単片 これからも
どこかから野鳥の鳴く声がどこかから聞こえる。ピンクのふわっとした花からは香水のような甘い香りが漂ってきていた。木陰に入っても温かな木漏れ日が眩しい。まさに生命に満ち満ちた空間の真っただ中に俺たちはいる。
両手でというよりは全身を使って、冷たく重い物体をどうすることも出来ずにずっと抱きかかえていた。
白と黒のクラシックと言われるタイプのメイド服。今にでも目を覚ましてあの綺麗なな声で少し気の抜けた声で「おはようございますー」と言ってくれるんじゃないかって、ありえない妄想が頭をよぎりそうになった。最近髪を伸ばしていたっけ、なんでも探偵君のおかげで少し自分の可愛さに自信がついてきましたよとか言ってたな。俺も似合うと思った。中性的でキレイな顔なんだ。目元の泣きボクロが好きだった。でも泣いている姿は、最期まで見ることは無かった。
ばあちゃんが死んだときも冷静で、俺を慰めてくれたっけ。
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「瑞葵は、……悲しくないのか?」
「とても悲しいですよ……。ですが、従者が主より先に悲しむわけにはいきませんからねー。こうして暁人様の頭を撫でられるのも私が落ち着いているからですよ」
「……。だけどよ。それじゃあ誰がお前のことを慰めるんだよ」
そう言葉を発している最中も抑えきれなくなった感情がポロポロと頬を伝っていた。
「それだけで十分なんですよ」
あの時の俺は瑞葵の胸の中でただ泣きじゃくることしかできはしなかった。
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昔生き別れた愛する者をこの世にまだ留めておきたいと願った男がいた。男は古今東西、ありとあらゆる死者蘇生の術を学んだ。あるときは魔術、またある時は医学、錬金術や化学、呪術。それが最終的にどうなったのか分からないが、そこからいくつかの流派が生まれ、現在に至る。そうして、朽無士が生まれた。だが、死んでしまった魂は永遠に失われてしまう。いくら精巧にしたところで、それはどこまで行っても本人の残骸でしかない。
その男がどうなったのかそれは誰も知らない。
俺は天才だった。本来禁忌である、二つの流派の習得も難なくこなした。俺なら生前の性能を身体的にも精神的にも9割以上引き出すことができる。だが、だがな大事なのはその1割なんだ。全ての朽無士が抱える苦悩。越えられない死者の壁。
朽無士はまた、直接人をその手にかけることも禁忌だ。だから、ホントは俺がやるべきだったのに、あいつにやらせちまった。すまねぇ。
あいつが去り際に何かを言った気がした。聞こえはしなかったがなんとなくわかるさ。
瑞葵は俺に体を好きにしていいと言った。それは、ただの罪滅ぼしから出た言葉なんかじゃねぇ。絶対。俺が一人にならないようにするためだ。従者を上手く制御できなかった責任をオヤジから誤魔化すためだ。きっとおれが分かんねぇだけで、考えが他にもあったのかもしれねぇ。
でも、大丈夫さ。もう俺は一人じゃない。
お前は悪くない。立派だよ。誰よりも東花家のことを思っていた。俺はお前のことを名誉に思うぜ。
あいつはいつからか一人称で自分のことを呼ばなくなった。「こちら」なんて言って誤魔化していた。どうしてなのだろう。
俺は数坪ほどの大きさの小屋を訪れていた。ここに来るのは数か月ぶりくらいだろうか。ぎぎぎっと音を響かせるたてつけの悪い金属製の扉を開け、入り口の腋にあるスイッチをオンにする。ちかちかと5,6回ほど蛍光灯が点滅し、やがて光が安定した。埃っぽいし、じめじめしている。
ここは俺の工房だ。能無し。死体の加工場。ここには火葬のための設備も一応備わっていた。
noすら言わず、操られるだけの肉人形。本当に会いたい「その人」と見た目が同じだけの愛玩道具。能無しか……。そう名づけられた理由が分かる気がする。
俺は瑞葵を弔うことにした。どうしても辱めることなどできはしなかった。
一時間だか二時間だかただその時をじっと待っていた。
取り出す。ただの骨だけになった姿すら美しく感じられた。
俺は腸骨を丁寧に拾い出し。加工した。丹精込めて。愛情を持って。
ノコギリで形を切り出し。やすりで滑らかにして。砥石で研磨した。
——そうして、二丁のナイフを作り出した。
人を殺してはいけないという禁忌は破ると心の像に埋め込まれた糸と針が俺を殺す。だがそれは当然朽無士本人が直接殺してはいけないというだけで、能無しで殺すのはもちろん有りだ。
俺のせいであいつにとてつもねぇストレスをかけちまった。だから無いことを願うが、あるなら次は俺の手で。そのためのこのナイフだ。
他者が何と言おうと俺は俺の美学を持って、愛したものを愛そう。それが俺だ。東花暁人なんだ。
使わせてもらうぜ瑞葵。
これからも俺たち、ずっと一緒だ。




