5.隠し事の吐かせ方
観察室から見える取り調べ室には、アマミャとオーガの向かい合う姿が見える。
オーガはどこぞのバンドがプリントされたTシャツにジャージ姿だ。巨大化で服をなくして警察有志から募ったものだが、人権の名の下には魔物の威厳なんてあったものではないのだ。
「服があって良かったねえ」
「部長に声かけてもらったおかげです」
ミズノはジャケットについた土を払いながら、机に座った。
「しかし、あっちがアマミャでいいのかい」
「尋問は監察官の仕事だからいいんですよ」
それに、こっちは忙しい。対面にはライフジャケット、作業服、スーツとバラエティたっぷりの渋滞ができている。手渡された書類を机でとんとんと整え、ミズノは口を開いた。
「追加申請はひと組十五分までな!」
「水運は再開させても?」「それより水質調査の予算を」「いやいや、水田だ。去年は凶作だぞ?」
賑やかな押し合いへし合いを見ながら、このお茶なんかぬるいなあ、ミズノはそう思った。
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ボロくてがたがたする机の前に、窮屈そうな様子でオーガは座っている。窓には鉄格子がはめられて、取り調べ室には陽の光も入らなかった。
余計なものがないというより、がらんとした部屋だ。机の他は壁とホワイトボードがあるだけ。消されず変に残った文字と矢印。息遣いと衣擦れが聞こえる空間。アマミャは不思議と落ち着きを覚えていた。
(せんせー見てるし。動いた瞬間殺せるし)
手元に置いた鏡に視線を移す。背後の扉、その横に立つ警兵は血の気を失っている。彼には過ぎた肝試しだろう。さっさと終わらせるのが吉。アマミャはそう思った。
「それで、なんでこんなことしたんすか?」
「取引したんです。ひと月くらい前に。磁鉄鉱を売ってくれって」
よく来る、とな。アマミャは内心で首を傾げた。
オーガの集落に行くのは大変だ。遠いし、道中で魔物だって出る。風光明媚どころか、野ざらしの墓ばかりだ。
「なんて人です? あと、磁鉄鉱は何に使うと?」
「名前は言えません。とにかくたくさんって話で……。磁鉄鉱を何に使うかは聞いていません」
言えないのは約束のせいか? アマミャは推測する。
磁鉄鉱は磁石の元になるけれど、目的はわからない。
「いくら払ってくれると? あと、名前が言えないのは約束?」
「……そうです。お金は、とにかくたくさん。工具に機械、妹の薬も買えるからって。だから……」
アマミャは目を細めて思案した。
少なくとも、オーガに詳しいやつには違いない。
だけど、それほどの金をオーガ相手に払おうというのは違和感がある。
川を下れば磁石は買える。よほど大量にか、普通の商いができない奴か。
もしくは――。
「妹さん思いなんですね。いいお兄さんだ。だから、騙された。名前くらい、教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「名前は……約束で言えません」
「あなたは市街地で暴れて連れてこられている。意味はわかっていますか?」
「……ごめんなさい」
アマミャは口端をあげてにいっと笑った。
「隠すんですか? 人間騙そうってなら、殺しますよ」
嬉しかった。
目の前の魔物に沸いてくる衝動が。
机の裏に爪が突き立っていた。
唾を吐きかけてやりたかった。
でも、底冷えした感覚の中でも『見られている』ことは覚えていた。
「違います。まだどこかで信じていたいんです。裏切られていないことを」
「信じる……?」
アマミャは深く息を吐いて立ちあがった。
オーガの習性。それはわかっている。けれど、妹想いのお兄ちゃん面が『勇者』に騙されて黙っているのは癇に障った。
背後から、荒い息遣いと銃を構える音がした。鏡越しに、警兵の震える銃口が目に入った。
あぁ、しまった。今の自分は監察官なんだ。
「火薬は貴重っす。始末書やりたくない」
アマミャは振り返らずに手で警兵を制した。
足元に視線を向けて、椅子に座り直した。
忘れてはいけない。
鏡の向こうではせんせーが見ている。
「……本当は、何も知らないんです。人間の顔は、よくわからないから」
「それでよく信じますね」
「……信じます。だって、山菜さんの木の割符を持っていたから」
木札、約束。そんなものに縋る奴は騙される。なぜそれが分からないのか。
「ご立派。アマミャは騙されるのは絶対ごめんです」
「わかってます……。でも、山菜さんの木の割符を持っている人なら、信じられるって思ったんです」
ーーなんなんすか、その信頼は。アマミャは肩を落としてため息を吐いた。
「ごめんなさい」
オーガがぽつりとそう呟いたとき、扉が開かれる。
「アマミャはあんたのこと摘み散らしたいですよ」
尋問が終わって良かった。アマミャはそう思った。
次話、6/17 23:00頃に投稿予定です
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