Stage9――脱出
漣が超低空から放った回し蹴りが、膝をつく男の脇腹に命中した。
「なめんじゃねぇぞおらぁ!」
すかさず距離を詰め左右の連打を入れるが男は臆することなく身体を捻って受け流し、振りかぶった右手を打ち下ろす。漣は紙一重でかわすとその腕を掴み、腹に前蹴りを入れた。
体験型お化け屋敷「黒紫館」、薄暗い館内で包丁を持った謎の男と漣が激しい攻防を繰り広げていた。私は会長にこの状況を簡潔に伝え、途中飛んできた包丁を回収しただけで二人の間に入り込む余地もない。なんとなく忘れかけていたが、漣は元不良というだけあってそれなりに喧嘩の経験もあるらしく、そしてなかなか強いらしい。敵に回さなくて良かったとひそかに息をついた。
「あ、後ろ!」
漣の連撃を受け倒れたように見えた男が、その勢いを利用して下から斜め上に蹴り上げる。
「ぐっ……!」
かわしきれず、辛うじて腕で防御はしたようだが壁に叩きつけられた。そのチャンスを男が逃すはずもない。一気に攻撃の姿勢になるが、どうやら私の存在を忘れているらしい。
背後から距離を詰め、黒い布袋を頭にかぶせた。突然の出来事に動きが止まった男の膝を足で押して膝をつかせ、袋の口をきつく縛る。そこまでしたところで投げ飛ばされた。ざざっと数メートル滑りやっと止まる。
「結翔……! 押さえといて!」
「おう!」
袋を外そうと焦る男に飛び掛かる漣。男のことは彼に任せておいて、私は立ち上がると身体の埃を払った。全く、私は戦闘派じゃないのに……。
「よし、じゃあこれで……」
もつれながら転がる二人にロープを持って歩み寄った。
「ちょっと待て。この、大人しくしやがれっ!」
視覚というものがいかに大事なのかがよく分かる。明らかに漣よりも強いと思われた男だが、あっさり押さえつけられてしまった。
「なぁ、お前……。なんでそんなの持ってんの?」
手際よく男を縛り上げる私を見てなぜだか呆れている様子の漣。そんなこと私にしてみれば当然のことだ。
「あのさ、私達はなんらかの受け渡しの現場を押さえに来たんだよ? 相手を捕獲する準備をするのは当然でしょ」
「……うん、まぁ、確かに? でもロープなんてどこに入れてあった?」
今日の私の荷物は小さなサイドバッグだけ。中にはいざという時に使えそうな物が色々と詰め込まれているが、そこにロープが入る猶予はない。
「入れてたんじゃない。巻いてたの」
脇腹の辺りを指して見せる。
「巻いてた……?」
「そう。予備でもう一本あるよ。……こんな感じでオッケーかな」
完全に男の自由は奪った。満足して立ち上がる。そう簡単には解けないはずだが、仲間がいることを考えるとすぐに助け出されるだろう。私達はそれまでに脱出しなければならない。
「お前、スタイルいいんだな」
「……え?」
あまりに状況にそぐわない発言に理解が追い付かなかった。
「だってさ、ロープ二本分足されて違和感ないとか、すげぇな」
「…………」
返す言葉が見つからない。私の無言をどう受け取ったのか分からないが、漣は慌てたように背を向けた。
「早く行こうぜ」
「あ、うん」
後を追いながら男から奪った包丁をハンカチで包んでジーンズの内側に固定した。
「そんなとこに入れて大丈夫なのか?」
ちらりと見る漣。
「少し動きにくくなるけど、ロープの代わりに武器手に入ったのは大きいね。まぁ慣れないことしない方がいいかもしれないけど、脅しくらいにはなるかもだし」
なぜだか溜息をつかれた。
「たくましいよな、ほんと」
賛辞だと受け取っておくよ。
黒紫館の目的は私達を足止めする(もしかしたら抹殺する)ことだった。ここに鈴音が囚われている可能性は低いと判断し、入り口に戻って外へ出た。日差しが明るい。
「会長が黒紫館は除外していいだろうだって。今お城に向かってるらしいけど私達はどうする?」
人混みに紛れて歩きながら相談する。なるほどお城か、緑の姫と鈴音の状況を重ねているということだろう。そして最後にこう尋ねる。
「お前の命かここにいる全員の命、どちらかだけを助けてやる」
いや、この方がいいかもしれない。
「お前の仲間の命かその他全員の命、お前はどちらを見殺しにする?」




