賽は投げられた
「あんたに運転してもらっても全然嬉しくねぇな」
私達4人を乗せた車は「東リパ」に向け順調に進んでいた。飛び去る景色をぼんやり眺めながら前の2人の会話を聞くとはなしに聞く。
「こっちこそ、隣に乗せるのがお前じゃあな」
出発してから既に一時間。黙って座っていることにそろそろ飽きてきたのだろうか。
「五十嵐飛牙……って本名?」
一瞬の沈黙。
「……あぁ」
「ほんとかよ」
五十嵐――会長に目を向けるが横顔だけでは何を考えているのか分からない。
この機会に会長が何者なのか色々聞いてみようと口を開いたときだった。
「あ! ねぇ楓、漣君の偽名も考えとかないと!」
鈴音が私の腕をつかむ。
「あぁ、うん、そうだね」
そういえばそんなのあったな。私が「彩花」で鈴音が「美青」だったっけ。
「え? なに、そんなのあんの?」
漣が振り返り目を輝かせた。やっぱり鈴音と通じるものがあるよな。
「この前拠点調査で尾行したときにね、私が考えたんだよ!」
と得意気に笑う。
「で、お前らの偽名は?」
「私は美青で、楓が彩花」
「今日はその名前で呼んで。間違っても本名言わないでよ」
一応念を押しておいた。漣は分かってるよと前に向き直り、
「俺の偽名は?」
ちらりと鈴音を見て尋ねる。
「待って待って、ちょっと考える」
考えているところ申し訳ないが、ふと気になって鈴音に声をかけた。
「ねぇ、鈴音は今日会長のことなんて呼ぶの?」
「えぇ? ……どうしよ」
小さく首をかしげ、黙々と運転を続ける会長を見る。
「…………」
我関せずですか。
「会長って呼ぶのは変だよねぇ」
頷いて答える。人が人をどう呼ぶかなんてほとんどの人は気にしないだろうが、せっかく私達が偽名を使う以上、会長と会員なんて関係は気づかれない方がいい。
「……そんな――」
会長がぼそっと何か呟く。よく聞き取れなかったが、「そんなことしても意味ない」、そんなようなことをと言ったように思えた。
「会長?」
不審に思い声をかけるが彼は首を横に振る。
「ん……いや、俺は五十嵐でいいよ」
「そうですか? じゃあ五十嵐さんで! んー、漣君はね……。一宮結翔」
神妙な面持ちで鈴音が命名した。
「ゆいと、か……。ま、悪くないんじゃね?」
何を偉そうに。
「楓はちゃんとゆいとって呼ぶんだよ。分かってるよね?」
覗き込まれ眉を寄せる。嬉しくはないが偽名だし仕方ないか。
「……分かってるよ」
「じゃあ俺は楓を彩花って呼べばいいんだな」
さらっと名前で呼んできた。
「ちょっと、馴れ馴れしく呼ばないで」
「なんでだよ、こいつだって楓って呼んでんじゃん」
こいつ、と隣の会長に指を突きつける。
「それはそうだけど。会長は……まぁ、なんとなくそうなってた」
ぶつぶつと不満を言う漣を横目で眺め、会長はにやりと笑った。
「残念だったな、お前にはまだ早いさ」
「何がどう早いんだよ、ったく……」
彼は腕を組んで窓の外に視線を向ける。一応私は君のこと、敵側なんじゃないかと疑っているからね。
「楓も意地悪だよねー。仲良くしようよ」
と鈴音はクスクス笑う。
「はいはい、そんなことよりもう少し今日の計画立てとかない?」
「うん!」
相変わらず緊張感のない鈴音と無反応の漣に不安を覚えつつ続けた。
「とりあえず東リパで何かしらの物品の受け渡しがあって、それを阻止することが目的、ですよね」
正面を向いたままの会長に問う。
「……あぁ、そうだな。その物品を入手できればなお良いが、そこまでは要求しない。また、最悪阻止できなかったとしてもそれが何なのか分かればまだ良し」
なんにせよ、密会する人物を見つけ出さないことにはどうにもならないか。
「いつ、どこで、誰が、何を、どのように。1つも分からないんですか」
頷く会長。
「今日、東リパで受け渡しがある。それは分かってるんですね?」
鈴音が鋭いことを言う。その情報はどうやって得たのか、きっと教えてはくれないだろう。
「あぁ、それは恐らく間違いない」
「よっぽど信頼できる情報源なんですね」
会長は私を一瞥した。
「……まぁな」
根拠はないが彼は、私が会長……五十嵐飛牙を怪しんでいると気がついている。そして漣も……。
今朝、漣が呟いた言葉が頭を過った。
『五十嵐ってなんなんだろうな』
本当にその疑問に尽きる。
「んでさぁ、これからどうすんだよ? なんか具体的な作戦とかねぇの?」
漣の声で現実に引き戻された。そう、それを話そうと思っていたんだ。
「とりあえず二手に別れるよ。鈴音、どこがいい?」
印刷してきたマップを取り出し鈴音に尋ねる。漣も身を乗り出して覗き込んだ。
東リパは大きく4つのエリアに別れている。それぞれ名前はあるが、面倒なので左上から時計回りにA、B、C、Dと呼ぶことにした。
「そうだなぁ、どこでもいい気もするけど……。じゃあAとDにする!」
Aは子供向けのアトラクションが多いエリア、Dは半分ほどをレストランやお店が占めているエリアだ。
「分かった。私達がBとCね」
漣は頷いて答える。Bは東リパの目玉であるジェットコースターをはじめ、数々の絶叫系アトラクションが立ち並ぶエリア、Cはホラーエリアといったところか。
「お互いどこにいるのか、常に連絡取り合っとこう。何かあればすぐ伝えること」
真剣に頷く鈴音。
「…………」
「……え、それだけ?」
私が黙っていると、拍子抜けした漣が声を出す。
「それだけ」
きっぱり言い切った。
「はぁ? なんだそれ」
「しょうがないでしょ、分からないことが多すぎる。臨機応変に頑張って」
拳を握って見せると漣はため息とともに呟く。
「適当かよ……。まぁ俺らは一緒にいるわけだし頼んだぜ」
仕方なくだけどな。
「そっちこそ頼んだ」
後ろからではよく見えないが頷いたようだった。
「私達も頑張りましょうね!!」
鈴音に押され会長は苦笑する。
「くれぐれも無理するなよ……楓と漣は特に」
「はーい」
鈴音と声を揃え、目を合わせて微笑んだ。彼女と離れるのは心配だが、こればかりは会長を信じるしかない。
作戦と呼ぶにはあまりに中身のない今日の心構えを共有したところで、目的地にそびえ立つ城が小さく見えた。もうすぐ、戦いが始まる。
この時、何としても鈴音と共に行動しなければならなかったと後々痛感することを、私はまだ知らなかった。




