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『幸せ』を知った日ーアルヴィン視点ー

マリアナとアルヴィンの出会った日の話です。

年齢設定はマリアナ8歳、アルヴィン10歳です。

 

 マリアナ・シャフツベリーに出会う前の俺の人生はお世辞にもいいとは、いや普通ともいえないようなものだった。 


 貴族の家に生まれたものの本妻の子ではなかった俺は両親や兄弟たち、そして使用人にさえも疎まれた幼少期を過ごし、8歳になった時その身一つで屋敷から追い出された。それからのお嬢に会うまでの2年間は思い出したくもないほどに最悪なものだ。盗みだって平気でやったし俺に害をなすものには躊躇なく暴力をふるった。毎日毎日そんな風にすごして、賑やかな道からたった一歩入っただけの暗い路地裏に座り俺は一生をこんなところで過ごして死ぬんだろうかと取り留めもなく考えていた。俺は顔だけはよかったらしく偶に綺麗な服を着た女たちが声をかけてくることもあったが、俺をみるその目は見下した、まるで犬畜生でもみるような目で吐き気がした。

 路地裏に座る俺の姿は道からだって見えるはずなのに誰一人声をかけることはしない。確かに認識しているはずなのにただそこにあるだけという風に誰も気に留めたりしなかった。別にそれを恨んだことはない。そんなもんだ、と冷めた心で考えていただけで。

・・・お嬢が初めて俺に声をかけてきたときはまたバカな女が声をかけてきたのだと思った。


「ねえ。」


「・・・。」


「ねえ、君のことよ。綺麗な髪と瞳をしたあなたのこと。」


 ああ、またか。俺の見目だけをみた愚かな女。俺が完全に無視を決め込んでいると女は立ち去るかと思ったのに、考え込んだように腕を組みぶつぶつとつぶやき始めた。


「・・もしかして自分の姿を見たことがないのかしら?それは大変だわ!!ちょっと来て!!」


「はあっ!?」


 まじめな顔してなにバカなこと言ってるんだろうと思っていたら、予想外に強い力で路地裏から明るい道へと引っ張り出された。振り払おうと思えばいくらでもできたのに、簡単に明るい場所へ俺を引いてくれたことに驚いてされるがままになってしまう。

 しばらく歩いたと思ったら女は不意にショーウィンドウがガラス張りになった洋服店の前に立ち止まった。


「ほら見て!!」


「は、はあ?」


 ガラスに映っているのはいつもと変わらず薄汚れた俺と、深い新緑のドレスを着た美しい少女だった。複雑に編み込まれた髪は濃い紅色で、透き通ったような黄緑色の瞳は意思の強さをうかがわせる。幼いながらも整った顔立ちに思わず見とれてしまう。


「・・・綺麗だ。」


「そうでしょう?あなたの銀髪はまるで月の輝きのようだし、蒼い瞳は深い海の色のようだわ。・・なんて綺麗なの。」


 つい口に出てしまった言葉が俺に対してのものだと勘違いしたらしい女が、俺に賛辞とともに甘い微笑みをくれる。その綺麗な笑みがそれが本心だと俺に伝えてくれた。綺麗だなんて親にさえも言われたことがなくて、そもそも俺に笑いかけてくれた人なんて初めてで、


・・・俺はその日喜びでも涙が流せるのだと知った。


「っ、」


「どうしたのっ!?どこか痛いの?・・っ胸が苦しいの!?」


 目の前のガラスにガキみたいにぼろぼろと涙を流す俺の姿が映る。女の前で泣くなんてみっともないと思ったが、感情があふれて止めることはできなかった。

 生まれて初めて感じるあったかい感情に胸がいっぱいで、押さえていないと溢れてしまう気がして強く胸の上でこぶしを握り締める。それを見て勘違いしたらしい少女が焦った顔で俺の顔を覗き込んできた。あぁ、俺を、こんな俺を心配してくれるのか。


「っなぁ、」


「っうん、大丈夫?」


「・・・俺は綺麗か?」


 母親に穢れた血だと、見るだけで目が汚れると言われた俺が、


「もちろん綺麗よ!あなたは私が今まで見た人の中でいっとう綺麗!」


「っふ、」


 嬉しくて、もうただ嬉しくてたまらなくて涙が止まらない。泣き続ける俺に少女はおろおろとして周りを見渡して困ったような顔をした。

 いつのまにか俺はほんの少し前に出会ったばかりだというのに、自分のために感情を動かしてくれる彼女のことが愛しくてたまらなくなっていた。誰かが愛しいなんて俺にこんな感情があったのか。自分でも知らなかったようなことを彼女はこの短時間で何個も俺に教えてくれる。


「っおれ、はアルヴィンと、いう。家名も名乗らない、おれを許してくれ。」


 家名を名乗ったらまた汚い俺が現れる気がして、そしてこの綺麗な少女を汚してしまう気がした。


「アルヴィン?アルっていうの?いい名前ね!私はマリアナ・シャフツベリーっていうの。マリアナって呼んでね。」


「マリアナ、」


「ええそうよ、アル!」


 にっこりとほほ笑んでくれる君はなんて美しいのだろう。おこがましいと、分かっている。突拍子のないことだとわかっている。だけど、どうか、どうか、


「ッマリアナ、俺をどうかそばに・・」



・・・俺はもう君から離れられる気がしない。



 俺の言葉にマリアナは驚いたように目を瞬かせた。ちょっと声をかけてみただけの汚れた少年がなにを言い出すのだと思ったのだろう。深く考えることもせずに口を出てしまった懇願だったが、ぱちぱちと瞬きを繰り返す彼女を見て当然断られるのだろうな、と思う。


「・・私と一緒にいてくれるの?」


「え、」


「あぁ、ごめんなさい。やっぱり聞き間違いだったのね。私あなたがそばに居てくれるって言ってくれた気がしたの。」


 違う、そうじゃなくて。・・今彼女は何て言った?


「そばに置いてくれるのか・・?」


「!!、よかった。聞き違いじゃなかったのね。・・ありがとう。嬉しい、アル。」


「お、俺は素性もはっきりしないような奴だぞ?」


「でも悪い人なんかじゃないわ。」


「なんでわかるんだよ!声をかけてくれたのにつけこもうって思ってんのかもしんねぇんだぞ!」


 自分でも何を言ってるんだろうと思う。自分からそばにと言い出したのに、自分からやめておけというようなことを言うなんて。


「でも・・、私があなたにそばに居てほしいって思ったんだもの。」


「!!」


 先に言われちゃったね、と言って恥ずかしそうにマリアナが笑う。大丈夫よお父様は私に甘いから、なんてちょっと誇らしげに言ってまた笑う。

 ・・・なんで、どうして、君は俺がずっと欲しかった言葉をそんなに簡単にくれるんだろう。


「ほら、行きましょう?やることはいっぱいあるのよ?お話だって聞いてもらいたいし、あなたにもお話ししてほしいわ。一緒にいろんなところにお出掛けするのも素敵じゃない?それできれいな景色をいっぱい見て、おいしいものもいっぱい食べるの!ふふ、アルがいればいつもよりいっぱい食べられるわね!・・・あ、でもまずはお風呂に入らないと!」


「・・そんなにいっぱいあるのか。」


「そうよ、ぜーんぶやるまでアルは私のそばにいないとね!・・・大丈夫よ。私がアルヴィンを幸せにするから。」


「・・ありがとう。



 ・・・マリアナ、どうかこの身をずっと君のそばに」


 


 

 たった一人の少女と出会ったその日に俺は人生で欲しかったすべてを手に入れた。嬉しいという感情も、誰かを愛おしいと思う感情も、君といるだけで笑みがあふれるということも、全部君が教えてくれた。君は俺を幸せにすると言ってくれるけど、マリアナと出会ったその日に俺は『幸せ』を知ったんだ。





□■□■□■□


 俺の腕の中にいるマリアナは暖かくて幸せな気持ちになる。さきほどから俺にしがみついて涙を流すマリアナはとても綺麗で愛おしい。


 ・・・いつの間にか俺はマリアナよりも大きくなって、マリアナは昔よりもさらに美しくなった。マリアナを『お嬢』と呼ぶようになったし敬語だって使うようになった。全部が全部昔と変わらないわけではない。

 でも、俺は昔も今もずっと変わらず『幸せ』だ。・・・だから今度は君に返そう。今まで俺のために頑張ってくれた君にこの幸せを返そう。





「お嬢。・・・マリアナ、俺がお前を幸せにするよ。」




 

 汚れた少年はもういないから。君が綺麗だと言ってくれた俺が、君を幸せにしよう。

・・・だから、ずっとずっとこの身を君のそばに。


 

 それだけで、俺はずっと『幸せ』だ。












過去の日常話もまた書いてみようと思います。

ありがとうございました。

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