第6片 誰?
「おとり捜査ですか……」
あまり危ないことはやってほしくは無いのだけれど、本人からの提案なので、こちらからとやかく言うのもはばかられた。
「大丈夫ですよ。少しでも異変を感じたら、すぐに合図するのでお二人は物陰に隠れていてください。いざというときは頼りにしてますから」
「ほらぁ、本人もこう言ってるしワチシたちは電柱の陰にでも隠れていませう」
「……本当に些細なことでも異変を感じたらすぐに逃げてくださいね。僕の責任になりかねないんですから」
「またまたぁ、そんなこと言ってるけど本当は心配なんでございましょう?」
「悪いですか?」
「素直じゃないねぇ~。喜ぶ奴は喜びそう」
「ちょっとイラっとしますが、そういえば僕も同じような態度で人をおちょくったことがあるので許しますよ」
「そんなに気負わないでくださいよ。私がどれだけの修羅場をくぐり抜けてきたと思っているんですか?」
……。それもそうだ。これ以上心配するのも野暮ってものだろう。
「それにしても、先ほどからこんなに気づかいあう会話をしているというのに互いに背を向けているというのはなかなか笑えるな」
「分かりました……。任せましたよ畿内さん」
「…………」
「どうしたのきっちゃん?」
どうして、ここで無言になるのだろうか?
「……? お二人とも何か感じませんか?」
「「?」」
「ほう。なかなかやるではないか。そこそこの出力とはいえ、俺様を感知できる使い手などかなり限られると思うのだがな?」
「ワチシは特に何も感じないけど、探偵君は?」
「僕も同じです」
「気のせいならいいのですが……」
「ちなみに何を感じたんですか?」
「人の気配、なのですが……。なんだか不自然と言うか……。かなり近い位置のはずなのにほんの一瞬かすかに感じただけ。遠ざかったり近づいたりいているような? 位置もまじかに感じたと思ったら数メートル離れているような……」
「…………」
……人の気配。視線を感じる。こう聞くと第六感のように感じてしまうが実際はまったく違うのだろう。見つめている何者かがいればそれは当然顔もこちらを向いているわけで、呼吸のほんの些細な息づかいだったり、服の擦れる音なんかを無意識的に感じ取った結果人の気配を感じるのだろう。畿内さんは普段からそれを感じ取るトレーニングをしているようなものでそれはもはや達人の――、プロの領域に至っていてもおかしくはない。勘というのは往々にして本人の経験を基に思考過程を飛ばして最適解を導きだすものなのだ。十分判断根拠になり得る。それに、そもそもそれを頼りにしているのだ。今信じなくていつ信じるというのだ。
つまり、考えなくてはいけないのは「その気配は何者か」ということだ。
「「何者か」は既にいる。これはもうそれを前提にして考えましょう。問題は一体それが誰なのか。そして、何が目的なのかということです」
「ふむ。俺様もそれについては気になるな。分かったら是非とも教えて欲しいものだ」
「ふむ。まあ分かりやすいのは「誰?」 は誘拐犯で、「目的は?」は誘拐ってところですかなぁ? って、あれ? 何やってんのきっちゃん? いきなり空中に向かって手を振り始めてさ?」
「私が最も自身のある感覚は触覚なんですよ。だから今こうして手探りをしてるんです。私は幽霊を信じません。だって触ったことがありませんからね」
「―――――――――っ!? 今何かが触れたような?」
「ほうほう。なるほどなるほど天晴だ。畿内とかいう女よ。お前ほどの者はなかなか居はしないだろうな? 貴様に免じて特性を切り替えてやろうではないか」
「「「―――――――――――っ!!!!!!」」」
突如現れたそれは圧倒的な存在感を放つ不遜な顔をした男だった。年齢は恐らく20代前半。身長は平均的ぐらいだが。体の比率において足がとても長い。全身を黒を基調としたゆったりとした服装で身を包んでいる。モード系というやつだろうか? 闇に紛れてともすれば存在感が薄くなりそうなものだが、逆に黒く輝いて見えるほど空間において確固として存在していた。それはまさしく「皇帝」とでも名乗るかのような立ち振る舞いだった。
「ボスフォラス・ダーダネルスっ!!」
そう叫ぶや否や2本(2匹?)の触手が烏賊さんの懐から勢いよく飛び出してくる。そして、男が避ける間もなくああッという間に絡みついて拘束してしまった。
「ふむ。きつく縛られるのも、下等生物の脈動も、姿形も不快であるな。……仕方あるまい」
「解かせろ。そばかす女」
―――――何を言ってる? 拘束を解くわけ……、
「……そいつを放してボスフォラス・ダーダネルス」
そう命令されたボスフォラス・ダーダネルスなる触手たちは男を自由にしたのだった。
「賊烏さん何であいつの言うことを……?」
「解かせなきゃ、解かせなきゃ、解かせなきゃ……」
烏賊さんの様子がおかしい。あの男の命令に従う事しか考えられなくなっているようなそんな脅迫観念にでもさらされているような状態だった。
「もう良いぞ」
僕も畿内さんも困惑したが一番ありえないという表情をしているのは烏賊さんだった。
「キミ、ワタシに何をしやがった」
「何もしてはいないさ。ただ心ばかりのお願いをしたに過ぎない」
「お願いだと? アレが? ハッ! だとしたらお前はずいぶんと傲慢なんだなぁ?」
「傲慢も不遜も皇帝の特権であるがゆえ」
突如として表れたことも先ほどの「お願い」も何かしらのカラフルピースであろうとは思うのだがどんな性質を有しているものか皆目見当もつかない。……待てよ、つい最近似たような話を聞いたことがあるような?
だがそんなことよりも今気にしなくてはならないのはいきなり現れたという点である。何も無いと思われた空間からいきなり現れた。それはつまり消えることもできると考えるのが当然なわけで、
「あなたは……、誘拐事件の犯人ですか?」
「そうだ」




