"」
「グゥゥゥゥアア、コロす、ころす、殺す」
もう駄目なのではないかと思った瞬間。
彼の存在感を乗せたその一言によって一時的に理性を取り戻したらしい。
「性性君!!!」
「ふぅー。そんなに大声出さなくとも聞こえているとも。もっともどうせなら美少女の声で目を醒ましたかったところだが……」
いつも通りの性性君の姿がそこにはあった。




