Stage8――緑の姫
時雨……。いつからだろうな、こんな風に敵対するようになったのは。
人の間を抜けて進みながら暗い気持ちが隠せなかった。俺たちは……友達って感じじゃないな。ライバル、相棒でもいい。競い合うことが俺たちのコミュニケーションだった。根底には何かしらの繋がりがあった。認め合っていた。
だが、今はもう……。俺にはあいつの考えていることが分からない。離れていた数年間、あいつに何があったのか詳しくは知らないが、色々と大変だったらしいと風の噂で聞いている。もちろん俺だって色々あったし、挫折も経験した。一体何が……あいつを変えてしまったのか。それとも最初から、俺が何も理解できていなかっただけなのか?
なんて今考えている場合じゃないな。如月鈴音を俺たちの戦いに巻き込んでしまった。彼女だけじゃない、夜城楓、漣冬真の無事を保証するのは俺の責任だったのに。
漣と楓は黒紫館に向かうと連絡があった。俺はどこに行こうかと周りを見渡す。爆弾も解除しないと、結局俺ら全員死ぬんだよな。
「時雨……なんでだよ」
答えてはくれないだろう。それでも俺はあいつを、犯罪者にするわけにはいかない。俺しかあいつを止められるやつはいないさ。そうだろ? だって俺たちは……。
ヴーヴー。
楓からの連絡を伝える振動が、感傷に浸る俺を現実に引き戻した。内容を確認した俺は驚愕する。
『包丁もった男におそわれてる。時雨は本気、ここはなんとかするりおんをおねがい』
文面からまだ戦闘中のようだ。助けに行くべきか迷ったが楓のなんとかするという言葉を信じることにした。俺は俺に出来ることをしなければならない。
時雨は戦力を黒紫館に置いていたということ。つまり、俺たちがそこに行くことを予想していたということだ。ならば鈴音の監禁場所はそこじゃない。まぁ、そう思わせておいて……ということがなくもないが、時雨の性格的に可能性は低い。ならば、鈴音はどこにいる? 劇的で目立つ場所、与えられているはずの手がかり…………。
溜息とともに空を仰いだ。
まぁとりあえず、城にでも行ってみようか。
東京リリーフ・パテティーク。リリーフには安心や救い、パテティークには感動させる、といった意味が込められていると公式に発表されているが、実はリリーフには「身代わり」という意味もある。そしてパテティークに至っては「哀れな」という意味の方が一般的だろう。なぜこのような意味ありげな名前を付けたのかいくつか説はあるが、俺は「緑の姫」説を押す。
この童話はあまり有名ではないようだからあらすじを説明しておこう。
ある平和な国に一人の姫がいた。彼女はとても美しく、鮮やかな翡翠色のドレスを好んで着ることから、緑の姫と呼ばれていた。その国は隣国と協定を結んでおり、資源を分け合い、危機に陥ったら互いに助け合って平和を築いていた。緑の姫が二十歳になった頃、湖のほとりで一人の青年と出会う。二人は恋に落ちるわけだが、実はこの男、隣国の第三王子だった。姫は彼と結婚することを決め、国中が祝福した。
式の前夜、姫は王子を城に招き入れる。悲劇は真夜中に起こった。王子の目的は姫を利用して国を侵略すること。彼は自分の国の兵士たちを手引きし、城中の武器や財宝を盗み出した。そして国は戦火に包まれる。夜中の奇襲に加え、武器はない。まともに戦える状況ではなかった。緑の姫は王、女王と共に塔の上まで追い詰められた。そこから見た炎に飲まれた町の姿に、姫は国民の無事を天に祈る。
ひざまずく姫に王子は、姫とその両親だけは助けてやろうと言った。しかし、姫は断った。己のせいで国の安寧が失われたと悔い、姫は神に願う。私の命と引き換えに、この国を守ってほしい。私の魂が永遠の苦痛を彷徨う代わりに、国民を救ってほしい。神はそれを聞き入れた。
緑の姫の身体は光となって消え、降り出した雨が炎を消した。優しい雨に皆の傷は癒え、隣国の王は侵略を諦めた。緑光となって消えた姫の魂の、永久の孤独と苦痛を代償に、国は平和を取り戻したのだった。
この話のポイントは、愛を誓った男に裏切られたことと姫が永遠の苦しみを受ける条件で国を救ったことだ(今はざっと説明しただけだが、実際の話では登場人物たちの葛藤や決断の様子が繊細に描写されている。原文を読むことを強く勧める)。そしてこの童話は、「姫の清い願いは空へと昇り、輝く緑色の星となった。それは平和の象徴として、人々に暖かな光を投げかけるのだ」と締めくくられる。
次に俺が、東リパはこの童話をモチーフにしていると考える根拠を述べよう。まず城の内装が緑で統一されている。城だけじゃない、至るところに翡翠を模した宝石が埋め込まれている。閉園間際に打ち上げられる花火は緑色で、それに合わせ「緑色の星は平和の象徴。みんなが幸せでありますように!」というメインキャラクターのセリフでパレードは幕を閉じる。
さらにこのテーマパークは真実の愛というキャッチフレーズを好んで用い、恋人の聖地を数多く作り出している。ところが、あるアトラクションに登場する魔女はこんなセリフを口にするのだ。
「おまえたち、この世にはねぇ、御伽話のような美しい愛なんてないんだよ。あるのは人間の醜い欲と欲のぶつかりあいさ」
夢も希望もないじゃないか。
それを踏まえて恋人の聖地とやらに行ってみると、意味ありげな一文が目に留まる。
「あなたの隣にいる人のために、あなたは何ができますか?」
こんなものもあった。
「永久を背負う覚悟がある者のみが、この鐘を鳴らすことができるでしょう」
なぜ悲劇をモチーフにしたのかと言われるとその真意は分からないが、とにかく暗い雰囲気を醸し出しているのは間違いない。
話が逸れてしまったな。時雨なら間違いなくこの話を知っているはず。あいつが出したミッションは婚約者に裏切られた姫と同じような状況を作り出している感がある。今日入場できるのは男女のペアで訪れたものだけ、俺らのように半額に釣られて集まった奴らも一定数いるだろうが、大半は交際している男女、ということになるだろう。恋人の聖地で一日楽しむはずが命を懸けて騙し騙される羽目になるとは、まったく可哀そうに……。
俺の予想では、鈴音は城の最上部にいる。普段客が入れるのは一階部分のみで二階以上がどういう構造になっているのかは分からないが、なんとしても辿り着いてみせよう。
こんなシナリオを考えているかもしれない。タイムリミットが近づいて、時雨は鈴音に二択を迫る。お前の命かここにいる奴ら全員の命、どちらかだけを助けてやると。




