第4片 二人の熱い夜
バトル要素強めというかほぼバトルです。
百合成分があるので苦手な人はご遠慮ください。
駆ける。駆ける。駆ける。
室内だというのにあまりの速さに紫色のツインテールが宙に浮いて、マントは翻っている。かなりの素早さなのに驚くほど静かな走行であった。彼女は『命専門の怪盗』こと石川礫その人である。
(おかしいですわね。あまりにも上手く行き過ぎている)ビルの内部構造を徹底的に調べあげ、警備員の巡回ルートも把握した。だから、誰にも会わずに駆け上っている、状況は計画通りではあるのだが………。
なぜか気持ちの悪い違和感を彼女はぬぐえないでいた。情報の入手には違和感はなかった。いつも通り独自のルートで入念に調べ上げ、入念に審査した。(違いますわね。おかしいのは情報そのものですかね?)何者かの意思を感じる。そう誰かに誘導されているような———。
ザザッ。彼女が急停止する。
目の前には最も出会いたくなかった男。ボディーガードのケビン・ファーマーが立っていた。
正確には彼の顔を確認したわけではない。しかし、彼の代名詞である、その大きなシールドは名刺以上に彼が彼であることを物語っていた。
「できればあなたにはお会いしたくありませんでしたけれど。わたくしの道をふさぐというのならば排除しなくてはなりませんわ」
「残念だが。お前が進むのは地獄への一本道さ」
「わたくしを嵌めましたわね」
「『エスコート』と言ってくれ」
「あらあら、お誘いは嬉しいですが、あいにく今夜の予定は空いてなくってよ」
「そう連れねぇことを言わないでくれよ。少し人の手は借りちまったがあんたのことを考えてデートプランを立てたんだぜ」
軽口を言いつつも冷汗が頬を伝う。伝説のボディーガード。彼が守った要人は数知れず。彼が制圧した襲撃者はいざ知れず。
「鉄壁」。まさにその言葉が完璧に当てはまる男だ。
明らかな格上だった。もちろん彼女だって強いのだけれど、面と向かっての一体一となると、この男に勝てる人間がどれほどいることやら。目の前の男がもはやとてつもなく高い壁のようにすら錯覚してしまう。
犯行は中止?逃走する?彼のプランとやらのために生じた、今まで駆け抜けてきたこの警備員が居ないルートを引き返すのならば案外簡単に帰れるかもしれない。生きて無事に帰還さえすれば次の機会はきっとある。
だが、しかし。彼女には引かない。彼女の信念のため。
わたくしの目的のためにこんな仕事では躓いてはいられない。
わたくしはこの世界を滅茶苦茶にしてやる!
壁は超えるためにあるんですわ。だから、逃げない。逃走ではなく闘争する。犯行声明を出す。
「ごきげんよう!わたくしの名前は石川礫。あなたの生命。華麗に流麗に鮮麗に盗みだして差し上げますわ!」
戦いの火ぶたが切って落とされた。
名乗りを挙げると同時に礫は地面に伏せる。(何だ?)ケビンが訝しそうに礫を観察する。
バンッ!!!!
いや、しようとしたその時突然シールドを持っている左腕にとんでもない衝撃が走る。
「グアァ!」
ベキベキベキ。腕の骨が砕ける。何が起こった?これほどの威力を出せる大きさの銃は、見たところ持っていなかったはずなのに———。
痛みを無視し、今度こそ確かに礫を観察する。
これはっ!
「貴様!左腕が!!」
「ご名答ですわ」
礫の左腕はスナイパーライフルに変形していた。
「この化け物めっ!」
「はんっ。レディに向かって失礼ですわよ」
バンッ!!!!
またもや銃弾が放たれる。だが今度は先ほどの様にはいかなかった。
ガキィィィン。
銃弾は天井へと弾かれていた。
(—っ!?)シールド越しとは言え、銃弾を弾くって化け物なのはどっちですの。
バンッ!!!!ガキィィィン。
バンッ!!!!ガキィィィン。
じりじりとじりじりとケビンが近づいて来ていた。
バンッ!!!!ガキィィィン。
バンッ!!!!ガキィィィン。
(……くっ!)なんて奴。近づくほどに威力は上がり着弾も早くなる。タイミングを合わせるのはどんどん難しくなるはずですのに!!
このままの体勢では駄目ですわ。銃を撃つためには体を地面で支える必要がありますが、これでは近接戦に入るタイミングで上からシールドごと抑え込まれて負けてしまう。
それならば、ここは切り替える。
腰を落とし、構える。
右腕から取りだしたちょうど腕と同じぐらいの長さの線対称のダガー。腕に変形しなおした左手を前にダガーをその腕に軽く乗るように右手で持つ。相手とのリーチ差を最大限に活かす。
突きの構えだった。
銃弾の収まったことを知ったケビンはそのままシールドごとタックルで向かってくる。
「ハア!!!」
シールドを貫くつもりで突いた。結果としてケビンからシールドを引きはがすことには成功した。
———だが、あまりにも手応えが無かった。
スルッと刃はシールドの表面を擦り礫はからだのバランスを崩す。
「あっ」
気づいたときには腕の内側まで入りこまれていた。
「「取(盗)った」」
二人のセリフが重なる。
ぶしゃ。
———瞬間。ケビンは縦に切られていた。
ぽたっぽたっと彼女の右足の刃から血が滴っていた。
そう彼女は両手両足が義足の全身武器人間なのだ。
が。浅い。
相手はあの歴戦錬磨の伝説のボディーガード。ケビン・ファーマーなのだ。この程度の不意打ち幾度となくしのいできたのだ。
「ぐっ。うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
圧される。気迫に。(なんて執念なんですの!)右足でもう一度切り上げる。しかし、この男に2度目の攻撃など通じるはずがない。モノが違う。通ってきた修羅場が違う。
「うわあああ」
素手で応戦など彼女にできるはずが無かった。そして、実際にできなかった。だが、それは彼女が負けたことを意味しない。
応戦する機会がなくなったのだ。
ケビン・ファーマーの死によって。
「えっ。はっ?」
首がナイフによって切り裂かれた。ブシャァーと綺麗に血が噴出する。思わず間抜けな声が出てしまうほど。それはあっけなくて一瞬だった。殺し合いをしていた相手だとは言え。これは。これはあまりにも………。
背後に立っていた人物は血のべっとりついたナイフを持ち。満面の笑みを浮かべていた。
「アハハ!あなたのおかげで楽に殺せたよ!!アリガトネ!!」
感情表現が豊かに見える。だが、違う。ワザとらしかった。まるで台本を読むようにどこか棒読みだった。可愛らしい童顔にとってつけたような笑顔が貼り付けられていた。黒髪のボブ。瞬きをすると闇に溶け込んで見失ってしまうような漆黒のボディースーツを身にまとっていた。(少し瘦せている?)体の至る所に暗器を仕込んでいそうなポケットが目についた。
だが、礫にはそんなことどうでもよかった。何故なら………。
「————————————パトス? ですの?」
「ンー?誰?」
忘れるはずの無い親友の顔がそこにはあったのだから。まさかとは思っていた。そんな偶然があるなんてありえないだろうと。指名手配の写真に全く面影が無かったから同姓同名の別人だろうと(おそらく変装でもしていたんでしょうね)。でも、違った。彼女は狛江パトスその人であった。
「わたくしですわ。パーちゃん。石川礫。レーちゃんですわ」
「ンー?分かんない!!」
「あの町であの事件をともにした石川礫ですわ!!!!!!!」
「はー。だから分かん無いって言ってるよね」
先ほどまでの明るい棒読みとは打って変わり、急に心の臓が凍てつくような冷たい声色に代わる。体から血の気がスーッと抜けていく。体が強張ってしまうほどの冷徹な殺意。ああ、蛇ににらまれたカエルってこんな気持ちになるんですわね。
ナイフがゆっくりと礫の首元に迫っていた。
ハッ。とした礫は即座にバク転をする回避と足による斬撃による攻撃を両立させる動き。パトスは即座に体を引き回避する。
パトスはケビン・ファーマーの死体に目をやる。
決まらなかったが近づくことを警戒させるぐらいは出来ただろうか。
そう気を緩めた瞬間をアサシンが見逃すはずが無い。
ナイフが顔面にとんできていた。「———っ!!!!!」とっさに左腕でガードする。突き刺さったが問題ない。痛覚は無いのだから。
そのまま体のあちこちに仕込んでいるであろうナイフを取り出し。投げつけてくる。頭や胴体の生身の部分を何とか義手義足で庇う。
「あれ?なんで死なないの?」
パトスの疑問は当然であった、像が10匹は殺せる分の即効性の毒が一本ごとに塗り込まれているのだ。だがそれと同時に胴体を庇っていることに気が付く。
そうして彼女が選択した。
次なる一手は。
キスであった。
もっと言えばディープキス。礫の舌に自身の舌を絡ませる。濃密に熱烈に。
「何ですの!?」思わず顔を赤らめてしまう。胴体の上に馬乗りになられ、手は恋人つなぎで塞がれてしまった。体を動かそうともがいても、抑え込まれてしまう。せめてもの抵抗で顔をそらそうとしてもパトスの舌が、唇がそれを許してはくれない。
「んんんんんんっ。んああっ」
舌と舌がずちゃ、ぐちゃと時々水音を立てながらまるでそれぞれ独立した生き物のようにぬるぬると絡み合う。息を吸うことすら忘れてしまう。
「はうっ。うはぁっ!?」
初めのうちは抵抗していた礫も次第におとなしくなってゆく。お互いの唾液が交換される。あぁ、パトスの唾液。甘いですわね。何だか体が段々熱くなってきましたわ。
「ぷはあ」
パトスが唇を離す。礫にとっては永遠にすら感じられたかもしれないその時間は。
あっさりと終わりを告げた。
「そろそろかな?」
そろそろ?
「体が熱くなってきたんじゃない。」
「はあはあ」礫の呼吸が早くなる。そして体が風邪を引いたときのような体温まで上がっていることに気が付く。
「私は常に体に毒を入れ続けていてね。体液から毒を代謝できるようにしているんだよ」
「どこが弱点か分からなかったから、体の中に直接毒を送り込まさせてもらったよ」
「パ ト、…スゥ」
「そうだな、接種した毒の量からして30分後ぐらいに死ぬかな?」
「私が逃げる間の囮になってね。じゃあね」
「まっ……てぇ」
苦しむ礫の元に一人の白衣を着た人間が小走りで走ってきた。
手には大きなスーツケースのようなものを持っていたため、これが全力疾走だったのかもしれない。
薄れゆく意識の中。礫は確かに
「まま」
という言葉を聞いたような気がした。
濃厚百合ディープキスは作者の性癖というよりも作品の都合上どうしても仕方が無かったのです。
本当です。嘘じゃないです。信じてください。
ただ一言言わせてもらえるなら、「気持ちよかった」
2章が終わった後にテロリストたちの過去片があります。




