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4.上手な約束の破らせ方

『亜人との約定と契約に関する報告』


 オーガは頑強な肉体で無秩序な暴力を振るう魔物だという印象は根強い。だがそれは、彼らの一面でしかない。


 彼らは己の加害性を約定と契約で飼い慣らそうとしている、社会性のある魔物なのだ。それがよく現れたのが、先日起こった市街地での騒動である。


 --

 -


 時間。場所。金。

 その全てが、ある人間との間に交わした約束だった。

 そう、彼はそれを守って街に来ただけだった。


「どこにいるの? 君は。僕は、約束を守っている」


 地面に力を込めて跳躍する。家屋の中から、路地から、たくさんの瞳が僕を見つめている。

 人間の顔はよくわからない。けれど、あの割符で結んだ約束は、見なくても感じられる。


「何かを間違えた? でも、この心に約定は刻まれているよ」


 五階建ての屋上で着地すると、がらがらと建物が崩れていく。やってしまった。できるだけ慎重にはしているのだけれど。


 慌てた住人が逃げようと、バランスを崩す。その先にあるのは、足場のない虚空だ。


「落ち着いて! 大丈夫だから」


 人間は小さくて、この高さから落ちたら死んでしまう。だけど、僕たちと違って野草に詳しいんだ。妹の熱冷ましは、人間でないと作れない。この人を死なせたら、誓いが破れる。


 素早く、慎重にその手を掴む。もう片方の腕は、しっかりと柱を掴んで。


「ひぃぃ。た、たすけて……」


 よほど怖かったのか、顔がべちゃべちゃだ。安全な部屋の隅にその人を投げ込むと、二足歩行を忘れたように去っていった。


 ぐるりと市街を見下ろす。


 待ち合わせたはずの、もう片方の割符は見つからない。どこを探しても腰を抜かしたり、背を向けて走っていく姿ばかりだった。それに段々と、勇者の気配が近づいてくる。


「まいったな。このままじゃ誓いが……ぐ。うぅ」


『力で解決しろよ』

 囁きがどんどん強くなってきていた。


『騙されるのは下に見られるぞ』

 怒りを解放させようと、あの手この手で本能はくすぐってくる。


 その時、流麗で優雅な英雄の声が脳の奥で響いた。

『人間を傷つけない。そう契約しろ』

 そうだ。勇者には勝てない。


 人間の害と見做されたら、殺されるしかない。僕が死んだら妹はどうなる? 弱ければ、生き残れない。


「……でも、約束と違うだろう! 金がもらえないと、何も買えない。買えないと、みんなが! 妹が! 守るって誓いが!」


 僕はもう、進むことも戻ることも、できなくなってしまった。


 --

 -


「大丈夫だ! 落ち着け。ゆっくり離れろ!」

「急げよ、あんなバカでかい……。大亜人だぞ」

「バカ。見てたろ。あいつは……!」


 ミズノが現場に辿り着いたとき、そこは悲鳴と怒声で混乱のるつぼだった。オーガのゆっくりとした歩みに従い、軽装の兵士が縄を持って警戒線を引き、声を枯らして下がれと叫んでいる。


 人々は指差しでオーガに慄いたり、中にはカメラを向ける奴までいる。見世物じゃねえぞ。生きるか死ぬかの大捕物なんだ。


「あれか。巨大化してるな」

「殺す?」


 アマミャが手をかざして問いかけてくる。ミズノは、素早く周囲を見てそれを止めた。


「ダメだ。あいつとはまだ取引できる」


 家屋は壊れているし、人々は逃げ惑っている。だが、怪我人はもちろん、やられた兵士もいない。つまり、傷つけられた人間はどこにもいないのだ。


 あいつはまだ、完全に切れちゃいない。


「でも、あれじゃ事故が起こるよ」

「……そりゃ、急ぐよ!」


 言うなり、ミズノは地面に両手をつける。

 軽い地響きとともに、地面が盛り上がっていく。


「せんせー。魔物を信じても意味ないよ」

「知ってる。だが、隣人ではいられるはずだ」


 ミズノの力で土や石が大きな人型に組み上がっていく。

 その頭部にミズノは乗り込むと、土人形から声を張り上げる。


「封魔だ。相対はこちらに任せて、市民避難を優先しろ」

「了解! おい、下がれ! 封魔が来た! 巻き込まれるぞ!」


 警戒線の内側に、ゆっくりと進む。民衆から、落ちこぼれ勇者が、そう野次が聞こえた。


「普段の倍近いな……。平常心を失ってるか」


 ミズノの土人形とて家屋ほどの巨体だった。それでも、いま向かい合う相手はその倍ほどの背丈がある。下手なアパートより大きいことを考えれば、できることはそう多くない。


「おい! ここは市街地だ。人間との契約を反故にするのか?」


 じりじりと距離を測るミズノに、オーガの声がぶつかる。


「でも、僕の妹が……。売った相手がまだ来ない! 約束は守った。品物は渡した! 破ったのは、そっちだ!」


「だろうねえ!」


 飛びかかって来るオーガを受け止めようと、ミズノは手に力を込めた。ごおん、と鈍い音がして、天地が逆転する。崖から転がり落ちるみたいに、身体中が痛んだ。


「はあはあ。無理、死ぬ……。化け物かよ、こいつ」


 よろよろと土人形を立ち上がらせるが、まともに動けそうもない。次に体当たりされたら、文字通り人形は土に還ってしまうだろう。


「約束をさぁ! さてはどこに隠したの!」


 オーガが跳躍する。あぁ、まずいな、とミズノは一瞬視線を外した。その先にはアマミャがゆっくり片手をあげるのが見える。


「待てってば!」


 叫んだ瞬間、オーガが地面に叩きつけられた。目の前に巨大な盾が現れ、それにぶつかったのだ。けれどこれは、アマミャの仕業ではない。


「鉄の? それより」


 衝撃のせいか、暴れたせいかはわからない。けれど、オーガの身体は、確かに小さくなっている。


 交渉するなら今しかない。


「おい、お前の悩みを『解決』してやる。その代わり、洗いざらい話してくれ。隠し事はなし。俺とお前の『契約』どうだ!」

「契……約……?」


 案の定、オーガから圧力が弱まった。

 契約は約定より重い。まして、結んでいるのが勇者なら、なおさらだ。


 それならまだ、信じる余地はある。

 彼らとは、ただちょっと違うだけだ。作法とか、礼儀とかが。


「まずは服を何とかしてやる! 暴れたせいでぼろぼろじゃねえか! 人間社会はな、まず身なりだ!」

「やめろお! 僕は……人間と……。取引で」


 オーガは少し離れて身じろぎした。

 まるで逃げるように。恥ずかしがるかのように。


「わかってる! 約束だ。お前はもう、十分守ってる!」

「ああああ! あの、刃のおおおおお!」


 地面が揺れるほどの咆哮の後、オーガは体から白い湯気を放出し始めた。少しずつ、その姿は小さくなっていく。


「うう……ごめんなさい。殺さないで……やめて……」

「あー、はいはい。続きは署で聞くよ。ほれ」


 崩れかけの土人形、オーガはその手のひらに座ると、隠れるようにもっと小さくなった。その手には、人間の通貨と古い木の割符が握られていた。


「……」

「せんせー?」


 騒動は静まったが、その立役者はどこへ行ったのだろうか。オーガの跳躍。あれを受け止めていたら無事では済まなかっただろう。


「鉄の勇者、またいなくなったのか」

「みたいです」


 ミズノは警備からジャケットを一枚借りるとオーガに頭から被せた。頭部に寝転んだアマミャが、その様子を見ながら呟く。


「本当に大丈夫なんですかね」

「……わからんが、証拠にはなる」

「なんのです?」


 ミズノは顎でオーガの手元の割符を指した。


「あいつは約束を守ろうとしただけだ」


次話は6/17の12時頃に投稿予定です

よろしくお願いいたします

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