第2片 さいかい
「着きましたよ探偵くん。ここが指定された集合場所です」
おたまじゃくしのようなアンバランスなシルエットに頭上にある四枚のブレード。僕たちを目的地に連れて行ってくれるのはヘリコプターのようだった。
「やっと来やがったな。ツラ見たら、お前ぇのことどうしてやろうかと思ってたぜ」
聞いたことのある声。見たことのある青い髪。既視感の塊の人物だったけれども名前は出てこなかった。
そういえば、瑞葵さんが呆れながらもメモ用紙に彼の名前を書いてくれていたのだった。胸ポケットから取り出した文字をこっそりと読む。「東花暁人」それが彼の名前らしかった。
「次また、俺の名前を忘れたとかぬかしやがったら、ぶん殴ってやるところだったぜ」
「……。大丈夫。ちゃんと覚えているよ。アッキー。……僕が君の名前を忘れるわけないだろう」
「フルネームは?」
「東花暁人」
「……」
それを聞いたアッキーは少しだけ。ほんの少しだけ寂しそうな、悲しそうな、そんな顔をしたような気がした。ただ、「そんじゃ、エージェントが待ってくれてるからさっさと目的地に行こうぜ」というアッキーの言葉のせいでそれが何故だったのか。はたまたそれが見間違いだったのかという思考すら僕はすることができなかった。
機内に乗り込むと、いつかのように睡眠薬を飲まされ、目が覚める頃には目的地についていた。日の光でここがどこにあるのか推測してみようなんて魂胆がほんのちょっぴりだけあったが(でも本当に分かってしまったら後が怖いので本気でやるつもりはなかったけどね)、どうやら既にここは室内らしい。無機質でコンクリート向きだしの殺風景な部屋だった。正面と背後にそれぞれ扉があった。
「お疲れ様です。それではここで失礼します」とだけ言い残し、ヘリを操縦してくれていたエージェントはガチャリと最後に鍵を閉めて、背後の扉から出て行ってしまった。試しに開かないかとドアノブを回してみたが開く気配は皆無だった。
「どうやらここは地下のようですねー」
「どうしてそんなこと分かんだよ?」
「おそらくそうでしょうね。簡単なことだよ。アッキー。その方が都合が良いからさ」
「なんでさ?」
「まず、建物を隠したいときの話だけど、方法は大まかに二つ。徹底的に秘匿するか、常に移動し続けるか。後者は無い。なぜならその場合にありえそうなのは巨大な客船ということになるがその揺れを感じないし、少なくとも現在いるこの部屋から外の光が見えない。それに、僕たちをわざわざ眠らせる必要が無いんだ」
「前者だと分かったところで、地下だとは確定できないんじゃねぇの?」
「地上に出ている建物だったら、わざわざ僕たちを降ろしてから目覚めさせる必要は無いんだよ、アッキー」
「ふぅーん? そういうものか?」
「だって、どうせ地上の建物だったら窓から外の景色を見ることができちゃうだろ?それに屋上のヘリポートなんかから直接建物の中に入れる。そうしなかったのはヘリじゃ入れない場所だから」
「待て待て、それじゃあ結局窓が無いだけかもしれないし、俺らに気を利かせて運んでくれただけかもしんねぇだろ」
「そうだね。だから、別に確定的な根拠があるわけじゃないよ。ただ、そうした方が都合がよくて、そうしない明確な理由が見つからないってだけさ」
「どうも、お待ちしておりました。東花暁人様。そして、そのご一行の皆様も」
病的なまでに整った身なりをした男性だった。何かに酷く怯えているようだった。ただし、それにしても、一つだけ気になる点があった。彼の両手が手錠で拘束されていたのだ。
「えっと、あなたは?」
「申し遅れました。ワタシは今回の立会人の一人緊縛堅硬というものでございます」
「一人ということは複数いるんですねー? 我々を送迎してくれた人も立会人の一人なのですか?」
「立会人はワタシともう一人のみです。送迎の者は有事の際のために外で待機しております」
「二人で足りんのか?」
「ええ、というよりあの方一人で十分でございます。あの方に比べればワタシはおまけのようなものでございます」
「あの方……ですか?」
「そうです。無気力ことプロの制圧人。甘羽良菜亜紗さんが居てくだされば、この建造物内での安全は保障されます」
「知ってますかー? 探偵さん?」
「聞いたことないですね」
「こいつに聞くだけ無駄だろ」
ムスッとしながら、アッキーが吐き捨てた。なんかアッキー機嫌悪くない?
「プロってことは誰かに雇われていると思うんですねど主催者って誰なの?」
「主催者はなオヤジたちだよ」
「この会議は不定期で開かれるんだ。毎回場所も参加するやつらもバラバラだが、家長は出てこねぇ。必ず四家の子供の誰かが一人か二人付添人を帯同して参加する。これは一種の代理戦争だ。それと同時に全家長が人質を差し出しているようなもんなんだ。まっ、俺のオヤジはそんな難しいこと考えてなさそうだったがな。でなきゃ俺は選ばん」
「それでは、さっそく会議室に案内いたしますね」
案内された部屋は四方に扉が設置されており、既に僕たち以外の位置の席には三人の人物とその使用人と思われる者達が傍に立っていた。部屋の中央には黒曜石でできた円卓があった。東花家の食堂にあったものよりも一回りでかく、中央に穴の空いたドーナツ型の円卓だった。そして、その中央には布団が敷いてあった。(布団? 何故?)ここからだとか距離があってよく見えないが布団の膨らみからして、人が一人横になっているようだ。
——部屋全体に立ち込める張り詰めた雰囲気がそこだけ緩んでいる。
——ふわふわとして、ゆるゆるに弛緩している。
「あれが甘羽良菜亜紗さんとやらなんでしょうかねー?」
「だろうな。だが、気にするべきはそんなもんじゃねぇよ。あいつはただの舞台装置だ。真に警戒するのは他の家のやつらだ。弱みなんて見せんじゃねぇぞ」
「———アッレェ、これはこれはぁ、アキヒトやないかぁ。しばらくおどれの噂聞いてへんかったから、何かあったんやないかって心配してたんやわぁ」
机を挟んで丁度反対の位置に座る、白髪の人間がそう話しかけてきた。従者を含め和装のようだ。
「うん、うん。でもこうしておどれの顔を見れて一安心やで。いっちばんべべで会場にやってくるっていう図々しいところも、わざわざ従者を二人連れてくるっていうあかんたれなところもホンマアキヒトらしいで。ジブンはてっきりおどれのアニキかアネキがやってくるもんやと思っとったんやけどなぁ?」
初めは気さくそだと思ったがとんでもなかった、台形をひっくり返した形の眼鏡のフレームから意地の悪そうな目をのぞかせニタニタと笑いながらこちらに口撃してきた。
「ハッ、白銀。俺だって、おめぇはママと一緒でもなきゃこんなところ怖くて来れねぇと思ってたぜ。でも大丈夫か? 夜が怖くとも。おめぇの横にいるそいつに寝る前に子守歌でも聞かせてもらえば熟睡できそうだもんなぁ?」
「言うに事欠いてそげな罵倒しか出てこんとは本当におどれは———」
「ちょっと、あんた達うっさいわよ。いつまでこのアタシが無駄な罵りあいに耳を貸さなくちゃいけないわけ?」
こちらから見て左側にいる真っ赤な髪を頭の上で結んだ女性が組んだ足を机の上に乗せそう発言する。同じく赤く派手な服を身にまとっていた。こちらも和装に見えたがどうやら、民族衣装のようである。傲岸不遜な印象を与える。隣にいるのは白い燕尾服を着ており、より女性の赤色が強調されていた。
「相変わらず育ちの悪さが滲みでとるで、赤煌羅ちゃん」
「何ですって? もう一遍言ってみなさいよ、この性悪銭ゲバ小僧」
「ホンマおおきに、性悪も銭ゲバも自分にとっては誉め言葉やさかい。ただ、小僧ってのは頂けんなぁ~。周りの年齢を低く見積もったからって、おどれの年齢まで下がるわけやないで~。年増」
「こんの、ふっざけんじゃねぇぞ。ぶち殺してやるわよ」
「若いもんどうし、仲が良くて微笑ましいことじゃなー」
白金と呼ばれた青年が両者舌戦を繰り広げる中、最後にそう呟いたのはこちらからみて右側。黒髪におかっぱの少女のようだった。両手で肘をつきその上に自身の頭を預けていた。こちらは体よりも一回り大きな黒いコートを羽織っていた。隣の従者はパイロットキャップにマフラー、厚手の手袋を身に着けたこれから雪山に登山でもしそうな服装だった。
ふぁあ~~~~~~ぁ~~
晴天の霹靂というにはあまりにも気の抜けたあくびが場に静寂をもたらした。
と、同時に三人がだらんっと糸の切れた操り人形のように体の操作ができなくなったようだった。アッキーと白金青年は机に突っ伏し、赤い彼女は背もたれのてっぺんに首の全体重を預けていた。
「おいっ、アッキーどうしたんだよ」
「あんが、くうにからだのちからがぬけけ—」
どうやら舌を動かす筋肉すら動かすことが出来ていないらしい。瑞葵さんがアッキーの肩を支える。
白金青年は腕枕で、赤い彼女は執事がどこからか取り出した枕によって支えられていた。
「おっはよ~~ぜ~んいんそろった~みたいだね~?」
ゆっくりとゆったりと甘ったるい声が場をしんとさせる。思わずその場で崩れてしまいそうなほどの、睡眠する直前の血行がよくなりえも言えぬ心地よさに浸っているときのようなそんな気持ちの良さ。
「こんなかんじで~。なんか~あぶないことがあったら~。すぐにせいあつできちゃうから~あんしんしてかいぎしてね~~」
なんて強力なカラフルピースなんだ。無気力感とか弛緩とかだろうか? 他人にここまで強い影響を意図的に出せるなんて……。
「それでは、早速会議を始めようではないか。のう? 小童ども」
アッキーが悲しんだのは「探偵」がフルネームを答えたからです。
本当に最低ですね。




