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2.報告書を魔法にする方法

「戻りましたー」


 警察署の一室を借りた、猫の額が封魔の詰所だ。相変わらずアマミャの机は書類だらけで、隣のやつとは大違いだった。まあ、そっちはそっちで私物だらけなのだが……。


「あっ、ミズノくん。ミズノくん」

「なんすか? 部長」


 ミズノが自席に座るなり声をかけてきたのは、警察の部長だ。何の部長かはよく覚えていないが、それなりにおえらい人である。


「長官に会った? 委員会で大変だったよ」

「いや……会ってないですけど」


 ミズノは留守中の入電を眺めながら返答する。

 鳥系の魔物が巣を作っただの、熊が出るからなんとかしてくれだの、そういうものばかりだ。鳥系はまだしも、熊はお隣の警察に連絡してほしい。


「ほら、例の評価制度の話。上が先に資産公表だけ決めちゃってさ。長官は聞いてないって」

「勇者特権は揉めますねえ。俺みたいのには関係ないけど」


 どの勇者がいくら持ってるかなんて、ゴシップに材料を与えるだけだ。長官の言う『勇者通知表』だって上澄みしか得をしない。


『ーー警邏から魔支部。市街南区。『交易許可』の亜人。一名、不明行動。対応求む』


 ざざ、とノイズ混じりの無線。手伝って欲しいらしい。


「行くの?」

「いや、交易許可持ちなら大丈夫でしょう」


 魔物の事件は多い。大っぴらに言えないが、小さいものは黙認しておかないと、手が回らない。


「……そういや、アマミャを見ませんでしたか?」

「いや、見てないよ。相変わらず忙しそうだねえ」


 まったく、どこで道草食っているのだろう。消えた鉄の勇者も探さなければならないのに。


「忙しいですね。警察の方々が、無線を持ってからは、特に」


 ミズノは書類を仕分けながらダイヤルを回す。無線電話なら出先でも繋がるはず。案の定、アマミャが応答した。


「なんすか、せんせー! いま忙し。そこ離れて! 私の後ろへ」

「あー……わかった。いつ戻る?」


 どったんばったんと騒がしい音がする。何が相手か知らないが、ひと騒動やっているらしい。ミズノはペン先をくわえて引き抜いた。


「もうすぐ! おぉ、すげー。タケノコで砕いた!」

「がんばれー」


 無線電話を切る。実際、やることは山積みだった。部長は空気を読んだのか、どこかへ消えていた。


『詳細は別紙。測量結果を元に改めて協議予定』


 ミズノが地図と数字を書き走っていると、再び無線が話しかけてくる。『無視するスキル』なんてものがあれば、ミズノもけっこう上位にいけそうな気がした。


「ええと、勇者の処遇……じゃない、褒賞の話は」


 隣国は測量すれば白黒つけられると考えているようだが、そう簡単ではない。

 流された可能性はないのかね? なんて、実に長官が言い出しそうな話だった。


「良いとこ痛み分けがせいぜいじゃないかね」


 隣国に押し付けられる口実が出てくればいいんだがーー。

 ミズノは煙草に火をつけると強く吸った。


 そのとき、乱暴に詰所の扉が開かれる。


 入ってきたのは、実にどんよりした空気を纏ったアマミャだった。どうだった? そう聞く前に茶くらい出した方が良さそうだ。


「お、おう。まあ、その……おつかれ」


 言い終わる前にアマミャの姿は消えた。


 見えたのは、アマミャの黒いローブがなびいた瞬間だけ。振り向く間もなく、ミズノの目はアマミャの手に覆われていた。


 冷たい。妙に、冷たかった。


「見てきましたよ、水竜。たーいへんでした。夜ご飯はお刺身にしましょう」


 なぜだか、ミズノには背後のアマミャが不敵に口角を上げていることがわかった。何をしようとしているかを察して、背中に怖気が走る。


「やめ……アミャ!」


 瞬間、ミズノは浮遊感に包まれ、上も下もわからなくなった。覆われていたはずの視界が解放されて、すべてが水竜の鱗で埋め尽くされた。


『幻惑を報告に使うんじゃねえ!』


 まるで水の中みたいに、叫びはぼんやりと反響して消えていく。視界は見知らぬ光景に塗りつぶされていた。


『なんだこの腹は?』


 水竜の腹はでこぼことして、陰影がでたらめだった。暴れた拍子に付着したのか、小石がフジツボのようにいくつも貼り付いている。


 いや、それだけじゃない?

 そう気づいて目を凝らすと同時に、ありえない様子が視界に入る。


『縫い合わされた、跡?』


 これを縫ったのが素面の外科医なら即刻医師免許を奪った方がいい。水竜の頑丈な皮でなければ、中身がこぼれてしまうだろう。


 下手くそとかいい加減とかではない。乱暴なのだ。閉じさえすればいい。悪意さえ感じる処置跡だった。


『いやまて、誰が腹を割いた? 水竜だぞ。治療のために縫い閉じたとは思えないが……』


 疑問は消えないまま、水竜の腹を閉じていた糸が切られていく。同時に、強いアンモニア臭が鼻をついた。


 これはアマミャの見てきた記憶だ。追体験だとしても、吐き気を催してくる。ここまで凄惨な現場は、そう記憶になかった。


 いや、異常な状態という意味では、これは初めてかもしれない。


『なんだよ。これは……』


 ガラガラという音と共に、大量の鎧兜が出てくる。水竜の腹の中には防具が入っていたのだ。何人も、何十人分もの、だ。


 水竜の腹が空になったとき、ブルーシートの上は、鎧やら兜に石、液体で戦場跡のようになっていた。


『人を食っていた、のか?』


 いや、それにしては……。ミズノは違和感を覚える。

 あるはずのものがなかった。


 死体だ。


 視界が元に戻ったとき、ミズノは無意識に頭を押さえ、肩で息をしていた。


「この水竜は。何だ? どうなってるんだ?」


 単に討伐されただけとは思えない。

 だが、なぜ? 死んでもなお頭を悩ませてくる、迷惑な魔物だった。ミズノは水をあおった。


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