"楽園"への誘いは唐突に
漣冬真の入会から3日、せっかくの土曜日に会員3人は本部へ集合させられていた。
指定時刻は午後3時、おやつの時間。
「ほら、楓も食べる?」
会議室と呼ぶことにしたあの殺風景な部屋で、隣に座った鈴音がタッパーに入った苺を差し出す。
「……私はいいよ。6月だと苺って旬なのか」
丁寧にへたを取ってある赤い実をかじりながら彼女は首をかしげた。
「んー、一年中食べてるけどな」
……そうでしたか。家庭栽培は強いな、苺が好きだという鈴音のために作っていると聞いたことがある。
それにしても、毎日3時にきちんとおやつを食べさせてもらっている人が実在するとはなぁ。私はそんなのを食べた記憶はしばらくない。
「漣はどうした?」
約束の時間を5分過ぎ、会長がコンピュータールームから現れた。
「さぁ?」
2人で肩をすくめると彼は小さくため息をつく。
「楓、教育係に任命しただろ。今後漣のミスはお前のミスにするからな!」
「断固拒否です! 面倒見きれません!」
鈴音のボディーガードが私の本職だ、これ以上荷物が増えてたまるか。
「残念だがこれは会長命令だ。さぁ、早くあいつを召集しろ」
冷たい目で見下ろされる。癪だがそう言われては仕方がない。唇を噛んで文句を飲み込んだ。
ただ、問題なのは……。
「漣の連絡先なんて知りません」
会長は黙って鈴音を見るが、もちろん彼女も首を横に振った。
「……今日必ず交換しておけ。奴の行動管理も楓の仕事だからな」
「仕事を増やさないでください」
即座にそう返すと隣で鈴音が微笑んだ。
「楓、会長と仲良くなれて良かったね」
私は目を丸くする。
「私と会長が仲良い? まさか!」
会長も続けて、
「まったくだ。生意気な会員に手を焼いてるだけだ」
「こちらこそ怪しげな会長のパワハラにあっています」
売り言葉に買い言葉、さらに何か言おうとした会長を激しく開け放たれたドアの音が遮った。
バタン!! ギ、ギギイイィ――――!
「……どーも」
悪びれもせず登場したのは漣だ。
「遅い! 3時だと言っただろ」
会長は腕を組み、
「2度と遅れないでよね」
私も横目で睨みつける。
「気を付けまーす……なんかあったの?」
漣は特に気にする風でもなく、穏やかな微笑と共に私達を見守っていた鈴音に尋ね机に腰かけた。
「ん? なんかね、私が楓と会長仲い――」
「さぁ! 全員揃いました、本日の用件は?」
余計なことを言われる前に会長に話を振る。鈴音がつまらなそうに口を尖らすが視線を逸らしておいた。
「……まぁいいか、じゃあ次の任務について説明しよう。付いて来い」
そう言い残し隣室へ消える会長。この部屋に入るのが初めてな漣を先頭に後を追ったのだった。
「……知ってるだろうが、あの国内最大の海上遊園地、東京・リリーフ・パテティーク。明日、条件付きの入場料半額イベントがある」
壁のモニターに写真を映しながら説明する会長。私たちはコードを踏まないよう直立したまま聞いていた。
「半額ってすごくね?」
漣の呟きに会長は頷き、
「2人に1人は半額、ただし男女のペアで入場すること」
映し出されたのはハートの散りばめられたカラフルなチラシ。でかでかと〈ハートフルイベント開催! 男女ペアでのご来場でお一人様無料!〉と書かれている。
「なんですか、このふざけたイベントは。男女ペア限定とか嫌味ですね」
思わず口走る。会長はニヤリと笑った。
「ふざけてるが、幸いここには2つほどペアができるからな」
……え?
「何しに行くんだよ?」
私が衝撃のあまり言葉を無くしている隙に漣が尋ねる。
「東リパのどこかで何かしらの受け渡しがあるらしい。それを阻止しに行く」
「遊園地で受け渡しって黒の組織ですか……」
「え、なにそれ?」
興味を持ってしまった鈴音に小声で説明してから、改めて会長に聞いた。
「2つペア作るって、会長も参加するんですか?」
しっかり頷かれる。
「今回は難易度が高いからな、かの名探偵でも薬を飲まされたほどの。人数は多い方がいいし、生憎男女のペアじゃないと入場できないらしい」
ついに入場規制までするつもりなのか。東リパは非リアに喧嘩を売っているな。
「……でもどの組み合わせも嫌です」
鈴音と会長、鈴音と漣、どちらも全く安心できない。しかしそんな私の意見はあっさり却下させる。
「お前の好みは聞いてない」
はぁ……仕方ない、入ったら合流すれば……。
「あぁそうだ、もちろんだが明日は1日そのペアで行動する。常時連絡は取り合うが、はっきりした場所が分からない以上二手に別れた方がいいだろう」
私の心を読んだかのようなタイミング。五十嵐、恐ろしい男だ。
「でも鈴音、明日って急だけど大丈夫?」
鈴音は呑気に微笑んで、
「楓と遊びに行くって言えば平気だよー」
と早速連絡を入れる。だから、変な信頼はやめてって……。
「……分かりましたよ。ただ、会長は鈴音と組んでください」
きっぱり言い放つと漣が反応した。
「はぁ? なんで俺がお前と組まなきゃいけねぇんだよ」
予想はしていたのですぐに言い返す。
「うるさい、私だって組みたくないし」
「そんなに俺とは行動したくないってか?」
茶化すように会長が言った。理由くらい分かっているくせに嫌な人だ。
「そうじゃないですよ。漣と鈴音で行動させる訳にいきませんからね」
好奇心のみで突っ走る2人を、止める人がいない状態で放っておいたら何が起こるか分からない。それならまだ会長の方が落ち着いた対応をしてくれるだろう、という希望に基づく判断だ。
漣はなにやら不服なようだがここは譲れない。
「とにかく、明日は私と行動してもらうから。勝手なことしないでよ」
「うるせぇよ、ほっとけ」
こんなんで任務を遂行できるのだろうか……。
先が思いやられるが、もしかしたら会長はこのために男子の会員を増やしたかったのかもしれないと、ふと思う。いつから受け渡しの情報を得ていたのだろう。早めに教えてほしいと言っているのに! 前日に言われたのではろくに準備もできやしない。
「開園と同時に乗り込むぞ、明日は6時にここに来い。……漣、絶対遅れるなよ、置いていくからな」
会長の脅しと共に解散になった。今日中になんとか、使えそうなものを用意しておかなければならない。
帰り際、外へ出た漣を会長が呼び止めた。
「楓と連絡先交換しとけ。今すぐだ」
どうせまた反抗するのだろうと思っていたが、彼はなんでだよと呟きながらも案外素直に応じた。不本意ながらも交換が成立する。
「明日は遅れないでね。1時間前から10分置きに現在地確認してあげようか?」
「余計なことすんじゃねぇ」
そう言い捨てさっさと帰ってしまう。大丈夫だといいけど。
「ふふふ、遊園地なんて久しぶりだよね! 楽しみだなぁ」
「ねぇ鈴音、遊びに行くんじゃないからね? 結構危険なの分かってよ?」
「分かってるって!」
にっこり笑う鈴音は不安でしかない。
「会長、頼みますよ。危険なことしないでくださいね。そういうのはこっちが引き受けますから」
最後の頼みの綱、会長に視線を向けると彼は瞳に同情の色を浮かべる。
「楓も大変だな」
「誰のせいだと思ってんですか!」
私の悲痛の叫びは虚しく消えた。
こうして波乱のミッションが幕を開けた。ミッションとすら呼べないような何も分からないこの状況で、一体どうしろと言うのだろうか? いつ、どこで、誰が、どのように、何を渡すのか。
自由奔放な不良少年と猪突猛進なお嬢様、正体不明な男に良く言えば円転滑脱、悪く言えば器用貧乏な私、いびつな4人のチームワークが今、試される。




