第9片 コンテナに響く
「むぅぅッ……。全身が、……痛む。どこだ? ……ここは?」
「……やっとお目覚めかい。誘拐犯。ぼくは今心の余裕が無いんだ。あまり無駄なやり取りをさせられるとお前をどうしてしまうか分からない。そのことを踏まえた上で質問に答えてくれると助かる」
「攫ったぼくの同士たちはどこにいる?」
「……」
フィラメントから発せられる、オレンジがかった光が僕たちを淡く照らしている。かすかな静寂の間さえも非常に長く感じられるほどの重苦しい空気が漂っている。光源は一つの白熱電球であるため人の陰になる部分は暗くなってしまう。
そんな中に両手を縛られた男が座り込んでいた。軽く視線を動かし、状況を把握しようとしているようだ。
……いつか終わりが来ることが分かっていても、この一秒を超えた先にまたもう一秒があることを考えるととてつもなく果てしない苦痛があることを予感させられて億劫な気持ちになるのだ。
ここは賊烏さんの研究室のある大学からそう遠くは離れていないところにあるコンテナの中だった。「秘密基地」と性性君は言っていた。イスと机。その上にデスクトップパソコンと箱ティッシュ。それからゴミ箱とエアコン。といったかなりシンプルな内装だった。どことなく消臭剤の匂いがする。
あれから、賊烏さん畿内さんはひとまず家に帰って行った。
一人で帰宅しようとする畿内さんに「こんな夜遅くに女の子一人で出歩くなんて危ないよ」と性性君が心配したが「じゃあ、アチシもキっちゃんと一緒に帰って家に泊めてもらうからそれでいいでしょ」「そもそも私普段から深夜徘徊してますけどね」とのことだった。
「………………、知らん」
「へぇ、なかなか面白い遺言だね。それじゃ―――」
「まっ、待て! 俺様は誘拐など断じてしていない!」
「……、ぼくの仲間が嘘をついているとでも?」
「違う! ……確かに、誤解を生むようなことは言ったが俺様は誘拐など姑息な手段など取らんわ! わざわざそんなことする理由もない」
「じゃあね」
無言で拳を男の顔の前に差し出した。一瞬怯えたような顔をしたがそれでもふるふると首を横に振った。
「――――――はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。嘘では無いみたいだね……。悪かったね。ボコボコにしてしまって。……と言いたいところだけれど、流石に自業自得と言わざるを得ないかな。詳しい状況は分からないがそのふざけた冗談を言うためには誘拐のことを会話から知らなければならないだろう。その上で誤解を生むような悪質なジョークを口に出したんだ。ぼくの同士たちを下に見てないとできない行為だよな?」
「……、俺様が悪かった」
「それでも、事実確認をはっきりしないうちに暴力行為に及んだことは謝ろう。はぁーっ。賊烏たちに土下座をさせたことは許さないけれどね。手縄は解くからさっさと消えるんだな」
「待ってよ、性性君」
「何だい?」
「その前に一つこの人に質問させてくれ」
「別に構わないけれど?」
「あなた、誘拐事件について本当に何も知らないんですか?」
「ほう? どうしてそう思った?」
「何となく。ですかね、真犯人を知っているような口ぶりなような気がしましてね」
「……、続けろ。探偵などと自称する者が何のロジックも無いそんな憶測だけで話すなんてことはまさかあるまい?」
「これも確かな証拠があるわけでは無いんですけどね。実際にあの場所では誘拐事件があって、時間帯もまさしくあなたと会ったぐらいだと思うんですよ」
「……」
「犯人は現場に戻るというのは良く言うことです。あなた、本当はたまたま目撃してしまった誘拐の真犯人を捕まえるためにあの場所に居たんじゃないんですか? 犯人がどれだけ目撃者が出ないように警戒していたとしても、あなたならそれができたのではないですか? たった一人の目撃者になることが。その優れたカラフルピースの力があれば。と、まぁこんな風に思いましてね」
「……。ふんっ。俺様が誘拐犯を捉えようとしていたというところは間違っているが、それなりに悪くない推論であるな」
「じゃあ、何でなんだい?」
「確かめたかったのだ。あまりにも一瞬にして人影が消えたので、見間違えたのかとすら思ったのだがな。だが、俺様の思考の中であの瞬間の存在感がでかかったゆえ。あれから毎日のようにあのあたりを散策していたのだ」
「犯人と被害者はどこに消えたんですか?」
「貴様なら分かるのではないかね?」
「うーん、まぁそうかもしれないですけど人命がかかっている以上。今は一分一秒が惜しいですからね、目撃証言があるならそれを活用したいものです」
「誘拐はこの町全体で起こっているだろう?」
「そうだね。至るところで、って感じだ。人手の少ない路地ってぐらいしか共通点が見つからなくてね。あの道も狩場の一つといったところなんだろうね」
「それらの場所にはもう一つ共通点があったはずだ……」
「町中のあらゆる道にあるもの……。それって……」
「気が付いたか」
「まさか!」
「そう、そのまさか」
「「「マンホールだ」!」か!」
あり得るのか? だがそれなら、町中で神出鬼没で現れ、人を誘拐することができる。何かを見落としているような気がしなくもないけれど。
待てよ。少し前から分かっていたことだけどこの男の他に真犯人がいる。しかも、誘拐事態にも何の対策もとれていない!
ということは……、僕たちは何ということを……。先に帰った二人はまだ全然安全なんかじゃない。
「――ところで、世界を肌で感じる露出狂と触手使いのそばかすはどこへ行った?」
「……、二人に今すぐ連絡を取ってくれ性性君」
「ああ。言われるまでもない」
二人は電話に出なかった。
コンテナの中にはプリキュアの呼び出し音がいつまでも木霊していた。




