もっと猫を追いかけて
お弁当を作って、家を出たのが8時前。まずは近所の公園に向かっていた。
休日の朝、最近にしては珍しい本格的な遊具があると子供たちに人気な茜第二公園は、今日も小さな子たちで賑わっている。
たどたどしく走ってきた女の子が、私たちの目の前でぽてっと転ぶ。
「大丈夫?」
しゃがんで立ち上がるのに手を貸し、ズボンに付いた砂を払ってやった。大人しくていたが、終わるなり元気に走っていく。
「懐かしいな……鈴音も昔はあんな感じだったね」
あれは5歳くらいだっただろうか、当時からよく鈴音と遊んでいた気がする。あの頃の泣き虫で頼りないイメージがあるから、今でも彼女のことを心配してしまうのかもしれない。人は成長していくというのに。
「楓は楓で変わってないよ。昔からしっかりしてたし」
実はそうでもないのだが、妹がいる分他人の扱いに慣れていたのだろう。
「へぇー、ちゃんと覚えてるんだ?」
「覚えてるよー!」
鈴音が動くたび、髪がぴょこぴょこと揺れる。
「分かってるって。よし、変装するか」
「しようしよう!」
待ちきれない様子の鈴音と、車椅子用のトイレに2人で入り込んだ。
「まぁ変装って言ってもね。私が用意できるものなんて限られてるから」
彼女があまりに期待の眼差しを向けてくるので、一応保険をかけておく。
昨日家中を探し回って見つけ出した物を鈴音に差し出した。
「まずこれ、エクステって言うのかな。鈴音の髪結構黒いから、茶色っぽいのにしたけどよかった?」
「うん、いいよ! どうやって付けるの?」
「やるから後ろ向いて」
これは結んだ部分に入れ込むタイプのようなので、ゴムの回りに巻きつけて固定してから地毛と馴染ませる。
「あ、いいね。どう?」
鈴音は鏡の前でふるふると髪を揺らし確認する。
「すっごーい! 本物みたいじゃん!」
「鈴音さ、髪くるくるしてるから上手くいくか心配だったんだけど、むしろいい感じになったね」
人間、髪の色でこうも印象が変わるのかと驚きながら、続いてラウンド型伊達メガネを渡す。鈴音は顔が小さいからきっと似合うはずだ。
「どう? 頭良さそうに見える?」
ノリノリでウインクをする鈴音。
「なんというか可愛さが勝つ」
「それ、褒めてるの?」
不満だったのか口を尖らせた。
「もちろん」
思いっきり褒めたつもりなのに。そもそも頭良いくせに何の問題があると言うんだ……。
最後にカーディガンを着せて、少し離れて全体を眺めた。
私が見ていることに気づいた鈴音はくるりと華麗にターン、ポーズを決める。
「うん、いい感じ」
やはり可愛いものは可愛いが、普段の鈴音とは雰囲気が大幅に違う。変装の意義はあるだろう。
「楓は? どうするの?」
興味津々の鈴音に見守られ大変やりにくいがせっかくなら私も変装したい。
とはいえ私は鈴音ほど髪が長くないので、同じ型のものは付けられない。今回はカチューシャバージョンを持って来た。
「なにそれ、すごい! そんなのあるんだ」
「あるんだよ…………よし」
ゆるふわロングヘア、か。鏡で見て自分じゃないみたいだ。鈴音はパチパチ手を叩く
「おおー!! 楓、びっくりするくらい可愛いよ!」
そんなに言われると普段可愛くないみたいじゃないか……まぁ否定はできないが。
「そうでしょー、ありがと!」
鈴音風ににっこり笑って見せるが、本人はきょとんと目をぱちぱちさせる。
「……ちょっと、なんか反応してよ。鈴音っぽい感じにしてみたんだけど」
カーディガンに袖を通しながら文句を言うと、
「あぁ、ちょっとびっくりした。ねぇ楓、普段から今みたいに笑ってよ、すっごくいい感じだったよ」
と真面目な顔をする。
「えー。嫌だよ、めんどくさい」
「いいじゃん! 私が頼んでもダメ?」
そういう風に言われると……断れないじゃない。
「考えとく。そろそろ行こ、これから張り込みなんだから」
やり残したことがないかもう一度確かめる。
「そうだねー、楽しいなぁ」
本当に楽しそうに微笑んだ。もう少し緊張感を持ってほしいけど……まぁ、楽しいならそれでいいか。




