6.新人のミスの納め方
取調室の扉を開け、アマミャの後ろ姿が目に入ったとき、ミズノは自分の考えが甘かったことに気づいた。
いつもの、足を組み斜めに座るはずのアマミャが、真っ直ぐ座っている。その背中は普段よりずいぶん華奢に見えた。
ーー甘かったか。
机の向こうでは、オーガがこちらを伺いながら、膝の上で両手を握りしめている。土人形の手に乗せてきたときの悲しげな様子とは違う。借り物のTシャツの中で、まるで子どもみたいに落ち着かない様子だった。
「……」
どう言葉をかけるべきだろうか。部屋は暗い海底みたいに静かだった。早く二人を、引き上げてやらなければならない。ミズノは息を吐く。
「時間だ。よくやった」
アマミャの肩を軽く叩く。
未熟だとか、うまくやれだなんて言う気にはならなかった。魔物と人と勇者と。自分たちは正解のない世界にいるのだ。
だからきっと、対面のこいつも手探りのはずだ。
そうして、机の向こうへ声をかけた。
「出てくれ。身元を引き受けてくれる人が見つかった」
「……え?」
オーガは、意味がわからないという顔で瞬きをした。
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「おう、やっぱりか。マルたんじゃねえか。ったくよー、今度は何やった?」
「その声は……お、おやっさん?」
傍らに控えていた山菜勇者が懐から鉄の割符を取り出した。
オーガの視線がその割符を捉えたとき、伏せていたオーガの瞳が大きく開かれる。
「さ、山菜さんも……。来てくれたんですか」
ミズノもホッとした。『公益許可証』持ちのオーガなら、役所の世話には必ずなっている。そう思って、水竜の件で押し寄せた役人たちに聞いた甲斐があった。
「これで一安心だな」
「……水竜のときの勇者と……農水の人っすか? どういうことですか?」
アマミャの瞳は天秤のように揺れていた。唇が小刻みに上下している。ちゃんとアマミャへ事情を伝えてやりたかった。
「あとでな」
だが、自分たちには段取りと手続きがある。
今はオーガをこの部屋から出す方が先だった。
ミズノは書類をバインダーに挟んで差し出す。
「じゃあ、すいませんけど、迷子の引き取りに名前だけ」
「いやいや、こっちも良かったよ。マルたんには世話になってるから。特に今年はね」
凶作で山の食い物の世話になっとる。そう言って、農水の役人に促されると、頭二つは大きいマルたんはぺこりと頭を下げた。
「しかし、なぜマルたん?」
「あぁ、こいつの目、丸くてかわいいだろ。だからマルたん」
「それ言うのおやっさんだけだよー!」
たしかに、笑っている姿を見れば、どことなく目も丸いような。そこでミズノは気がついた。
オーガが約束と契約に拘るのは……。
「うるせー。そうそう妹ちゃんの漢方な。今度、葛粉を教えてやるよ」
「それ、効くの? そしたら、俺はクマ獲ってくるよ! あとあと、狩りのときは言って、魔物なんて絶対近寄せないから!」
きっと、こういう関係を知っているからなんだろう。
マルたんは二回振り返って、二度お辞儀をする。
その手には、大事そうに古い木の割符が握られていた。
「すいません。夜に呼び出したりして」
「大丈夫だよ。勇者は24時間勤務だからね。それより……」
山菜勇者は握っていた鉄の割符に視線を落とした。
「まだあの割符持ってたんだな。あいつ……」
「鉄の割符ってことは更新を?」
「この傷を受けた時に前の木の割符は焼けてしまってね」
山菜勇者が髪をかきあげると、顔の半分を覆う火傷の痕があった。
「……大変な魔物だったんですね」
「まあ、もうやつは土に返ったけれどね。……それじゃ」
魔物は、やはり魔物なのだ。勇者と言えど、脅かされることもある。
たまたま、オーガは約束を守るだけ。
それは絆と呼べないだろうか。木と鉄、それぞれの割符。
形が変わっても、山菜勇者とマルたんの約束は変わらなかったことをだ。
「……で、迷子ってなんすか。あれがあいつの探し人じゃないですよね?」
「いいんだよ、玉虫色で。あいつは農水に知り合いがいた。そういう話だ」
ミズノは腕をあげて伸びをする。
「それじゃ、行くか」
「えぇ。まだなんかあるんすか? ……いい加減、疲れました」
アマミャは嫌そうな時にだけ表情豊かになる。愛想の良さは兄には似てない、と思った。
「だろうな。だが、これ以上は深夜残業。今日はお終い。飯でも食いに行こう」
「この間もそう言って、張り込みになったじゃないすか……アマミャはもう絶対、お寿司。お魚以外は食べませんからね」
街灯に照らされたアマミャはいつも通り、斜め上、こちら側を見ていた。
「あれ見た夜によく食えるな……」
アマミャの頭の中では、ウナギもスズキも水竜も、だいたい水の中にいるやつくらいなのかもしれない。
ーーそれくらいがちょうどいいか。
財布の中身を見ながら、ミズノは水竜の中身を思い出して、少しだけ肩を落とした。




