追うものと追われるもの
時計の針が12を指した。どこからともなく流れる音楽が正午を告げる。
私たちの作戦はこうだ。
クレアを発見し尾行、接触する人間を見つけ出す。そして次はその人の後をつけ、SOのアジトを突き止める。
「来るかな……」
鈴音がささやいた。もう少し待ってみないとなんとも言えない。
音楽が鳴り止む。
長いようで短い数十秒のあと、茶色い物が視界に入った。
「……!」
ちらりと鈴音を見ると、彼女も私を見て頷く。間違いない、広場の端でしっぽをくねらせているのは私たちの標的クレアだ。
クレアは数分間うろうろしていたが誰も近づく気配はなく、やがて道路へ出ていく。
「じゃ、行こうか」
私たちも立ちあがり後を追った。
猫の尾行ということで、ターゲットに気づかれて失敗という心配はない。クレアを怖がらせない程度の距離は保ちつつ付いていく。
「ねぇねぇ、このまま5時までつけ回すの?」
「そういうことじゃない?」
答えると鈴音は難しい顔をして、
「あと5時間かぁー。昨日みたいに逃げられたらどうする?」
「それが心配なんだよね。できる限り追いかけるけど、無理しないでまたどこかで待つしかないかな」
今のところクレアは普通に歩いてくれているのでついていくのも楽だが、何しろ猫の思考なんて読めないし、いつ走り出すか分からない。
順調に尾行を続けること数十分、不意に鈴音が空を仰ぎ、くるりと後ろを向いた。つられて私も振り返り、後方を歩いていた男性と危うく目が合いそうになる。
「ねぇ見て! 風船飛んでるよ」
視線の先、色とりどりの風船がゆっくり空へ昇っていた。
「ほんとだ。なんだろう、イベントとかあったのかな」
クレアを見失わないよう見上げる鈴音を前に向かせる。再び歩きだしながら何か違和感を覚えていた。なんだろう……原因が分からない。
「美青……。さっき後ろ見たとき、何か気になることなかった?」
「え? んー、気になることかぁ」
一瞬考えて、すぐに何か思いついたようだ。声をひそめる。
「後ろに男の人いたじゃん? 多分、あの人公園出た時にもいたよ」
「まじ? よく覚えてたね」
スマホを取り出し、電源を入れる前に背後の様子を画面に映して窺う。一瞬だったのと歩いているせいでぶれるのとではっきりとは分からないが、人影が1つ確認できた。
「ふふふ、私写真記憶だからね!」
得意げな鈴音。彼女は英単語三万語を大きな紙にびっしり書き出し、それを写真として記憶するという荒業を成し遂げた強者なのだ。画質どうなってんだか……。
「写真記憶ね……。人の記憶の仕方で二重貯蔵モデルってのがあってね、それによると、注意を向けていない視覚情報は500ミリ秒位しか留めておけない。だから私とかは見たそばから忘れていくんだよ。美青は注意を向けてなくてもその情報を短期貯蔵庫に入れられる……? いやでも、そこで維持できるのはせいぜい30秒くらいだし……無意識にリハーサルして……?」
「ちょ、彩花? なに、リハーサル?」
後半独り言になっていた。
「あぁ、ごめん。興味あるなら詳しく話すけど?」
「後でにしてよ、今は……」
後ろを気にする素振りを見せる。
「そうだった」
鈴音に男の存在を知らされ、私も違和感の原因に気がついていた。
振り返ったとき、目が合いそうで合わなかった。男が咄嗟に視線を反らしたからだ。それから、わずかに動きが止まったのだろうか、どこか不自然だった。子供相手だと油断していたな。
「もしかしたらだけどね。尾行されてるかも」
鈴音に囁くと、無言で目を丸くし静かな驚きを示す。
「ほんとに? なんで?」
私は小さく首を振った。
「私たちが拠点を探してること知っててこっちの考えが読まれてたか、ただ単に公園に居座りすぎて怪しまれたか」
鈴音は可愛らしく唇を尖らせる。
「なんか悔しくない? 私たちが尾行してたはずなのに。二重尾行ってやつ? ねぇ、どうするの?」
「向こうは私たちが気づいてるとは思ってないはず。美青じゃなきゃ気づかなかったと思う、さすが」
鈴音は褒められて素直に喜んだ。
「まずは本当に尾行されてるのか確かめる。それから……」
「反撃開始、でしょ?」
私を遮ってウインクを決める鈴音。
いいとこ言われちゃったな……。




