エリアA:鈴音/エリアB:楓
人混みを避け、道の端に寄って地図を広げた。
「美青、とりあえず歩き回るぞ。人目につきにくいところ、闇取引できそうなところがないか探そう」
会長――五十嵐さんが言う。
「はい!」
楓と漣君とは入場前に別れ、今頃二人はエリアBにいるはず。なんだかんだ言ってあの人達仲良さそうだから、きっとうまくやってるよね。
今日は楓に頼ってられない。私も頑張らなくちゃ……!
「基本的に連絡はお前に任せるからな。しっかり頼む」
五十嵐さんはそれだけ言い残し、さっさと歩き出した。
「あ、はい!」
こんなに人がいたらすぐに見失ってしまう。慌てて後を追うと、道を横断したところで立ち止まった彼は黙って手を差し出した。
「え……」
予想外の行動にその手を見つめたまま固まっていると、
「……ったく、早く行くぞ!」
ぶっきらぼうに私の左手を取り、そのまま歩いていく。
「えっと……ありがとうございます」
これならはぐれる心配もないし、安心して怪しい人がいないか探すことに集中できる。でもちょっと恥ずかしいけど……。
空いている右手で楓にメッセージを打った。現在地と向かう場所、それと……
「あ、彩花に余計なこと言うなよ?」
「え」
彼がそう言った瞬間、私の親指は送信マークを押していた。
既読、からの即返答。
『はぁぁ? 何それ、五十嵐に私の美青に手出すとか許さないって言っといて!!』
画面を見せながら苦笑する。
「えへへ、もう遅かったです」
五十嵐さんは盛大にため息をついた。
「……後でうるさそうだな」
「ごめんなさい……」
手を引かれて人の間を縫って歩きながら、この状況が少し……いや、結構楽しい。昔からずっと周りには大人がいて、不自由はなかったけど自由でもなかった。だからこんな風に仲間と何かするとか、男の人と手を繋いで歩くとか、ずっと憧れていた。もちろんこれは遊びじゃないけど、真面目に頑張るつもりだけど、それでも気分が上がるのは仕方ないよね?
私が見つめていることに気がついた五十嵐さんは、少し微笑んでくれる。楓は何か疑ってるみたいだけど、この人絶対良い人だ!
「彩花達、まだエリアBにいるそうです。私達と同じでとりあえず怪しいモノがないか見て回ってるらしいですよ」
楓からの情報を伝える。
「そうか。全部見終わったら中央の広場に集合」
「はい!」
ふと見上げた空は青く、陽光が優しく降り注いでいた。あとはなんとか任務を達成できれば、言うことないんだけどなぁ。
漣と別れと再会を繰り返しながらエリアBを端から回っていた。入場前に別れた鈴音達は今頃エリアAにいるはずだ。不安はあるが、今は五十嵐を信じるしかない。
それよりも考えるべきは……。
「結翔! うろうろしないでよ」
ふらっと寄ってきた漣に声をかける。さっきからいなくなったと思えば思いもよらない方向からやって来たりして、このままでははぐれて会えなくなるのも時間の問題だろう。
「はぁ? お前が進路ころころ変えるからだろ」
「じゃあなに、手繋いでる人達の間を割って通れと?」
言っているそばから目の前に現れる障害物を右から抜かす。左から抜いたらしい漣は私の横に並ぶと、
「一回止まれ、ほら!」
「あ、ちょっと!」
半ば強引に端に追いやった。人の流れから抜け出し、何やらアトラクションの民族的な効果音を聞きつつ立ち止まる。
「こんな状況で周りなんか見れるわけねぇだろ」
「それはどうしようも――」
手の中のスマホが震えた。鈴音からの連絡だ。
最後の文を読んだ私は目を丸くする。
『エリアAにいる、とりあえず全体見て回るよ。今は右下から端に沿って上に行ってる。……五十嵐さんが手を繋いでくれたよ!』
私がいないところで、よくもそんな……! まぁ鈴音のことだ、この人混みではすぐはぐれてしまうだろうから、迷子防止のためだと分かってはいる。それでもずっと見守ってきて、もはや我が子のように思えている鈴音が、あんな怪しさ満載の男とリア充的なことをしているのは全然嬉しくない!
「ん? どうかした?」
固まる私を見て漣も画面を覗き込む。
「……へぇ、やるね」
彼はニヤリとして呟き、
「良い考えじゃん。俺らも取り入れようぜ」
と提案した。
「ふざけないで。却下」
即座に答えると、
「あぁ? じゃあどうすんだよ、どうやってはぐれずに周り見ながら歩くんだ? 良い方法でもあんの?」
と口を尖らせる。なんでそんなに突っかかって来るのか分からないが、そう言われると代替案があるわけでもない。
「別に私は一人の方がむしろ良いんだけど」
私の呟きを聞き逃さず、
「五十嵐が一緒に行動しろっつってただろ!」
咎めるように言う漣に視線を向けた。
「分かってる、だから今ここにいるんじゃん」
彼はふっと目を反らす。
「そんなに俺のこと嫌いなわけ?」
あれ……さんざん好き勝手やっておいてそういうことは気にするの?
面倒だが、一応これからチームとして動く以上、多少のフォローは必要だろう。
「別に嫌いじゃない。ただ一人の方が好きなだけ」
「なんで?」
私はため息をつく。
「誰かといても疲れるだけ。皆他人の目を気にしてうわべだけの付き合いで、そんなの何が楽しいの。結局、他人が何考えてるかなんて分かんないんだよ。なら頼れるのって自分だけでしょ?」
私は何か間違ったことを言っているだろうか。
一瞬反論しかけたように見えた漣だが、思い直したのか口を閉じる。
「彩花がそう思うなら、それで良いかもな」
なんだ、やけに素直じゃないか。
「じゃあ私からの提案ね。歩く速度落とすよ、そうすればはぐれずにすむし周りもよく見える」
どこか不満そうに漣が答えた。
「……はぁ。分かったよ、それでいい」
私は満足して頷き、鈴音に現在地と今後の動きを伝える。このままメインストリートを歩き、それから外周を回る予定だ。
今のところ特に怪しい場所も人物も発見できていないが、なるべく早く現場の確認は済ませておきたい。
ただいまの時刻、9:45……。




