7.うまい飯屋の見つけ方
歩いて10分ほどの飲み屋街は普段の賑わいが嘘のように静まり返っていた。なんせ、いつもはうじゃうじゃいるはずの客引きがまばらにしかいない。
これが生活安全課の成果なら、やればできるじゃねえか警察、くらいには思える。
けれど、いま必要なのは店の明かりなのだ。
「やってそうなのはそば屋くらいか」
ほかに看板の蛍光灯が明るいのは、交番かせいぜいバーくらいだった。だが、アマミャ連れでバーに行く選択肢はない。
「うう……。パスタかガレットはないんですか」
アマミャが唇をぎざぎざにして、店頭のメニューとにらめっこしている。残念だが、そいつらはそば屋にいない。作れないこともないだろうが、嫌な顔はされるだろうな。
口には出さず無視して、ミズノはそば屋へと入る。
「いらっしゃい」
席を探そうと見渡しても、視界には首を振る扇風機と、チリひとつないテーブルを照らすダウンライトしか入らなかった。外と変わらず、店内も閑古鳥が鳴いている。
「空いてる、な」
「椅子さえあればいい定期」
ふたりが適当な席に腰をかけると、アマミャはローブのフードを脱いだ。そうしてそのまま、迷いなく額をテーブルに押し付ける。
普段なら、ぼさっと広がる金髪を掴んでただすところだが、そんな気にもならなかった。
こんなに心地よい涼しさと穏やかな光の中で、気を張っても仕方ないだろう。
「すいませんねえ、今日は山菜くらいしかなくて」
店主のすまなさそうな声と同時に、ミズノはおしぼりを受け取る。それは、湿気を凍らせるような冷たさだった。
「お茶でいいですか?」
「わたしはお水を」
「では、こちらに」
茶の湯気からは、ほのかにうめの香りがする。お冷の方には水晶みたいな氷が浮かんでいた。ごくり、と思わず喉が鳴った。店主の所作はまるで、品の良い居酒屋のそれだった。
「あ、あー、注文を。山菜……冷たいのでいいよな?」
「はい。ちなみにアマミャはタケノコ派です」
アマミャのいらん争いの火種は置いておく。
直感が告げていた。どれだけ品切れしていようと関係ない。この店は当たりだ、と。
「山菜を2つ……お願いします」
「はい、少々お待ちくださいね」
これほどの店を閑古鳥に追い込む沈黙の夜は、さっさと終わらせなければいけない。もちろん、その元凶となった水竜自体は討伐されている。
けれど、日常への手続きは、まだ終わっていない。討伐代金の請求書でやっているババ抜きの決着はついていないし、水竜の腹に手術した奇人の正体も謎のままだ。
「功労者不在でも、水運再開とかはできるんだがな……」
「払わなくていいならそれで良くないすか?」
「上は後々揉めたくないだけさ。俺たちはアリバイの片棒」
身体にことなかれ主義を詰め込まないと、この組織では浮かんでいけない。勇者、魔物、市民、その間に立つには、まず姿勢からだ。
ミズノは自嘲的に笑う。
そう。『何とかしてやろう』
そんな考えでは、この仕事はやっていけない。すり潰されるだけだ。
「そんなのするより、食べ物の算段したいです。陸路はだめなんすか?」
ミズノは首を振った。旧街道を通って山越えなんていうのは、肉を担いで猛獣の檻に入るようなものだ。かつて俳人が歩いた道程も、今は墓場道になっている。
「ヘリポートですら畑にするかって議論が出る有様だからな。水辺は魔素が薄くなる幸運に感謝するしかないさ」
「昔は魔素ってなかったんすよね。全く、なんてはた迷惑なものを見つけてくれたんでしょうね」
「発明なんてそんなもんだろ。魔素発見の偉人ハーパーもここまで想像してなかったと思うぞ」
本で読む限り、魔素が見つかる前と後ではまるで別世界だった。気づいたときには魔法と魔物がいつの間にかそこにいて、世界を書き換えてしまったらしい。
今の人間はカエルみたいなものだ。水辺に住み、陸では魔物から逃げ回って暮らしている。だがそれも、水竜一匹で揺らいでしまう。
「いいえ、わたしはそんなの認めません。魔物がいなければ栗だって、ブドウだってもっと自由に食べられたはずなんですから」
「そんなの、マルたんにでも頼めよ……」
「あぁあ……。亜人の仲間になるか果物を諦めるか……実に悩みますね。って、あれ……?」
そんな取止めもない話をしていると、ミズノの前に、ほんのりと出汁の香りをまとった山菜そばが差し出される。
「山菜、お待たせしました」
「あぁ、どうも。……わかるか? 結局、持ちつ持たれつなんだよ。勇者に討伐してもらうより、マルたんみたいなのに頼んだ方が助かるん……だ」
箸を運ぶ手が思わず止まる。
そこには、つやつやと滑らかなそばがあった。
ーーいや、待て。それよりもこの食感は。
山菜だ。
ワラビ、ゼンマイ、タケノコ。そのどれもが、まるでついさっきまで朝露に濡れていたかのように、みずみずしいのだ。
「……うまい」
「いや……せ、せんせー。もしかして……」
アマミャが机を叩くのは無視だ。
そばは三たて、挽きたて、打ちたて、茹でたてである。1秒足りとも無駄にはできない。これだけうまいのだからーー。
「せんせー。あれ……」
普段は食い物ばかり語っているくせに、本当にうまいものを前にアマミャは何をしているのか。集中するのはもう会話じゃない。椀の中身だろう。
「お前、早く食べろよ。そばが、そばが泣くぞ!」
「だから、あれ!」
両頬が掴まれて、明後日に向けてねじられた。仕方なく、アマミャの指す先に目を向ける。
瞬間、シャッターを閉じていたはずの仕事モードが緊急発進するのを感じた。
「あれは……」
そいつは、カウンターにひとり座ってそばをすすっていた。見間違えられるはずなんてない。あんな、ギターみたいに鉄骨を背負っているのは。
「鉄の勇者……」
呟くと同時に、ことん、と器が置かれる音がした。




