Stage7――対峙
暗い廊下を静かに進んだ。これが作り物なことも、私達を怖がらせるために考えられていることももちろん分かっているが、それでも怖いものは怖い。
私の雰囲気というかイメージというか「お化け屋敷? なにそれくだらない」とか言ってそうだと思われていて、否定するほどのことでもないしそういうことにしていたが、実は結構苦手だったりする。漣が黒紫館に行こうと言ってきたときにさりげなく反対したが、「まさか怖いとか?」と言われついそんなわけないと答えてしまったのを後悔し始めていた。
「なぁ」
突然声を出すものだから反射的に叫びそうになって必死にこらえる。
「……なに?」
そう、私は鈴音を探しに来ているんだ。余計なことは考えず、そのことだけに集中しよう。
「ちょっと待て、そこ、なんかいねぇ?」
身体の芯がすっと冷えた。
「え? 何、なにがいるの。変なこと、言わないでよ」
声を絞り出しながら廊下の奥に目を凝らした。頼りない青紫の炎がぼんやりと照らす廊下の隅、少し飛び出た柱の陰に半ば隠れるように、何か黒っぽい影がうずくまっている。
「っ……!」
うずくまっている? その様子を想像してしまい恐怖に息を呑んだ。
「ね、ねぇさ……じゃないえっと……結翔」
思わず本名を呼びそうになってしまった。
「お前……」
私らしくない初歩的なミス、怪しまれたが今はそれどころじゃない。
「あ、あれ――」
何、と聞こうとした時、くぐもった不気味な声が響き渡った。
「気を、つけて……ふふふ、うしろ……」
うしろ? 言い終わらないうちにぱっと振り向いていた。
「…………きゃあぁぁ!!」
目の前で黒い影がうごめいている。思わず叫んでいた。
「彩花!」
漣が私の腕を取り走りだす。なにあれ、いつの間に後ろに? なんだったの? あぁもう、思考がぐちゃぐちゃだ。
正面に見えていた影はどうやらダミーだったらしく、通り過ぎざまにちらりと見るとただのマネキンに服を着せただけみたいだ。
「ぐうぅ、うおぉぉぉ……」
後ろから気持ちの悪い声を上げながら何かが追ってきている。はじめこそ恐怖に囚われてしまったが、鈴音のため、いつまでも怖がってばかりじゃ……!
「結翔、あいつと対決しよう」
囁くと信じられないという表情を浮かべた。
「マジで言ってんの?」
「マジ。だって、人間だもんね、あれ。この廊下に、隠し扉とかあるかもしれない。……探さなきゃ」
本当はもう、早くここから出たいのだけど。可能性がある以上探さない訳にはいかない!
「確かにな。でもどうするんだよ?」
これが遊園地のアトラクションであることを考えると、私たちに危害を加えることはないはずだ。ただ、こんな非常事態の時でさえ役目をまっとうするとは考えにくい。敵側の人間ということもあり得るな。
振り返って状況を確認する。黒いローブの人物が数メートルの距離まで迫っていた。その手に持っているのは……。
「ね、ちょっとあの人、包丁持ってるよ!」
「はぁ? 本物じゃねぇだろそんなの」
「でも――きゃあ!」
暗い中走っていたからか恐怖で気が散っていたからか、何年かぶりに思いっきり転んでしまった。勢いのままゴロゴロと転がり壁にぶつかって止まる。
「うっ……」
衝撃で一瞬息が止まった。
「大丈夫か!?」
数メートル進んだ漣はすぐに私の方へ戻ってきてくれようとするが、それより早く目の前に立った者がいた。
「うぅぅ、おおお……」
唸りながら息を荒くしているローブの男。右手に握った包丁が鈍く光を反射する。後ろは壁、逃げ場がない。刺される、殺されると本気で思った。
「ゆ、結翔……」
目の前で仁王立ちになる男を見上げることしかできない。身体が動かなかった。
右手を振り上げ、きらりと光る切っ先が私の胸に……。
どす、ばたん!
漣が男に飛びついた。二人もろとも派手に倒れこむ。
「お前、何してんだよ! たかが遊園地でここまですんのか!?」
男は黙ったまま漣に押さえつけられていたが、次の瞬間腕の一振りで彼を弾き飛ばしゆっくりと立ち上がった。右手にはしっかりと包丁が握られている。
「あ……」
さっき倒れたはずみだろうか、男の服の一部が切れて垂れ下がっていた。え、待って待って切れてる……? あの包丁、本物の……。
「結翔!」
振り落とされて反対側の壁に激突し、まだ膝をついている彼に男が一歩近づいた。
「うぅぅ、ふぅ……」
荒い息遣いで右手を振り上げる。止めなくちゃ、なんとか止めなくちゃ……!
「やめてぇ!」
咄嗟に二人の方へ駆け出していた。男は動きを止めると素早く振り返り私に向かって躊躇いなく包丁をふるう。避けることも出来ず、その刃が左腕をかすめた。肩から体当たりして床に倒れこむ。
「誰なの!? 殺すつもり!?」
同じくバランスを崩して倒れた男を睨みつけた。左腕を床につくと切られた二の腕が鋭く痛む。
「なんなんだよ、こいつ……!」
漣は顔をしかめ私をかばうように前に立った。男は既に立ち上がっており、数歩下がって距離を取る。刃物を持った相手と戦う時はどうすればいいんだっけ? 色々対策があったはずだが、焦りと恐怖ですぐには思い出せない。
とりあえず何かあったら動けるように集中して男を見守った。彼は立ったまま動かない。そこで再び不気味な声が響く。
「ユイト君にアヤカさん……。申し訳ない、私の部下が失礼な真似を……」
じりじりと距離を開けつつ漣が叫んだ。
「お前ら、時雨の仲間か? ここで俺達を消すつもりか!」
こちらの声は聞こえているようだった。
「ふふふ、威勢だけは良いようだな。ボスは好きにしろと仰った。生かすも殺すも私……いや、彼次第」
刃を構えた男が、ふらりと一歩を踏み出す。その動きからは想像できない素早さで、次の瞬間には目の前までやって来ていた。




