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第10片 帰る

 うっそうと常緑樹が茂った山中。とは言っても今僕らがいるのは少しだけ拓けた場所。淡いピンク色のふわふわした花をつけた木が僕らを囲んでいる。後で調べてみたところネムノキというらしい。

「安らぎ」。それが花言葉なんだとか。


 ヘリは既に飛び去った。

 アッキーはその両の腕でもう動くことの無くなった瑞葵さんの体を支えていた。人は意識がなくなると持つときにあるときに比べ重さを感じるらしい。実際に支えることでアッキーはそれを痛いほど感じているはずだ。魂に重さがあるのならそれはマイナスなのかもしれない。ただただと重く重くのしかかる重さと真実。今にもぺしゃんこに潰されてしまいそうだった。

 僕は物理的に何も持っていなかったのに、同じく押しつぶされてしまいそうだった。




 結局全家が案を出し合ったがそれらを議論しようなんて流れになるはずが無く、それぞれが家長に意見を持ち帰るのみとなった。


「この後どうやって帰ろっか。アッキーは運転できないよね?」

「ああ」


 いつもなら「当たり前のようにできないって決めつけんじゃねぇ!」なんてツッコミが飛んでくるはずなのだが。素気無い返事しか返ってこなかった。


「悪いな。徒歩で帰ってくれ。山を下りてしばらく歩けばなんかしらバスやらなんやら交通手段は見つかるだろ。依頼料はそのうち適当に振り込んでおく。交通費として今手元にある10万をとりあえず渡しとくから、帰ってくれ」

「待てよ。アッキーはどうすんだよ」

「……しばらく……。二人にさせてくれ」


 二人。


——この体は好きに使ってください。


 その遺言がちらつく。

 僕は喉元まで出かかった言葉をすべて呑み込むことにした。


「納得できる方を選べよ」


 それでも、上手く胃に収まらなかったものがえづきを伴って吐き出されてしまった。

 願わくば、聞かれなかったことを祈るとしようか。




 しばらくは車一台が辛うじて、通過できるほどの獣道を歩いていた。動物の死骸という物は案外こういう山の中よりも町中での方が目につくらしい。こういった自然の真っただ中では、死骸はすぐに別の生物の養分になってしまうのだろうか? 僕は何故だか町中でよく鳥や猫などの死骸を目にする。アスファルトの冷たい硬さが生物の輪廻を狂わせる言いようもないほど異様で不気味なものに感ぜられた。

 死んだ人間がどうなるべきかなんて、僕は考えるべくもないけれど。生きている人間は幸せになるべきではないかと思う。もちろん罪が無いのならだけれど。


 そんなことを考えているといつの間にやら舗装された道路に踏み込んでいた。今までの道に対して、一抹の寂しさを感じたけれど、それでも僕はこのアスファルトの地面に安心感も覚えるのだった。

 確かこのあたりで事故を起こしたのだったろうか?ほとんど景色に代わり映えなどないけれども、あんな衝撃的なことが起きたのだ。おそらく、記憶に間違いは無いだろう。

 瑞葵さんのことを想起しても自然と涙は出てこなかった。僕にそんな権利なんてあるとは思えなかったから。


 やっと、民家がちらほらと見えてきた。この分なら、日が沈むまでには事務所に帰れるだろう。僕の帰るべき場所へ。

 そういえば実家はどうなっているのだろうな。あの地には一生行くつもりはないけれど。

 田んぼと道路脇を流れる用水路。温かな風。ともすればあくびが出てしまいそうなほど心地の良い温度だ。どこか遠くからトラクターが稼働する音も聞こえてくる。

 バス停だ。横にあるベンチに一人。白と黒の見知った先客が居るようだった。運行表を見たところ運がいいことにあと十数分ほどで到着するらしい。


「おやっ? おやおや。 どうしたんですかな? おにーさん、もしかして振られましたかな? それとも、殺して山中に埋めてきたりでもしましたかな?」

「後者だと言ったら?」

「まあおにーさんならできるでしょうな」

「どうしてそう思うんだい」

「そりゃあ、おに―さんんが一番分かっているだろう。一度やったことがあることってのは二回目以降は存外簡単にできるもんですからな」

「あなたが巷で何と呼ばれているか知っていますか?」

「いんやぁ。俗世間には疎いもんで……。それにあっしが有名人かも、なんて自分じゃ考えたこともありゃしませんな」

「あなたは何が目的なんですか?」

「目的なんてたいそうなもんを掲げて生きてなどいやせんが、強いて言うならこの世界で生きていくことが目的ですかな」


? 言っている意味がよく分からなかった。


「単刀直入に言いますが時が来たらともに戦ってくれませんか? あなたのような人たちがまだ他にもいるそうなのです」

「別にいいですとも、ただしあっしのような奴が他にもいるというのには疑問を投げかけざるを得ませんな。うーむ、影響は確かに無かったとは言い切れませんが、おそらくはもともとそういう風に存在している奴らでしょうな。あっしのような人間はあっしだけだと思いたいですな」



 何はともあれ成果を少しは出せたのだろうか。

 胸を張って堂々と約束を守ることは出来ないけれど、瑞葵さんに少しでも報いることができていればいいなと、いやらしい思いが胸の奥から泡沫のように湧いてきたことをどことなく知覚したのであった。

これにて3話収集完了です。

番外編はまだ悩んでいますが、やっぱりこの後のアッキーの葛藤を書くかもしれません。

ちょっと最後の方の展開が辛かったです。

推しが死ぬか辛い目にしか合ってません。病みそうです。

気が向いてくださいましたら、ちょっとこの作者に対して共に文句を言ってやりましょう。

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