前片 とある少女の懺悔
地面の雑草を見ながら歩く一人の少女がいた。
紫色のツインテールにてっぺんが平たくなっている黒いキャップを深々と被っている。紺色のオーバーオールの下は白黒の縞柄シャツを身にまとっている。ランドセルを背負っていることから小学生であることは間違いないだろう。
(まったく。憂鬱ですわ。また、新しい一日が始まってしまうなんて)
体と気持ちというものは密接に関わっているらしい。人は嬉しいから、面白いから笑うと考えがちだ。
しかし、どうやら微塵もプラス感情を抱いていないときでも笑顔になるとそれに引っ張られて気持ちが前向きになるらしい。そうなってくると、それはもはや卵が先か鶏が先かという話になってくる。今こうして下を見ているということはそれそのものによって気持ちが沈んでいる原因になっているのだろうか?よく見てみると雑草にもかわいらしくきれいな花が咲いているものもある。そうであるなら沈んだ気持ちの中でしか見つけられない幸福も確かにあるのかもしれない。
わたくしの名前は石川礫。小学4年生。今年で10歳になります。家族構成は4人家族で父上と母上、それからわたくしと兄上との二人兄弟。父上と母上は若いころは体操の選手をやっていたそうで、私はその両親のさらぶれっと?としてかなり大きな期待を寄せられていますの。幸い私は両親の期待した通り、他の子と比べてかなりずば抜けた身体能力を有していたおかげで今のところは何とか期待に応えることは出来ていますわ。
だけどそれがいつまで続くか。最近ライバルの子たちに徐々に差を縮められている気がしてなりませんわ(それはきっと両親も)。だから最近はおびえながら練習をしていてちっとも楽しくありませんわ。
ただ、最近少し楽しみなことがありましてよ。それが、この漉餡町の10歳になった子供たちを祝う(町の大きさを考えると)かなり大規模なお祭りなのですわ。名前を神立祭。その日は普段は制限されていて食べられない、たこ焼きやりんご飴といったジャンクフードが唯一食べられるのですわ。しかも、今年の主役は私たちの代!!
だからいつもよりお小遣いを多くもらえるように両親と交渉ができましたの。だから当日は友達と一緒に精一杯楽しみますわ。
少し歩くと、いつもの集合場所でわたくしの友達であるパトスちゃんと喜咲ちゃんと合流しました。
「どうしたの!? なんか元気なさそうじゃない!!? レーちゃんがそんな顔してたらあたしレーちゃんにそんな顔させる世界をぶっ壊したくなっちゃうよ~~!」
この常に絶叫してるような話し方をするのは狛江パトス10歳。わたくしのクラスメイト。感情表現がかなり豊かな子で正直疲れることの方が多いですわね。でも一緒に居ると日常に飽き飽きすることは無くなりますわ。妹がいるため意外と面倒見がいいですわ。あだ名はパーちゃん。
「いやいや、パーちゃんよく見てよ。この顔は一見普段通りの憂鬱そうな顔に見えるけど、よ―く見ると何かを楽しみにしているって顔だよ。確か363日前も同じような表情をしていたと覚えているよ」
こっちの少し気だるげで声の抑揚が少ない大人びた口調の方は零訂喜咲ちゃん10歳。同じくわたくしのクラスメート。(というかわたくし達の町は人が居なさ過ぎて小学校はすべての学年が混在する1クラスしかありませんわ。中学校と高校はそもそも無いので他の町に通学することになりますわ)なんだか並々ならない記憶力を持った女の子ですわ。こんなことを言ってくるのは日常茶飯事で母親のお腹の中に居た頃からの記憶があるらしいですわ。
あるとき気になって、わたくしと友達になってから何回嘘をつかれたか覚えているか聞いたら、何日前にどんな嘘をついたか、わたくしが忘れているようなことまで詳細に語りだしたのにはドン引きしましたわ。(内容は私の名誉のために割愛しますわ。)でも意外と一人っ子なので甘やかされて育っていて、いざというときは案外頼りになりませんわ。
あだ名は喜咲を妃だと勘違いしたパーちゃんに、
「じゃあじゃあじゃあじゃっあぁっ!!! プリンセスのプーちゃんだね! 決まり決まりぃ!!」
「……えっとね、パトスちゃん私の名前は……」
「いーな、いーなぁ。名前がお姫様なんて。確かにお姫様みたいに綺麗な髪してるし、羨ましいよ!ねぇ、ねえぇ~!一体どうやって髪のお手入れしているかおーしーえーてーーーーーー!!!!」
「…………」
こんな感じのやり取りをした後プーちゃんに決められてしまいましたわ。
……。パトス。まったく、恐ろしい子ですわ。
学校に着くと(学校で唯一の)担任の相部先生に挨拶してそれぞれの席に座りましたわ。そうすると朝の会のお話が始まりましたわ。十中八九お祭りの話ですわね。
「皆、今年もこの季節がやってきたな。先生はお前たちが成長する様を毎日見られて幸せだ!」
相部先生は普段はなぜかテンションが低いですけど、イベントの時だけ熱血漢になりますわ。
まぁ、わたくしを含め、皆からは好かれていますけどね。
「ということで今年10歳になった礫、パトス、喜咲のお祝いが今年の祭りのメインイベントだ!」
予想通りですわね。
「……ただな聞いた話によるとどうやらもう一人主役がいるらしい」
うん?なんか思ってるのと違いましたわね。そんなことがありますの?このお祭りはこの町の子供のお祝いだから。他所の町の子がお祝いされることはありませんの。そして、この町には学校はここしかない。だから、「もう一人」とやらがいたとして、わたくしたちが知らないはずありませんわ。
「あ~、お前らの顔を見たら言いたいことは分かる。というか俺もだいたいおんなじ気持ちなんだが」
「どうやらその子は大学生。——いや博士課程を修了だったか? おまけに通わずに論文だけで取ったとかなんとか……」
「とにかくすごく頭が良くて飛び級していからこの学校に通う必要が無いらしいんだ」
「そういうわけでお前たちには伝えておいたから仲良くしてくれよー」
大学? 大学って確か高校の上でしたっけ。そうなると中学と高校が3年ずつだから……。10年くらいの飛び級? とんでもねぇですの!! プーちゃんだって飛び級してもおかしくないくらいの頭してますが(何だかプーちゃんなりにわたくし達に合わせてくれている気さえしますわ)それでもせいぜい因数分解? とやらを理解できるぐらいだから高校生レベルだって本人が言ってましたのに。
ふーん。同年代の女の子。少々、いや、かなり気になりますわね。お祭りの日の楽しみが一つ増えましたわ。
とはいえ準備することもそんなありませんわ。せいぜい当日に着る着物の着付けぐらいですわね。というわけで今日は午前に練習を済ませてパーちゃんとプーちゃんの一家で着物屋さんに着ましたわ。
「プーちゃんはサラサラのロングヘア―だから本当に着物が似合うよね~! いいないいな~っ!」
「そういうパーちゃんもショートが似合っててまるで座敷童みたいだよ」
「……それは褒めてるんですの?」
そんなこんなで着物の試着をしていると少し銀色がかった白い一着の着物が他から避けられたところにあるのが目につきましたわ。
「あれってもしかして例のもう一人の着物ですの?」
「ふーん、何だか派手だね」
「派手ってよりかは神聖って感じだね。自分が世界の中心だとでも思ってないと私だったら恥ずかしくて着れないかも」
「うーん、プーちゃんの言うことはよくわかんないけどとにかく私たちも負けてらんないね!!」
そう言ってパーちゃんはわたくし達を引っ張って行ってしまいましたわ。でもあの白銀の色だけはなぜか目に焼き付いて離れませんでした。
家に帰ると「れきの部屋」と書かれたネームプレートがかかっている可愛らしい花柄の扉自分の部屋へと向かった。それとは対照的に何も書かれていない無地の黒い扉があった。ここは兄上の部屋です。もうずいぶん長い間外には出てきていないけれど……。
兄上は今のわたくし以上に両親から期待されていましたわ。わたくしはそんな兄上のことが大好きで尊敬していましたわ。
でも、あるとき怪我をした。詳しいことは分からない。日常生活を送る上では何の支障もないけれど「激しい運動」をするには致命的な障害となってしまう。そんな怪我を。
兄上は怪我の後もいつも通りの優しい性格でしたわ。でも、両親からの態度は一変した。急激に兄上に興味を失くし、わたくしを異常に可愛がるようになりましたわ。そうしていつからか、兄上は部屋に引きこもるようになりましたわ。それでも、わたくしは兄上のことが今でも大好きですのよ。
「…………兄上」
扉越しに話かける。たった一枚の、大した厚さもない隔たりなのに、どうしてもあちらへと踏み入ることの出来ないと信じ込ませるに足る、そんな扉。
「わたくし……。今年で10歳になりましてよ。……だから。その……」
返答は無い。だけど。だけど。それでも、伝えずにはいられなかった。
「もし、もしも、兄上がよろしかったら。その……、今度の神立祭。見に来て欲しいんですの」
何を期待していたのだろう。
何日も何週間も何か月も何年も。もうずっと出てこなかった兄上が、それでも、わたくしのために出てきてくれるなんて、それほど兄上がわたくしを愛してくれているなんて、そんなことを期待していたのだろうか? 兄上からすれば、わたくしだって、憎む対象になっていてもおかしくは無いはずですのに。
————これが唯一にして最大の後悔。わたくしの罪でもある。
エピローグ 前片 中片 後片 プロローグという順番ですので、今日含め外伝はあと4日で完結します。




