Stage5――黒紫館
会長と別れてから15分、私と漣は「マジで怖い」と評判の体験型お化け屋敷の列に並んでいた。このお化け屋敷、あまりの怖さにリタイアする人が続出し、入場の際に渡されるランタンにリタイアボタンが付けられたほどだという。時雨が入園者に課したミッションの難易度はどのアトラクションでも一律だと言うので、人々は心理的ストレスが少なく、所要時間が短いものに集中しているようだった。このお化け屋敷「黒紫館」はそもそも脱出率が数%という最恐のアトラクション、普段の大行列とは打って変わって今だけはあまり人気がない。
待ち時間はおよそ30分。時雨がどこかに忍ばせているであろう手がかりを見つけ出し、鈴音の居場所について考える間に並んでおけば一石二鳥だという漣の案に乗ったのだ。彼曰く、
「脱出不可能な要塞、黒紫館。入ったら出てこれないってのが美青の状況と合わない訳でもねぇ。こじつけだけど、中の探索しといてもいいんじゃねーか?」
私も異論はなかった。しかし、捜索するといっても館の中はどうなっているのだろう。遊園地ジャックというこの非常事態に、スタッフ達はどう対応しているのだろうか。
「あいつが言ったこと覚えてるか? 五十嵐が言う手がかりっての、そこにあるかもしれないよな」
その可能性はあるな。
「思い出せる限り言うから、ちょっとメモっといて」
「おう」
「『そろそろはっきりさせようか、俺とお前どっちが正しいのか。お前達のために新しいミッションを出してやろう。この島には爆弾が仕掛けてある、止めるには制御装置を作動させるしかないがその場所はお前達には教えない。ここにいる屑共の命を救いたいのなら、爆弾が爆発する時までに装置を作動させてみろ。そして、園内のどこかに美青を監禁した。助けたいんだろう? 大事な人間なんだろう? 見張りは置かない、助けてやればいい。見つけ出せるものならな。もし時間内に見つけ出せなければ、彼女の命はもちろんない』」
一息に言い終えると漣は溜息をつく。
「なんでそんなに覚えてんだよ。恐ろしい奴だな」
「暗記は得意なんでね。そんなことよりどうかな、手がかりありそう?」
彼の持つスマホを覗き込んだ。
「待てよ、そんなすぐには……」
ゆっくり、一字一字確認していく。
「謎解きじゃないんだからさ、文の頭を繋げて読むとか、そういうことじゃないと思うんだよな。となると後は、言葉自体に手がかりがあるってことか?」
腕を組み、独り言のように漣が呟いた。この文章に違う言葉が隠されている、その可能性もなくはない。が、そうだとしたら彼の言葉を一言一句覚えておく必要があり、しかも謎解きに必要な「解くヒント」が与えられていない。何かしらの法則(例えば〇文字おきに読む、とか)のもとに彼のセリフから新しい言葉を導き出したとして、それが時雨の意図したものであると確信することができないのだ。つまり、まずそれを考えるのは得策ではない。
「『そろそろはっきりさせようか』、これは会長が言ってたけど、優れた才がなくても生かしておくべき人間がいるかどうかはっきりさせるってことだよね。優れた才がないって私達のことか、確かに事実だけど嬉しくないな」
列はじりじりと進む。周りの喧騒など、今は気にならなかった。
「『その場所はお前達には教えない』……俺達にはってことは他の誰かには教えるのか?」
「うーん。もしそうならどうやって教えるのか、が問題だよね。そういえば、どうやって各ペアを識別してるのかな。ここに残った人達の中から抽選で助かる人が決まるんだったよね」
「あぁ、救済者とか言ったっけな。それと『自分が脱落しているかどうかは脱出可能時間にゲートに行かなければ分からない』。ゲートで分かるってことは入場券とかが関わってんじゃねぇのかな」
彼のその言葉であることを思い出した。
「あぁ……そういうことか」
溜息を洩らす漣がさっと顔を上げる。
「なんだよ。分かったのか?」
「うん、ここ入った時にさ、入場者にお願いしてるとか言ってQRコード読まされたじゃん。アンケートって話だったけど、あれで全ペア把握したんだよ」
「あー、あれか……。くっそムカつくな。は? じゃあこれ、ネットとか繋がんなくなってんのもそのせい?」
「かもね。情報とか抜かれてそうで怖いけど」
漣は苦い顔をする。
「嫌だけど……チッ、今は気にしててもしょーがねぇな。時雨が俺たちのスマホ操作出来んならさ、なにかしらの指示ってかさ? そういうの、送ってくることもあるかもしれないよな」
私は腕を組み、考えた。
「ありそうだね。時雨が言ってた『他ペアを脱落させるミッション』、どうやって出すんだろうって思ってたけど、個人に直接送れるなら秘密裏に挑戦させることができる」
「あ、それと――」
漣が何か言いかけた時だった。
「ようこそ黒紫館へ……」
不気味な声にぎょっとして顔を上げる。気が付けば、もうアトラクションの入り口まで辿り着いていた。黒いローブに身を包んだいかにもな人物が口を開く。
「ようこそお越しいただきました。さ、主人が待っております。どうぞこちらへ……」
顔はフードに隠れて見えないが、声からして男性だ。玄関の扉がぎぃと音をたてて開く。確かこの館の設定として、私達は黒紫館に招かれた客人で、館のどこかで待つという主人に会いに行く……のが目的らしい。
「さ、主人が待っております。どうぞこちらへ……」
感情のない声が不気味だった。こんな時だというのにちゃんと徹しているんだな。
「あの、さっきの放送のことなんですけど……」
何か聞き出せないかと話しかけるが、
「さ、主人が待っております。どうぞこちらへ……」
「ここから出られないとか、爆弾とか、あれって……」
「さ、主人が待っております。どうぞこちらへ……」
だめだ、話しかけても同じことしか言わないモブキャラのようだな。ただ、全く同じように繰り返されるセリフはやけに怖かった。
「……行こうぜ」
コンタクトを諦め、漣に続き玄関に足を踏み入れる。黒ずくめの男が背後から声をかけてきた。
「暗い場所がございますので、こちらをお使いください」
差し出されたランタンを受け取る。鉄製の取っ手がひんやりと冷たい。
「それではそろそろ、私は失礼いたします……。どうぞご無事で……」
わずかに見えた口元はにっと笑っていた。直後、大きな音を立てて扉が閉まる。辺りは薄闇に包まれた。まっすぐ奥へと続く廊下は、すぐに闇に呑まれて何も見えない。ランタンの心細い灯りは、せいぜい足元を照らせる程度だ。
「行くしかないよな」
誰にともなく呟いて漣が一歩足を踏み出したその瞬間、
『ふ……ふ、ふ、ふ』
気味の悪い笑い声がどこからともなく響き、ボボボと壁につけられた燭台に青紫色の炎が灯った。
うわ……。これ、思ってたより怖いじゃん。




