やっと、尾行始めます
「……あ、ごめん電話!」
鈴音が立ち止まりスマホを耳に当てる。電話という体で足を止め、男の出方を窺うのだ。
「はーい」
1、2歩前に出てから半身ほど振り返り、自然な角度で背後が視界に入るように立つ。
「もしもーし、何か用?」
正直鈴音に電話の振りをさせるのは不安だったが、本人の強い希望により任せることにした。
視界の端に男を捉える。ジーパンに白地のTシャツ、特徴のない格好だ。彼はそのままの歩調で歩き続け、私たちから2メートルほどのところにある横道に曲がって見えなくなった。足音もよく聞こえないし、行ってしまったのかそこにいるのか分からない。
「……うん、うん。えー、今? そんな暇じゃないんだけど……。あぁ、まぁそうだけどさ」
話の内容は予め決めていた。急遽電話の相手と合流することになり、私たちがショッピングセンターに向かうことになる、という流れ。鈴音も成長したな、ちゃんとやってるじゃないか。
「……うん、分かったよ。そっちはどこにいるの? ……あー、ア○タね。うん。分かった、行けばいいんでしょ? はいはい、じゃねー」
スマホを下ろし、ふーっと息をつく。
「なんだったの?」
私が尋ねると、
「またあの子たちなんだけどさー、今アピ○にいるらしくて、来てほしいんだって」
あの子たち……名前を出さなかったのはいい判断だな。男が私たちの会話を聞いているかもしれない今、与える情報は最小限にしておきたい。
「あー、そういうことね。じゃあ行こうか」
再び歩き出しながら鈴音は楽しそうににやにやしている。軽く演技みたいなものだからな、確かに上手かったし。
少しして、またスマホに映して後ろを確認した。
「やっぱりついてきてるね」
鈴音に囁く。
「オッケー。じゃあクレアをつけるのやめて、ア○タに向かうんだよね?」
小さいがまだ見えているクレアの後ろ姿を眺め、うなずいた。名前をつけてから急に可愛く思えてしまい、多少名残惜しい。
「クレア……また会いたいな」
なんてしみじみ言う鈴音だが、きっとすぐ会えるだろう。なにせ私たちはSOを追いかけている訳で、クレアは奴らのお気に入りの猫なのだ。
「さてと、これから反撃するんですが、分かってるよね?」
○ピタに向かう道すがら、鈴音に確認する。
「クレアの尾行とは違って気をつけなきゃいけないよ?」
鈴音はにっこり笑って、
「分かってるって! ……でも一応確認しとこ?」
公園でひたすらクレアを待っている間、ざっと説明はしてあった。鈴音の記憶力なら大丈夫だろうとは思うけど。
「とりあえずあいつの撒き方決めよっか。中入って、どこか隠れられそうなとこあるかな」
ア○タには出入口が3ヶ所ある。1人では見きれないから、必ず追って来るはず。
入って正面にはエスカレーター、右手はフードコートに繋がっていてエレベーターもある。左手はくつ売り場と食べ物屋がいくつか、女子高生が行くとすれば2階の洋服売り場かフードコートだろう。
「2階に行って、どうにかあいつをやり過ごして1階に戻るのは?」
エスカレーターに乗っているところを恐らく男は見るだろう。そして少し離れて2階に上がる。まさかすぐ1階に戻るとは思うまい。その隙をつくわけね。
「うん、いいね」
賛成すると鈴音は嬉しそうに微笑んだ。
「上に行ったらダッシュで右回りに裏まで行く。そこでさらに変装するからね」
「なんで右回り?」
「人はね、右か左かを選ぶとき、無意識に左を選びやすいらしいの。あいつがどれくらい距離空けるか分かんないから念のため」
鈴音はなるほどと頷き、
「変装ね、眼鏡とエクステ取って、あとカーディガン裏返せばいいんだよね」
呟きながらシミュレーションする。
「変装終わったら、なるべくあいつが見てないうちに下に降りて見張ってよう」
残念ながら、1階と2階の移動手段には階段もある。3ヶ所を一気に見るのは不可能だ。二手に別れるしかない。
「階段かエスカレーター&エレベーター、どっちがいい?」
数歩足を進めてから、質問で返してくる。
「来なさそうな方がいいかな。どっち?」
「まぁ階段は使わないんじゃないかな。1階の様子も見れるし、エスカレーター使うと思うんだよね」
「そうだね、じゃあ私が階段見張る」
来ない方がいいなんて鈴音にしては珍しい。
「来たら連絡ね」
「了解」
一瞬訪れた静寂に走り去る車のエンジン音が響く。
「……尾行中は、相手が止まったら怪しまれないように止まって、向こうの視界に入らないようにする。建物内に入ったら、出入口が複数あればついて入るし、1つなら外で待つ……」
ぶつぶつと呟く鈴音に笑いかけた。
「だーいじょうぶだって。そんな心配しないで」
彼女は視線を落とす。
「私、尾行なんてしたことないし……。彩花は経験あるからいいかもしれないけど」
「経験っていってもこういうガチのは初めてだよ。撒けさえすればどうにかなると思う」
信号を待ちながら鈴音がスマホを持った手を下ろし、また上げる。
「見て」
そこには少し離れた電信柱の横に立つ男の姿が写っていた。ピントは合っていないがしっかり全身が入っている。
信号が青に変わった。
車の音に紛れて、男に聞こえないように話す。
「どう、この人?」
「そうだね、服の感じは同じ。顔までは見えないか」
「身長なら分かりそうだね。後で電柱の高さ測ろ」
「……なんか今日冴えてるじゃん」
鈴音をまじまじと見つめた。普段は全然頭使おうとしないくせに、こういう時はやる気出すんだなぁ。
「え、そう? えへへ、ありがとぉ」
屈託のない笑顔が眩しい。
いよいよ、正面にア○タが見えてきた。勝負のときが始まる。
休日の昼過ぎということで、多くの人で賑わっていた。若者の姿も多く、これならうまく撒けるだろう。
自動ドアを抜け、まっすぐエスカレーターに乗る。後ろに何人か客がいるため、あの男から完全に私たちが見えなくなる時間が、短いかもしれないがあるはずだ。
じりじりと終わりが近づいてくる。2階に到着し、前方へ進むと見せかけて右折、足音を極力たてないよう2人で走った。エスカレーターの横はすぐ壁になっているので男からは死角のはずだが、見られているようで落ち着かない。
振り返る暇もなく白いタイルのフロアを駆け抜けた。色とりどりの洋服が目の端を流れ、人の間をすり抜けながらようやく反対側に辿り着く。
「はぁ……はぁ……大丈夫、かな」
息を荒くしながらも素早く変装を解いていく鈴音から眼鏡とエクステを預かる。
「多分ね……。それもらうよ」
服の下に装備している鞄に収納すると
「そこにしまうんだ、すごい!」
と感心された。
「便利でしょ? やっぱり服装は可愛さより……」
「分かった分かった」
適当に流される。価値観の違いだな……。
長い髪の毛は顔にかかって鬱陶しかったため、エクステを取ってすっきりする。鈴音は邪魔だと思わないのだろうか。
「よし、行こ」
通行人の視線を感じつつ、手早く準備を終えた私たちは何気ない様子で1階に降りる。それとなく周りを見てみたが男の姿は発見できなかった。
「じゃあ、また後で」
エレベーターの前で鈴音と別れる。
「うん……。頑張ろうね」
心細そうに手を振り、歩いていく彼女の後ろ姿を見送って私も張り込む場所を探す。丁度いいことにエスカレーターとエレベーターの間には休憩スペースがあり、そこからなら2ヶ所を見張ることができそうだった。
うどん屋の前の2人用の席に陣どって静かに待つ。鈴音が写真を撮ってくれて助かった。次から次へと現れては消える人並みの中に、特徴のないあの男を見つけ出すのは思ったより難しい。
3分経ち、5分経ち、もしかしたら見逃したのかもしれないとわずかな不安が芽生えた時だった。視界にそれらしき人の姿を捉える。彼が出口へ向かうのを確認し、ゆっくり立ち上がった。写真と見比べ、間違いないと確信する。
すぐに鈴音に電話をかけた。
「…………ターゲット確認。合流しよ」
『了解!』
さぁ、いよいよだ。緊張と興奮の追跡が、ようやく始まる。




