番外編 バレンタイン(春ノ宮家の場合)
今日はバレンタインなので、本編中ですが番外編更新致しました(*^^*)
活動報告やブログでは長いため、こっちに。
「お祖父様、お父様、景に私からバレンタインのチョコをプレゼントよ。今年は初めて手作りしてみたの」
家族が揃っている居間にて。朋佳姉さんが紙袋を掲げながら爆弾発言をしてしまったため、居間にいた祖父母と両親、それから僕が固まってしまう羽目に。
――て、手作りだって?
包丁はおろか調理器具にすら触れたことがない朋佳姉さんが、お菓子づくりなんて考えられない。一体、どんな心境の変化なんだろう。
……というか、口に入れても良いものなのだろうか?
そう思うのは僕だけじゃなかったらしい。
家族全員が危険物でも見るような視線でチョコが入っていると思われる袋を凝視中だ。
「さぁ、お祖父様、お父様、景食べて」
誰一人として紙袋を受け取らないせいか、姉さんは誰もがつい見惚れてしまいそうになる笑みを浮かべる。
そして、自ら紙袋から箱を取り出すとコタツの上へと置いた。
食べるのは強制なのだろうか。バレンタインってそういうものだっけ?
まったりとコタツで寛いでいた家族に緊張感が襲う。
全員、視線を彷徨わせていた。
一体、誰が開けるのだろうか? と首を傾げていると、祖父と父の視線が僕に向けられてしまう。
「ぼ、僕ですかっ!?」
どもった声を上げれば、無言で頷かれてしまった。
「さぁ、景」
姉さんに急かされるようにして、僕が腕を伸ばして箱の蓋を開ける。
てっきり原型をとどめていないようなチョコを想像していたのに、中身は至って普通の抹茶の生チョコだったので、僕は目を大きく見開いてしまう。
すごく美味しそうじゃないか!
「よ、予想外だ。見た目は完璧! 店で売っているような代物だ。てっきり、どろどろしたチョコだと思ったのに」
「あなた!」
皆が心の中で過ぎっただろう台詞を父がつい口にしてしまえば、隣にいた母に諫められてしまう。
「ちゃんとチョコですわよ。さぁ、お祖父様達にフォークと皿を」
姉さんの言葉に、お手伝いさんはフォークとデザート皿をテーブルへと並べてくれた。
祖父、父、僕はフォークを手に取ると、生チョコに向けて腕を伸ばす。
どうしてチョコを食べるだけなのに、こんなにもドキドキと鼓動が高鳴るのだろうか。
見た目は完璧だ。やはり、中身が……?
全く料理もお菓子作りもしたことがない人間がこんなに綺麗に作れるわけがない。こんなにも見た目のレベルが高いなら、店で販売していても問題ないのだから。
僕達のフォークは、生チョコ近くでぴたりと止まる。防御本能だろうか。
祖母や母は瞳を揺らして不安げだし、父達も躊躇っていた。
やっぱり、食べる覚悟がなかなか出来ない。
「あら? どうしたの? 早く食べて。味も美味しいのよ。私、あまりの美味しさに味見が止まらなくなっちゃったくらいなんだから。さすが朱音さんよね」
「朱音さん? 朱音さんに手伝って貰ったのか?」
「えぇ。私と佐弥香で朱音さんに教えて貰って作ったの。私も佐弥香もお菓子作った事がないから、自分達では無理よ」
「「「なら、大丈夫」」」
家族全員がほっと安堵の息を漏らした。
朱音さんが手伝ったのなら、食べられる。僕は安心してフォークで生チョコを刺す。祖父と父もさっきまで躊躇っていたのに、今は僕と同様にフォークでチョコを刺して口元まで運ぶ。
唇を開けて抹茶の生チョコを……と思えば、姉さんがまた衝撃的な発言をしてしまったので、僕達はフォークを止める羽目に。
「実はこれ、ロシアンルーレット方式の抹茶チョコなの」
「「「は?」」」
ぐっと眉間に皺を寄せながら僕達が姉さんを見れば、姉さんはにっこりと微笑んでいる。
「だって、初めての手作りチョコが普通ではおもしろくないわ。だから、ロシアンルーレット方式にしたの」
「普通にしなさいっ!」
「中身は何が入っているんだい? 激辛か?」
引き攣った顔をした父がチョコを見詰めれば、姉さんが「さすがお父様ね」と微笑んでいる。
「え、激辛なんですか。七味とか?」
「甘いな、景。朋佳なら七味の辛さにはしないだろ。ハバネロだ」
「いいえ、父さん。朋佳ですよ? そんなレベルの激辛にするわけがないじゃないですか。ジョロキアです」
「ジョロキア……ハバネロよりも辛いんですよね……ソースも販売していますし。あー、ありそう」
「お父様、正解。ジョロキアのソースを用意したんだけれども、朱音さんに辛さに慣れてない人間では危険だって止められてしまったの。私も朱音さんにお願いされたらねぇ……? だから、今回は激辛なしになったのよ」
「「「朱音さん、天使だ」」」
「だから、激辛から味チェンジして世界一甘いと言われているお菓子を使用して激甘にしたのよ。安心して。生チョコ十二個中に激甘は一個しか入れてないから」
「「「え」」」
僕達は声を漏らすと、各々スマホを取り出して世界一甘い菓子と検索する。
すると、一つの菓子がヒットした。
どうやらそれは国外の菓子でドーナツをシロップに浸した菓子らしい。
缶詰があるのか。
「いや、でも菓子と菓子だからなぁ……食べられるんじゃないか」
「確かに。激辛じゃないだけマシですね」
「そうですね。激辛よりは」
三人で納得して一斉に口に入れれば、僕の口内に今まで感じたことのない甘みが広がる。世界中の甘さを口内に集めたというくらいに甘い。
元々甘味が苦手な僕にとっては、狂気的な甘さだ。
抹茶の苦みを打ち消すかのような甘みに、俺は口を押さえて傍にあったお茶に手を伸ばして一気飲みした。
「こ、こんなに甘いものがあるんですかっ!?」
「すごいわ、景。一発で当たるなんて」
ふふっと笑っている姉さんが悪魔に見える。
「大丈夫か?」と気遣いながらも、どこかほっとしている祖父と父がちょっと恨めしい。
「さぁ、お祖母様とお母様もどうぞ? 景が当たりを引いたので残りは全部抹茶の生チョコですわ」
「決して当たりではないと思うんですが!?」
まだ口の中が甘い。今まで感じたことのないくらいの甘さだ。
甘さにもレベルがあるのを知った。
「朋佳。本当に景が食べたものだけなのね? まだ残っているってことはない?」
「勿論ですわ」
「本当ね?」
母さんは姉さんの瞳をじっと見詰めて、問い詰めるかのような口調で訊ねている。さすがは母さん。慎重派なので、念には念を入れたいのだろう。
まぁ、気持ちはわかる。バレンタインに普通に渡すのはおもしろくないからってロシアンルーレット方式のチョコを渡す人間だから。
「ご安心を。すごく美味しいですよ? ねぇ、お祖父様達」
「あぁ、味はかなり美味だ」
「ほら、大丈夫ですわ。さぁ、お祖母様達もどうぞ」
祖母達もフォークを手に取り、生チョコを食す。
すると二人の疑惑に満ちていた顔が緩み、顔を輝かせる。
「あら、本当に美味しい」
「抹茶のほろ苦さと生チョコの甘さが絶妙にマッチしているわ」
よほど美味しかったのだろう。祖母達は二個目へとフォークを向けている。
「お祖父様達。気が早いかもしれませんが、ホワイトデーに欲しいものがあるのですが、リクエストをしてもよろしいですか?」
「なんでも良いぞ。こんなに美味しいものを朱音さんに手伝って貰いながら、朋佳が作ってくれたんだ」
娘からの初めての手作り菓子をプレゼントされて上機嫌の父は、満面の笑みを浮かべながら言った。すると、姉さんの目が光る。
「暮人っ!」
お祖父様が声を荒げて父を止めたのだが、僕もお祖父様の気持ちがわかる。
これ、絶対に裏があるに決まっているじゃないか。
クリスマスプレゼントに「お父様が某ダンスの完コピをする」「お祖父様の一発芸」をリクエストする朋佳姉さんが、普通のホワイトデーのお返しを要求するなんてありえない。
「お祖父様達の手料理が食べたいわ」
「手料理? なんだ、そんなことか……ん? 達だと?」
お祖父様は何度も瞬きをしている。
「五王家は今年のホワイトデーは五王のお祖父様、光貴叔父様、匠の三人で手料理をするって聞いたの。まぁ、他にもプレゼント用意していると思うけれども。だから、春ノ宮家もそうしましょうよ。去年の榊西祭の五王家VS春ノ宮のリベンジですわ」
「五王家は匠以外、男二人は料理が出来る。こっちはわし以外出来ないじゃないか。そもそも、榊西祭で勝手に争っていたのは美智と朋佳だろうが」
「父さん、私だって料理出来ますよ。やったことはありませんが、自信はあります!」
「暮人。包丁すら握ったことのないのに、どこから根拠のない自信が出てくるんだ……包丁持ったことのない二人を見守りながら料理は恐ろしい……せめてわし一人でやらせてくれ……」
お祖父様が言いながら頭を抱え始めてしまう。
「お祖父さん、料理出来るんですか?」
「若かりし頃にやっていたからな」
手料理を振る舞って貰った覚えがなかったため首を傾げていると、お祖母様が懐かしむような顔を浮かべ笑っている。
お祖母様はお祖父様の手料理を食べた事があるのだろうか。
「ちなみに朋佳姉さん。食べたいモノのリクエストはあるんですか? 手料理なんて僕や父さんは初めてなので難しいのは無理ですよ」
「ふわとろオムライス対決にしようかと思っているの。五王家がオムライス作るから。フォークを入れた時にとろっと卵が割れるやつ。デザート付きね」
「難易度高すぎるだろうがっ!」
お祖父様の絶叫が居間に響き渡ってしまう。
こうして僕達は、今年のホワイトデーに手料理を振る舞うことが強制的に決まった。




