後片 三者三様
今になって想像するにあいつはそのあまりにも人類を凌駕した特性によって、見た者の精神に強力な影響を及ぼすようですわね。そして長く、近く接するほどより強力なものになる。
「自分の代わりはいないけれど、自分の上位互換はたくさんいる」と誰かが言っていたような気がしますわ。人は自分よりも圧倒的に優れている人間と向き合ったときの劣等感には案外脆いようですわ。あいつは人間が知覚し得るスペックがすべてカンストしている。いや、そんな常識的な物差しでは観測できない。遥か先の果ての果てまでパラメーターが突き抜けている感じでしょうか。
自分に取り柄が無いと思っている者はその劣等感に圧し潰され、自傷行為を繰り返し死ぬ。
わたくしのような何か他者よりも優れていると自負得意なあるいは特異なする才能がある者はそれが絶対的にあいつより劣っていることが分かると壊さずにはいられなくなる。取り柄が無くなれば後は同じ。
母上にとっては(わたくしにとっても)取り柄が「わたくしの身体能力」だったのでしょうね。わたくしは母上の一部。自分たちの果たせなかったオリンピックという夢をわたくしを「使って」かなえようとしていた。自身の所有物だと信じて疑わないほどに。だからわたくしは、そんなもの否定してしまえば。両親の道具でないと言えたなら。
言えたなら、どうなっていたんでしょう? あの時ちゃんと死ぬことができたのでしょうか?
しばらくしてもはやわたくしの手足が使い物にならなくなると母は今度はその包丁で自分のことを滅多刺しにして、しばらくすると動かなくなりましたわ。あたりを見回すとパーちゃんは精気の無い瞳でどこかをぼんやりと見つめ、プーちゃんは自分の親指をしゃぶっていましたわ。
「パーちゃん。プーちゃん。大丈夫ですの?」
「あたしからするとそっちの方が大丈夫なのかなって思うけどね」
パーちゃんの声なのにまるでロボットのような全く感情の起伏を感じさせないしゃべり方でした。まるで別人みたいでしたわ。
「プーちゃん赤ちゃんみたいになってるけどさ、どうする」
鳥肌がたちましたわ。まるで、壊れた玩具の処分方法を聞いているような冷淡な調子でわたくしに尋ねてきました。
「たっ、助けが来るはずですわ。きっと……、生き残った町の人とか警察とかが来てくれるに違いありませんわ。だからそれまで待ちましょう」
「ふーん。プーちゃんはこんな感じだし、レーちゃんは見たところ芋虫みたいで動けそうもないし、助けがくるまであたしが二人の面倒を見ればいいのかな?」
パーちゃんはお願いされなければわざわざそんな面倒なことやらないと言った口調で問いかけてきましたわ。
「……。お願いしますわ」
「分かったよ」
パーちゃんは初めのうちは屋台の残りから三人分の食べ物を持ってきてくれましたが段々と腐りかけてくると町へ出るようになりましたわ。申し訳なかったですが、トイレもパーちゃんがいないとできないような今のわたくしでは本当にどうしようもありませんでしたわ。
しばらくたっても、助けは来ませんでしたわ。わたくしは当然身動きが取れないので、パーちゃんが食料を見つけてくれるまで赤ちゃんのようになってしまったプーちゃんと言葉を教えていましたわ。
「あう~」
「良いです事? 喜咲ちゃん。あなたは私たちの中で一番記憶力が良かったのですわ。あなたがあなたのお母さんのお腹に居たときの記憶もあるって言ってましたわ。生まれて数か月で意思疎通ができたとも。だからわたくしがあなたに言葉を教えますわ。あなたがどうにかこの地獄を生きていけるように」
でも、3日ほどしたらいつの間にかパーちゃんは行った出かけたっきり、帰ってきませんでしたわ。かわりにプーちゃんとは簡単な意思疎通が取れるようになりましたわ。
「あぅー。ままぁー?」
「だから何度も言っているじゃありませんの。わたくしはあなたのママではありませんわ」
「ままおなかぐーぐーなってる。わたしもおなかぺこぺこ。だからたべものもってくる」
プーちゃんに食料を取りに行ってもらう? いいや、こんな状態のプーちゃんに外を出歩かせるなんて……。でも、このままでは二人とも飢え死んでしまいますわ。わたしくしは助からなくていいからせめてプーちゃんだけでも……。
「分かりましたわ。まずあなたがお腹いっぱいになるまで食べてきて余ったらわたくしにも持ってきてくださる?」
「うん。いってくるね」
そう言って出ていったプーちゃんは日が暮れてもかえって来ませんでしたわ。こうしてわたくしはただ死を待つだけとなりました。
静寂の中、虫の声だけがかすかに聞こえてくる。扉からかすかに月明りが差し込んでくる。その月明りを遮って何者かが部屋に入ってきましたわ。
「これは。なんてことじゃ。生き残りがいたとはのう。しかも、こんな状態で」
しばらく陰になって良く見えませんでしたが。次第に近づいてくると初老の男性のようだということが分かりましたわ。編み笠を被っていて、泥棒が持っていそうな唐草模様の風呂敷を持っていました。歩くたびにガチャガチャと音が鳴ることから、何やらいろいろな物が入っていることを覗わせた。着物を着ているようでしたがお祭りのときに着るというよりも普段着としてきているようなこなれ感のある着こなしでしたわ。
「お前さん。手足を失ったとしても、それでも、生きたいか?」
わたくしは。わたくしには何が残っていますの? わたくしが生きる理由なんてもう何も。でも。それでも。わたくしは。わたくし達をこんな目に合わせたあいつを許しませんわ。許したくありませんわ。
「わたしくしは生きたいですわ。生きてわたくしは。あいつを。絶対に」
「良い返事だ。今からやる施術で必要になってくるのはその強い気持ちじゃ。(ただひとつ気になることは——。「あいつ」だと?「あいつら」ではなく?まさかこの事態は一人の人間が起こしたことなのかのう?)」
そういうと注射で何かをわたくしの体に注入し、いつの間にか気を失ってしまいましたわ。
目が覚めるとわたくしの両手両足は絡繰り仕掛けの義足になっていましたわ。右手は鉤づめに、左手はライフルに変形するように。右足はナイフが仕込まれ、左足には爆弾なんかが収納できるように。そのほかにも様々な機能が詰め込まれましたわ。
こうして復讐を誓ったわたくしはいつの日か消息も正体も碌に分からない「あいつ」を殺すため悪人の命を華麗に奪う怪盗として世直し活動をしていますわ。
これが『命専門の怪盗』世界を股にかける世紀の大テロリスト。石川礫の誕生秘話ですわ。
狛江パトスの発見
スーパーの缶詰コーナーを漁る。屋台の食べ物は2日もすればすべて腐って食べられなくなった。だからこうして食べられそうなものを漁っている。あの2人の面倒を看る必要があたしにあるか?
確か、何かしら大切な感情を2人に抱いていたような気がする。でも、それはまるで幽体離脱して自分を第三者視点で見ているような。さんな現実感の無い。地に足つかない。もはや他者の感情だ。
感情? なぜか今まで感じていたあの心の動きが感じられない。何も感じない。
助けはもう望むことは出来ないだろう。きっと私たちは死んでいると見做され、見捨てられている。それならば、あたしが生きるにはそろそろ損切りをした方が良いころあいではないか?
気が付くと何者かが近くに立っていた。気配は感じられなかった。観測したことで、今初めてこの世に存在が確定したかのような不気味さがその者には有った。男なのか女なのか子供なのか老人なのかそれすらも良く分からない。身長はあたしよりは高いようだが何か具体的な目測も立ちそうにもない。ゆらゆらと周りとの境界がぼやけている。
ふと、美しいナイフが目に映る。装飾が美しいのではない。その機能美が美しかった。数多の血を吸ってきたと直感させられる、人を殺すことだけに特化した、無駄のない洗練された刃。
そいつが口を開く。まるで霊界からの冷気が漏れ出しているような、身震いすら感じるほどの感情を排したその声で。
「なかなか。良い目をしているな。お前。私と同じ漆黒を宿した目だ。お前、私のもとに来い。弟子にしてやる」
こいつが何者かは分からないが、有無を言わせない凄みがある。あたしが拒否したら、その瞬間には頭が胴体から切り離されるような。そんな圧が有った。
「あたしは。あなたについて行くことで生きていけるの?」
「ああ、もちろんだとも。これからお前は。誰よりも「活き活き」と生きることができる」
何も感じないこのあたしが?
「なら。ついて行く」
「ははっ。これは良い拾いものをした。まさか、たまたま面白そうな情報を仕入れたんで暇つぶしに依っただけの場所で、こんないい拾いものができるとわね」
こうして師匠に拾われたあたしは暗殺者になった。最近、町を歩いているときにたまたまアイドルにスカウトされ、世間で引っ張りだこになっている。(あたしは感情を作る技術を身に着けたからいつでも笑顔で居続けられることが功を奏したのかな?)つまり、顔を表社会にバリバリに晒しながら暗殺者をやっている。師匠は怒っていたような気がしたが「まあこれはこれで」と何か納得しているようだった。こうしてあたしは『世界一オープンな暗殺者』狛江パトスになった。
零訂喜咲の場合
ままのためにたべものをもってこないと。うん?なんか白いひとたちがいる。
「生存者を見つけたぞ!!」
「ある程度の年齢に達している者。正確には11歳以上の者は全員X日にすべて自殺していた。それ以下の年齢の者はすべて餓死していた。だから、生きているとしたらぎりぎり自力で食料を見つけていけそうなこのくらいの年齢が一番高いと思っていたのよね」
なんかむずかしいことをいっててよくわからなかった。でも、もしかしたらたすけてくれるかもしれない。
「あのねっ、わたしとままがね。おなかすいちゃって。ままはさきにわたしがたべていいって。それでね。ままはおへやでまっててね。それでね」
「どうやら極度のストレスで幼児退行してしまっているようね」
「その母親というのもすでに……。可哀想になぁ。いったい何があったらこんなことに」
「原因は私たちが考えることじゃないわ。私たちは医者よ。どんな人でも救う。ために存在している。早く保護してあげましょう」
こうして私は見境なき医師団こと「鷗森機関」に保護された。そこで私は世界一の医療の腕を身に着け、死のいくつかのステップを生存の範囲にすることができるほどの医療技術を身に着けた。まあ有体に言えば、一般的に死亡と判断される人間すら治療師生き返らせることができるようになった。
ままに会いたい。私の本当の両親は確実に死んでいるだろう。でも、今の私の記憶の原典、はじめて記憶が残った時。そこで私に言葉を教えてくれた。四肢が滅茶苦茶になっていて、いつ死んでもおかしくなさそうな状態だったのに。私を思ってくれた。愛してくれた。私の名前が「喜咲」だと教えてくれた。
なのに。私が置いてきてしまったんだ。
私はままをあんな目に合わせたこの世界を絶対に許さない。そうして王森機関を抜けた私は王森喜咲を名乗り世界中の自爆テロリストを蘇生している。ままに。いつか会えると信じて。そうして蘇生されたテロリストは崇拝され、より激しいテロ行為が始まる。私は人を治すことで間接的に人を大量に殺している。
でも。私は止まらない。この世界をぶっ壊すために。
この後は短いエピローグが続きます。




