第8片 性性性性(たちさがせいしょう)という男 ――「男の則落ち二コマってそんなに需要ないよね」
「何者かは知らんが……。せっかく気分が良いところを邪魔されるのも癪であるがゆえ。とりあえず」
「膝まづけ。」
ストンッと性性君は膝まづいた。
「あー。なるほどねこういう感じか」
「ハッハっハッハ。颯爽と英雄ぶって登場した男が一瞬で膝をつかされるとは。滑稽が過ぎるな。こういうのを世間一般では則落ち二コマと言うのだろう」
「あぁ、なろほど。確かにそう考えるとちょっとエッチかも? じゃあこのまま負けても良いか?」
「何言ってんのキンちゃん……。それがエッチなのは女騎士とかでしょ……」
「あははっ! それもそうか」
「貴様!! 何ゆえ、まともに会話ができるのだ!! もはや貴様は……」
「「もはや貴様は「膝まづけ」ということしか考えられなくなるのに!!」ってところかい?」
「お前のカラフルピースはさしずめ「存在感」といったところだろう? だからぼくのカラフルピース共感で君の感覚を共有した。それからお前の言葉の存在感を普通程度のものに変えさせてもらったよ」
「何……だと?」
「ああ、皆。楽にしていいよ」
その言葉を聞いた瞬間立ち上がることができるようになっていた。先ほどまで脳内を支配していた「膝まづけ」という言葉がいつのまにやら雲散霧消してしまっていた。
助かった。右膝に突き刺さった小石から出血しているけれども。うん。これくらいならすぐに治るだろう。烏賊さんも畿内さんも顔を上げることができたようだ。
「これでは……、これではまるで貴様が俺様よりも……、勝っているようではないか……!」
「さあね。でも、お前がそう思うなら別に否定はしないよ」
口調はいつも通りの穏やかで畏まった好青年らしいものだった。それでも怒りがふつふつと湧き出しているような冷酷で高圧的な雰囲気がにじみ出ていた。
「確か、こんな感じだったかな」
「這いつくばれ」
「ぐ、ぐおぉーーーー!!」
必死に抵抗する。体がわなわなと震える。命令に反抗するため、目いっぱい力んでいるのだろう。だが、それも無駄なこと。だってもう、今の彼には「這いつくばる」ことしか、考えられていないだろうから―――。
抵抗虚しく膝も肘も地面へとつけていた。瞬間接着剤でもつけられたかのようにその体制のまま動くことができなくなった。
「別にこんなことやらせたって楽しくもなんとも無いんだが……、ぼくの同士にしたことを思えば多少は溜飲が下がるかな?」
あの男のどこかで楽しんでいそうににやけながら言ったセリフとは違い。こちらは本当につまらないと心の底から思っていることが伝わってきた。
「這いつくばる。這いつくばる。這いつくばる。這いつくばる。お前が……。這いつくばる。這いつくばる。這いつくばる。できるのなら……。這いつくばる。這いつくばる。這いつくばる。這いつくばる。俺様にだって!!!」
立ち上がろうと、必死に頭の中でカラフルピースの使い方を探っているのだろう。鬼気迫る表情でギリギリと歯を食いしばっている。何が彼をそうさせるのだろうか。
「ぬ、ぬぉぉぉおぉぉ!」
雄たけびを上げながら、右の手の平を地面へと突き立てる!
「あっそう」
ドゴッ。
そう思ったのも束の間。鈍い音がしたかと思うと男は性性君に蹴り飛ばされ空中に投げ出されていた。そして、それに気づいた頃にはドスッとかすかな音と共に地面に打ち付けられていた。
「ガッ、ハァ……!」
突然のことで受け身など取れなかったのだろう、体中がむち打ちになったようだ。そもそも、「這いつくばる」という思考に支配されて受け身を取るという発想すらできなかったのかもしれない。両手で腹を抑え、口から液体を吐き出している。吐血か、胃液か暗くてよく見えない。あまりの痛みに男の頭の中での「這いつくばる」という存在感が下がったのか、あるいは性性君のように克服する術を身につけたのかな?
「ぼくの仲間に手を出すってことがどういうことなのか思い知ったか?」
「はぁ、はぁ……。俺様は――自由に。好きなように。生きるのだ! 取り戻すのだ!! 欠けてきた人生を!!!」
その言葉と同時に男はすうっと景色に溶け込むように見えなくなった。透明人間になった、というわけではないのだろう。初めに僕たちの中に紛れ込んだときのように己の存在感を極限まで薄くしたのだろうと思われる。
「まぁ、ちょっとやりすぎちゃったかな。逃げるんだったら追うほどでも……」
「キンちゃん!! そいつ誘拐犯だって自供してた!!」
「……何だって? それなら話がまるっきり変わってくるな。ちょっと悪いけどぼくの後ろに回ってくれ」
? 一体何をするのだろう。畿内さんも首をかしげている。
「まあまあ見てなさいって。我らがリーダーかっちょいいところをさ」
「感情移出・存在感」
そう言ったか思うと、右手の親指と人差し指を立て、左手で手首をつかむ某少年漫画の霊○のようなポーズと「感情移出」という掛け声とともに指先から何か光るようなものを射出した。
———かのような錯覚を僕たちに起こさせた。それは道全体を覆いつくすほどの大きさで、過ぎさった箇所の存在感が増し、なぜか目が離せなくなる。
そして、壁に手をかけながらよろよろと歩く男の姿を浮き彫りにした。
刹那。
肘うちで男のみぞおちを後ろのブロック塀ごと思いっきりぶん殴った。衝撃によって男を中心に蜘蛛の巣状に亀裂ができるほどの強烈な一撃であった。
「かっ、かはぁ!」
という断末魔を上げて男はその場にぐったりと座りこむのであった。
「強っ!!」
「ねっ。言った通りでござんしょ」
賊烏さんは当たり前のことだというように、何でもないような顔をしつつも口角が上がっていてどこか誇らしさを隠せないかのように言うのだった。




