第9片 なるべく平たい方が良い
水切り
頭を真っ白にした。
思考を放棄した。
何も考えないようにした。
何も感じないようにした。
許されなくたって。
罪から目をそらしたかったから。
——誰の罪から?
それは瑞葵さんの罪からでもあり。
僕の罪からでもある。
愚かで邪でエゴにまみれた僕の醜悪さからだ。
罪が裁かれるべきだと心の底から信仰するのなら。
僕はただ祈りを捧げるべきだった。
魂が安寧であることを。
後悔?
アッキーではなく、瑞葵さんと行動を共にしていれば?
白金青年に会った後、喜黒ちゃんにも会いに行けば?
そんなことは結果論だ。
分かってる。これはちゃんと分かってる。
こんなものは結果論に過ぎなくて、いくら呪ったって虚しく響くだけのもので。
それでも、心のどこかで僕が違う行動をとっていれば。
僕なら何かを変えられたのではないかと僕が考えてしまうのは。
やはり、僕の傲慢さ故なのだろうか。
これから、行われることは僕の罪なのだろうか。
それとも、罰なのだろうか。
「僕が全部悪いんだ」
僕が完全無欠の超人で、ありとあらゆることができて。
それでも、それでも僕はそんな傲慢なセリフは言ってはいけないのだ。
それとも、それはただの開き直りで被害者の神経を逆なでするものでしかなくて。
嗚呼。
誰か僕を殺してくれ。
誰か僕を断罪してくれ。
誰か僕を裁いてくれ。
誰か僕を赦してくれ。
誰か僕を受け入れてくれ。
誰か僕を受け入れてくれ。
誰か僕を愛してくれ。
救われるべきでない生命を。
報われるべきでない贖罪を。
疑われるべきでない信仰を。
いつの間にやら頭の中は色とりどりの思考にまみれて真っ黒だ。
タールの中を進むように重い、重い、想いが思考を捉えて離さなくなっていた。
カラフルな断片ををすべて混ぜ合わせたら。
最後には黒に行きつくんだ。
瑞葵さんは死ぬ。
白金青年に指摘された僕は動揺してしまって、どうすることもできなくて。
「何かしら反論してみたらどうなの? 糸目のバトラー。……まっ、最初から分かり切ってたことだけどねー。うちの標がそんなことするわけないし、その時点で坩堝が無理なんだから、アンタしかありえないわよね。それで、アンタの言い訳を聞いた後に……、暁人。アンタのけじめのつけ方でも聞こうかしらね」
「…………」
アッキーは何も言わなかった。
「…………」
僕も何も言わなかった。
口を開いたのは、
瑞葵さんだった。
「当然。命で払わせていただきます」
「フッ、クフフフフッ。アッハハハハハッ」
清々しい程の嘲笑だった。
「アンタなかなかユーモアがあるのね。自分の命にそれほどの価値がなんて本気で思っているわけじゃないでしょう?」
「足りないわよ。その程度じゃ。アタシ達四家の人間とその使用人風情の命の価値が比べられるわけないでしょう? んー、でもそうね。暁人。アンタが直々にそいつを手にかけるって言うのなら少なくともアタシは今回の件の責任をこれ以上問うつもりは無いわ」
「赤裸々様待ってください。その程度で——」
「黙りなさい坩堝。アンタがまともに護衛すらできないせいで自分の主を殺してるのよ。恥を知りなさい」
「うっ……」
「ありがとう恩に着るぜ赤裸々」そうアッキーが呟いた気がしたのは気のせいだったろうか。
「……。赤裸々様せっかくのご厚意を頂いた上で大変恐縮なのですが……」
「何よ? くだらない事だったら承知しないわよ?」
「手を下すのは探偵くんでもよろしいですか?」
そのその場に居た全員に衝撃が走った。もちろん僕が一番大きかったけれども。
「少しだけ三人で話させてください」
「別に最期の言葉くらいいいわよ。長すぎても困るけどね」
他の人たちに声が聞こえないところまで移動した。
「というわけで、お願いしても良いですか?」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ……。なんで……。なんで僕なんですか?」
ここで真っ先に自分の心配をするような質問をするから僕は僕なのだろうか。
「暁人様は無理なんですよ。一身上の都合ってやつです。暁人様に自己紹介をしてもらったんだから代わってあげたっていいんじゃないですか?」
「それとこれとが一緒なわけ……」
そんなこと瑞葵さんだって分かってる。
「アッキー! そうだよアッキーはこれで良いの!?」
「良いわけ……、ねぇだろ……」
そんなこと僕だって分かっている。
「……どうして……、喜黒のやつを殺したりしたんだ?」
「千旭ちゃんを殺そうと画策したのは北月家だと自白されましてね。こちらは帰ろうとしたのですが……挑発されてしまって、『自分の仕える家に喧嘩を売られて何もし返さないなんて、大した忠誠心も無いのではないか』と。……どうしてでしょうね。今になって考えればどうして乗ってしまったのか分からなくなる、程度の低い挑発なのに……。今まで東花家で過ごしてきた日々が走馬灯のようにフラッシュバックしてしまったんです」
「暁人。ごめんね。…………。こんなこといけないことなんでしょうけどねあなたのことを実の弟のように思ったり、気の置けない友達のように思ったり。本当にあなたと東花家で過ごした日々は幸せでした。」
「……俺だって、お前がいなけりゃ……」
「ふふっ、少々意地が悪いかもしれませんが暁人の泣き顔は好きですよー。良いんですかね? そこまで大事に思ってもらっているって態度で示してもらっちゃって。不束者ですが、この体は好きに使ってください。そして、探偵君、暁人を頼みますよ」
やめてくれ。本当に。
そんな目で僕を見るのは。貴方に覚悟があったとしても僕にはそんなもの無いんだから。
うんざりなんだ。
できもしない頼まれごとを引き受けて、相手をがっかりさせるのは。
どうして赦してくれないんだ?
お願いだから、
僕に名前を覚えさせないでくれ。
「どうにかできるんだろ? そうだろ? なあ、アッキー!!!」
「無理だ」
ごちゃごちゃした感情の中からそれでも必死に吐き出してなんとか形にしたであろうたった三文字の言葉で、僕は嫌が応にも避けられない結末を予感させられた。
そこからは夢見心地で、僕は大河のような大きな流れに従っているみたいだった。
僕は殺して。
僕が殺して。
人は生きるには脆いのに。死ぬには頑丈で。
そんな僕はペチャンコに押しつぶされて、それでも残った遺志が在って、
それは、それだけはきっとよく水面を撥ねるだろう。
彼岸から現世にだって、きっと。
瑞葵斬り




