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五王家が恋愛自由な理由

 あの衝撃の提案をした佐緒里は、頭が働かずに呆然としている俺の前で「ケーキ美味しいわね」と言いながらお茶を堪能。

 しっかりとケーキを食べてから、「考えておいて」と言い残して先に席を帰宅した。

 佐緒里の提案に対して拒絶するという意思はある。

 でも、朱音がうちの事で負担になってしまうのでは? という疑問によって何も言えなかったのだ。

 取り残された俺は迎えの車を呼ばずに電車で自宅へと戻り、真っ直ぐ私室へ。

 制服から着替えもせずに柱に凭れ掛かってぼーっとしている。


「朱音との薔薇色の結婚生活しか考えていなかった……」

 俺の呟きが部屋に広がっていく。


 いつも帰宅すると「遊んで!」とじゃれつくシロだが、俺が凹んでいる様子を感じているようで、俺の前に座り不安げな鳴き声を上げながら待機している。

 大丈夫だと安心させなければならないけど言葉が出てこないため、ただシロの事を優しく撫でるしか出来ない。


 佐緒里の口から出された提案は、俺が全く考えてもいないものだった。

 確かに五王家は人付き合いが多い家のため、年がら年中パーティーの誘いや茶会などの誘いがある。

 国内だけでなく、国外も……


 俺や美智は子供の頃からそれが普通だったけど、朱音はどうだろうか?

 図書館でひっそりと本を読む時間を大切にしている彼女が、華やかな世界に足を踏み入れる。佐緒里の言うように、それが朱音の負担になるかもしれない。


 母に聞いてみようとも思ったが、母は春ノ宮出身。

 五王に並ぶ家だし、箱入りご令嬢だ。

 春ノ宮家の祖母も名家を出ている。


「お祖母様がいたら、教えて貰えたかな……?」

 今は亡き、五王の祖母へと思いをはせる。

 いつも穏やかに微笑んでいた祖母は、家の都合で中学を卒業してすぐに五王の子会社で働き、そこで祖父と出会い結婚した。物静かな性格でよく庭を眺めていたので、朱音と似ているかもしれない。


「なぁ、シロ。朱音は五王家の事をどう思っているんだろうか……?」

 俺の言葉に対して、シロは困ったように鳴く。


 朱音と五王家はとても仲が良い。

 あれ? 俺、誘われていないよね? と、俺が知らない間にうちの家族と朱音が出かけている時もある。

 だから、考えもしなかった。朱音が五王家をどう思っているかなんて。


 朱音に聞いてみたい。でも……-

 俺は鞄からスマホを取り出し操作してディスプレイに朱音の電話番号を表示させる。通話のアイコンをタップすれば、朱音が所有するスマホへと繋いでくれるだろう。

 今は六時半。朱音の塾は七時からなので、家を出たか出ないかくらいかもしれない。

 俺はアイコンをタップしてスマホを耳にあてれば、シロがしゃがみ込んで俺の足に頭を乗せる。

 朱音は数コールで出た。


『もしもし、匠君……?』

 朱音の声を聞き、俺は緊張感に包まれてしまった。

 いつもなら彼女の声を聞くとほっとしているのに。


「朱音。急に電話をしてごめん。もしかして、もう塾か?」

『ううん。塾の近くにあるコンビニだよ。今日、学校で図書委員会があったから、家に立ち寄らずに真っ直ぐ塾に行く予定なの。だから、夕食を買いにコンビニに来ていたんだ』

「そうか」

『匠君。今、お店の中だから……外に出るね』

「ごめん! 夕食を買いに来たのに」

「ううん。私はもう買ったから平気。ちょっとごめんね、一緒に来た子に外に先に出るって断るから」

 一緒に来た子? 塾が一緒の子だろうか。

 俺はあまり気にも留めなかった。だが、次に聞こえてきた台詞に、「え」という言葉が漏れる。


『三浦君、電話するから先に外に行くね』

 誰? 三浦君って。そうつい反射的に聞いてしまいたくなる。


 ちょっと凹んでいるせいか、些細な事が気になって仕方がない。

 今すぐ朱音の元に行って三浦君との仲を確認したくて仕方が無かった。


『匠君、何かあった……?』

 朱音の言葉に、俺はドキッとした。

 なぜ、彼女は察したのだろうか。


『違っていたらごめんね。なんか声音がいつもと違っていたから』

 朱音が気づいてくれたことが嬉しいけど、俺からは事情を説明することが出来ない。内容が内容だから。

 朱音に聞いてみれば、このもやもやした気分が一瞬で消えるだろう。

 だが、俺と朱音は結婚について話をする間柄どころか、まだ付き合ってすらいない。


 どう切り出して朱音に聞こうかと思っていると、スマホ越しに「ごめん、お待たせー!」という明るい少年の声が聞こえてくる。

 三浦君の声だ。さっき聞いたばかりだからはっきりと記憶にあった。

 会計が終わって外に来たのだろう。


「朱音、三浦君が来たようだからそろそろ切るよ」

『でも……』

「朱音が夕食を食べる時間なくなっちゃうからさ。またかけるよ」

『……うん』

「じゃあ、また。帰り道気を付けて。何かあったら連絡してくれ」

 俺は朱音と通話を終えると、スマホを切り溜息を零す。


「五王家は人付き合いが多いから、結婚したら朱音の負担になるかもしれないが良いか? って、聞くに聞けない……!」

 深く項垂れれば、シロが「くぅん」と小さく鳴き身を起き上がらせる。

「大丈夫?」と言いたいのか、俺の頬を舐めたので、俺はシロを抱き締める。

 ふかふかのシロの体に顔を埋めて瞳を閉じた。


 調べなければならないことがある。

 佐緒里がどうしてあんな事を言い出したのか。そして、彼女の彼氏はこのことを知っているのか――


 でも、今は朱音にどう思われるかの方が重要だ。

 拒絶されてしまうかもしれないって思うと怖くて動けない。


 今日は何もしたくないから早く休もうと思っていると、「匠、ちょっと良いか?」という声が障子越しに聞こえてくる。

 お祖父様の声だ。

 俺は「はい」と入室を促す返事をすれば、障子が開かれ祖父が廊下から俺の部屋に足を踏み入れた。


「夕食は不要と聞いたが、体調でも悪いのか……?」

 祖父は畳の上に座ると尋ねてくる。


 食欲がないため、俺は夕食を不要と断っていたので、その件で心配して来てくれたようだ。

 もしかしたら、夕食だけの件ではなく、美智に佐緒里の事を聞いたのかもしれない。


「体調は悪くありません。ただ、ちょっと……」

「わかった」

 やんわりと濁せば、祖父が頷く。

 本当は聞きたい事が多々あるかもしれないが、俺の醸し出している空気を感じてそっとしておいてくれることにしたのだろう。


「私は匠の味方だ。勿論、光貴達も」

「ありがとうございます」

 俺は祖父にお礼を言いながら、ふと祖母の件を聞いてみようと思った。

 祖母はもうこの世にはいないけれども、お祖父様ならもしかしたら俺の気持ちを理解してくれるかもしれないって思ったから。


「お祖父様。少し伺ってもよろしいでしょうか?」

「あぁ、構わない」

「五王家はパーティーなどによく呼ばれたりしますよね。日本だけではなく、外国にも。お祖父様と結婚したばかりのお祖母様は、そのような事に慣れていませんでしたか?」

 突然、俺の口から出た祖母の事に、祖父が目を大きく見開く。

 だが、すぐに表情を引き締め、唇を開いた。


「確かに慣れていなかった」

「お祖母様は朱音と一緒で穏やかな性格です。華やかなパーティーなどの参加は負担になりませんでしたか?」

「なっていたかもしれないな。外国語も覚えなければならなかったし、苦手な部類の人とも接しなければならなかっただろう」

「お祖母様に伺ったことはありますか? 負担にならないかって」

「ある」

「お祖母様はなんと?」

「菊乃は――……」

 俺は祖父の返事を息を呑んで待っていたが、台詞は続く事がなかった。

 なぜなら、祖父が急に顔を真っ赤にしだしたからだ。


 祖父は一体、何を思いだしたのだろうか。


「お祖父様とお祖母様達は新婚時代は、いちゃいちゃだったんですね」

「い、いちゃいちゃっ!?」

「違うんですか?」

「ち、違う。断じて違うっ!」

 祖父は両手で顔を覆い始めてしまう。

 正解だ! って態度で言っていますよ、お祖父様。


「俺、結構真剣に悩んでいるので、教えて欲しいのですが」

「わ、わかっている。その……菊乃は……は、はる、春貴さんにいっぱい甘えるから平気って。いつも守ってくれるから安心しているのって言われたんだ」

 うちが恋愛に関して自由にさせてくれる理由がわかった。

 春ノ宮の祖父達も若かりし頃に家を捨てて駆け落ちしたし。

 リア充な祖父母達だなぁと思った。




 +

 +

 +


(朱音視点)


「匠君、何があったのかな……?」

 等間隔に設置されている街灯が夜道を照らしてくれている。

 塾が終わり家に戻る道程を私は匠君の事を考えて進んでいた。


 きっと何か大きな事があったのかもしれない。

 匠君があの時間に電話くれることが珍しいし、声のトーンもいつもと違って沈んでいた。


 今から匠君の家を訪問するには、とても遅い時間帯。

 電話してみようかな? と思って鞄からスマホを取り出したけれども、私はただ静かに見詰めるだけしか出来なかった。

 詮索していると思われないだろうか? とか、そっとして欲しい時もあるよねなど、色々考えてしまったから……


 匠君はいつも私の味方になってくれているし、何度も彼に助けて貰った。

 だから、私も微力ながら力になりたい。


 ――明日、匠君の様子を見に行ってみようかな。




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