Scene7 ―― 生贄
「彩花!」
鈴音の声に楓は振り返った。隣には時雨が、さらにその横には金属質でカプセル型の何かがピコピコと複数のライトを明滅させている。
「美青……」
かすかに呟く。その声は鈴音には届かなかった。
「時雨! 彩花を返してもらいにきたぞ」
五十嵐の声からはわずかな緊張が感じられる。油断なく周囲に気を配り、状況を確認していた。
楓に目立った傷は無し、拘束されている様子もない。あのよく分からんカプセルが、恐らく生贄を繋ぐ装置だろう。時雨以外に敵の気配はない。が、ここはあいつの基地。気は抜けないな。
「そうだろうな。まぁ、そう簡単に返す訳もないが」
「分かってるさ」
時雨は五十嵐を、五十嵐は時雨を知り尽くしていた。もちろん未知の部分はある。二人の道が離れてから数年、それぞれ違う人生を歩んできた。
「それで?」
「俺が生贄になろう」
「だめだ」
「……そうか」
短いやりとりが続く。五十嵐は先手を打ち、自分が生贄になると申し出た。しかし時雨がそれで許すはずがない。彼は人の命が欲しいわけではなく、生と死に挟まれた人間の行動をみたいだけなのだ。
そしてそのことは五十嵐も重々承知していた。だからこそ彼の思い通りにさせるわけにはいかなかった。どうしたものかと思案していると、
「私がなります。生贄」
凛とした声が響く。夕日を背に受けた楓が一歩足を踏み出した。
「彩花! そんなの許せるわけ……」
五十嵐の言葉を遮る楓。
「いいんです、もう……。私なんかが、誰かを助けることができるなら。そんなに嬉しいことはない」
「だからって、いいわけないだろ!」
五十嵐に代わって漣が叫ぶ。
「勝手なこと言ってんじゃねーぞ! お前がよくたって……とりあえず美青が悲しむだろーが」
とりあえず、という言葉に思わず楓は苦笑した。
「もうちょっと悲しんでもらいたかったけど」
そう言いながらカプセルに歩み寄っていく。
「まぁ、時雨のもくろみを完全に阻止できなかったっていうのは心残りではあるけれど、でもこういう最後も悪くないんじゃないかな。ここに人が入ったら、ここから十分離れた海上で爆発する。花火みたいにね。なかなか派手で綺麗な終わりだと思うんだよ」
カプセルの表面を撫で、あるボタンを押した。音もなく入り口が現れる。
「どうせいつか人は死ぬ。ただ老いていくのに比べたら、誰かを救って死ねるなんて、そんなに素晴らしいことはないでしょ」
誰に言うでもなく楓は続けた。それは自分に言い聞かせているようにも思える。
カプセルの中は人一人がギリギリ入れる程度の空間しかなかった。壁の中央にこれ見よがしに手錠がぶら下げられている。
「ねぇ、彩花……」
鈴音が楓に近づこうとするのを手で制した。
「美青、大丈夫だから」
そして五十嵐に向き直って言う。
「会長、どう思いますか?」
楓の呼び掛けに応えるように、五十嵐はゆっくり彼女に近づいた。楓を挟んで時雨と向かい合う。
「時雨。俺はお前の考えには賛成できない。こんなことして何になるんだよ……?」
時雨は答えない。うっすらと笑みを浮かべ、楓の行動を見守っていた。
「会長、そんなこと言ったってしょうがないですよ。あの人がスイッチを持っている限り、私達は従うしかないんです」
五十嵐が楓に向けていた視線を時雨に戻すと、その手の中にスイッチが握られていた。
「その通りだよ」
ためらいもなく、無造作にボタンが押される。
ピイィィーーーー……。
電子音が鳴り響き、カプセルの上部にタイマーが表示された。5:26:38。
「止めたければ誰かをそこに繋ぐだけでいい」
あのスイッチ。早く奪ってしまえばよかったと五十嵐は思うが、実力行使は上手くいかないだろうと思い直す。爆弾が再び動き始めた今、誰かがカプセルに入る必要がある。いざとなれば自分がそうするだけの覚悟はあるが、誰も犠牲とならずに解決したい。
ふと楓に目を向けた。
彼女は手錠を見つめ、そして時雨に視線を向ける。
「……そうするしかないようだな」




