もう決まっているので
「ご、五王さんっ!?」
お父さんは匠君と匠君のお祖父さんの姿を捉えると、仰け反りながら裏返った声を上げる。
まさか匠君達が来るなんて思ってもいなかったのだろう。
「どうして、こんな何もない田舎に……?」
「朱音さんを迎えに来ました。法事も終わったので、連れ帰っても構いませんよね」
「どうぞ、どうぞ」
匠君の有無を言わないくらい強い意志を持った言葉に対して、お父さんは拍子抜けするくらいにあっさりと返事をする。
事情も聞かずに答えたので、私は目を大きく見開いてしまう。
けれども、すぐにお父さんも六条院生の親だということを思い出す。
六条院では家柄が強い。五王は六条院でのトップだ。
何も聞かずに大抵の親ならば従うだろう。
私の友人というよりは、琴音が通う六条院のトップとして匠君を捉えているのだろうなぁと頭に過ぎれば、それが正解とばかりにお父さんの台詞が聞こえてくる。
「今、琴音を呼びますね。お待ちください」
「けっこ――」
「琴音! 琴音! 五王さんがいらっしゃったぞ」
匠君が断る前にお父さんが家の中に向かって大きな声で叫べば、「はぁ!?」という声が届く。
バタバタと足音が近づき、姿を現したのは琴音だった。
「え、嘘。なんで匠先輩が? すっごく田舎が似合わなくて違和感満載ですね」
「朱音を連れ戻しに来ただけだ。仏壇にお参りして朱音とすぐに戻る。朱音のお祖母さんに挨拶がしたいから」
おばあちゃんのことを匠君が気にかけていてくれていたなんて思わなかったため、私は目を大きく見開く。
匠君の気持ちが嬉しくて、私はしがみ付いている手に力を込める。
「……ありがとう」
「いや。お祖母さんは朱音にとって大切な方だったんだろ? なら、俺にとっても大切な人だから当然だ」
きっとおばあちゃんは匠君がそう思ってくれたことを喜んでくれると思う。
「お姉ちゃん、帰るの? ずるいーっ! 私も帰りたい。こんな遊ぶところも何もない田舎嫌だもん。見渡す限り田んぼや畑。すぐ傍には山。動物も出るし」
「えっ……」
「いいよね? お姉ちゃん。匠先輩も良いでしょう?」
「俺が迎えに来たのは朱音だけだ。それに、迎えに来たのは俺だけじゃない。おい!」
匠君が後方に停車している車へと声を掛ければ、車の付近に立っていた一目で護衛とわかる姿をした人が後部座席の扉を開く。
中から降りて来たのは、国枝さんだった。
彼は手にしていた日傘を広げれば、車から長い漆黒の髪を持つ少女が降りる。
ふわりと風を孕んだ髪を靡かせ、まるで地上に降臨した女神のような強さと優しさを含んだ笑みを浮かべ、彼女は「ごきげんよう」と告げた。
「美智さんっ!」
「……うっ」
姉と妹で反応は真逆だった。
私が匠君から身を離せば、「あっ!」という声が匠君から零れる。
白いワンピースを纏った美智さんは、日傘をさして貰いながらこちらにやって来る。
距離が近づくにつれ、琴音がゆっくりと後方に下がりかけたが、「なんの騒ぎだ?」とお祖父さんや伯父さん、いとこ達が玄関から現れてしまったため、琴音が家に戻るのは阻止されてしまう。
「えっ、誰!? すごい美少女なんだけど! 朱音ちゃんのお友達? 私、あんなに綺麗な子みたことない」
「おいおい、マジかよ。なんでこんな田舎に絶世の美少女がいるんだ!」
「芸能人じゃねーの?」
「そうかも。だって、今まで見たことがないくらいに綺麗だし。いかにも高そうな黒塗りの車から出てきたけど、お嬢様なのか。日傘と白いワンピースがすごく似合う」
「なんか、儚そうで守りたい」
「俺もー。繊細そうで守ってあげたくなるよなー」
いとこ達の台詞に匠君と匠君のお祖父さん、それから国枝さんがきょとんとする。
かと思えば、三人一斉に美智さんを見て「儚そう? 繊細そう?」と言いつつ首を傾げている。
「ちょっと! 私の方が断然可愛いでしょ!」
琴音の叫びに気にせず、初めて美智さんを目撃したいとこ達は、頬を染めている。
美智さんがそんないとこ達へと微笑めば、彼らはすっかり魂を奪われたような状態に。
「朱音さんのいとこさん達かしら? 私、朱音さんのお友達なの。朱音さんをよろしくお願いしますね」
「はい!」
いとこだけれども、あまり意見などは合わないが全員声が綺麗に重なった。
「すごいよ、朱音ちゃん。こんな綺麗な子と友達なんて!」
舞子ちゃんはテンション高めになっているけど、気持ちはわかる。
だって、美智さんは本当に綺麗だから。
「朱音さん。私、いても立ってもいられなくて、お兄様と一緒に来ちゃいました。大丈夫ですか?」
美智さんは私の背を優しく撫でると、声を掛けてくれた。
「ごめんなさい。美智さん、今日から春ノ宮家の従妹さん達と旅行の予定だったのに……」
「全然問題ありませんわ。従妹達との旅行はいつでも行けますもの。それに、従妹達は朱音さんに感謝しているんですよ。朱音さんのお蔭で恋愛解禁されたのですから。自由に恋愛することが出来るようになりました。ですから、従姉達も快く了承しておりますの」
「恋愛解禁……私、何もしていませんけれども……?」
「ふふっ。朱音さんのお蔭ですわ。まぁ、お兄様がお祖父様の前で暴走したのがきっかけですが」
「どこが暴走なんだよ?」
「お兄様、いつでも提出できるようにアレを準備しているなんて暴走ですわ……まぁ、今はその話を置いといてこちらが先ですわね」
美智さんは、手にしていた扇子を広げるとお父さん達の方へと顔を向ける。
「朱音、この軟派な男は誰なんだ!? 突然うちに来て無礼じゃないか」
伯父さんが眉間に皺を寄せて一歩前に出れば、匠君の隣に居たふっくらとした男性が遮るように前に出た。
「え、村長?」
伯父さんの間の抜けた声が聞こえる。
「無礼なのはお前の方だ。竜彦! お前の就職の世話をしてやったのに、私の顔に泥を塗るつもりなのか!」
「いや、でも……」
「こちらにおわす御方をどなたと思っているんだ。畏れ多くもこちらにおられる五王家の当主である春貴様の御令孫である匠様と美智様であらせられるぞ」
男性は匠君達へと視線を向けると一礼した。
「初めまして。さきほど紹介して貰った五王匠です。事前連絡も無しの訪問は申し訳ありませんでした。あまりにもあなた方が朱音に対して失礼な発言などがあったようですので。朱音を勝手に強制的に結婚させようとするのをやめて貰えますか? もう決まっていますので」
「強制的に結婚っ!?」
村長さんはお祖父さん達の方へ顔を向けると、頭を片手で抑え出してふらりと足元がおぼつかなくなってしまう。
村長さんがバランスを崩したがすぐに態勢を整え、前を見て目を細めると「この馬鹿者どもがっ!」と大声を張り上げた。
自然豊かな所なので、あまり騒音などが無いためよく響く。
「でも、村長。朱音は琴音と違って何もできないし。うちの村も過疎化だから、この村で結婚して住めばいいだろ。女は大学に進学したって、どうせ結婚するんだから無意味だ」
「その発言は、うちの娘も侮辱しているんだな?」
伯父さんは村長さんの台詞に顔を真っ青にし出す。
村長さんの娘さんと台詞が結びつかず、私が首を傾げていると美智さんがこっそり教えてくれた。
「村長さんの娘さんは、大学で社会学を専攻しているんですって。過疎化で人口がどんどん流出する村をなんとかしたいそうですわ」
私はあまり良い思い出がない村だけれども、ここで生まれ育った人には思い入れも強いものなのかもしれない。
大学で村のために勉強して、将来役に立てようとしているのはとても素晴らしいと思う。
「牧村君。この村は失礼な人達が多いようだな。私が君を支援してきたのは、こんな失礼な人々のためではないのだが。このような現状が起こっていること自体、私にとっては不愉快だ。五王様には私の祖父の代からよくして貰っているというのに、これではうちの面目が立たない。どう落とし前を付けてくれるんだ?」
すらりとした男性が張りつめた空気を出しながら眉間に皺を寄せ、村長さんを見ている。
こちらの方は誰なのだろうか?
なんとなく話や態度から察すると、村長さんよりも力がある人のようだ。
「村の責任は私の責任です。総一郎さんには私からきつく言い聞かせますので」
総一郎とはお祖父ちゃんの名前だ。
「本当に申し訳ありませんでした」
「頼むよ。二度と匠様の大切な方に失礼のないように」
「はい」
村長さんは姿勢を正したが、彼は聞こえてきた台詞にまた頭を抱えてしまった。
「そもそも、五王ってそんなに偉いのか?」
それは伯父さんの声だった。
「兄さん、黙って! 五王という名は日本国内だけではなく、国外でも名を馳せているのよ。こんな田舎じゃ知らないと思うけど、とても強い影響力を持っているんだから。匠様は、五王家の跡取りで琴音の通っている六条院でも生徒会長をなさっているの」
「生徒会なら、うちのも書記だぞ」
「六条院と片田舎の学校を一緒にしないで。制服一着の値段も桁が違うのよ」
お母さんは苛立ち交じりで伯父さんと喧嘩を始めてしまう。
「お兄様の読みが当たりましたね。五王の名はここではあまり知られていませんでしたわ。お祖父様にお願いをして話を付けて貰って良かったです」
「あぁ」
美智さんの言葉に匠君が深く頷いた。
「五王様は日本経済を動かす財閥のお方。政財界に強いパイプを持っている上に、海外にもその影響力を持っている。いいか、村どころかこの県にある主要企業を潰すことすら容易く出来る方なんだ」
「なんでそんな人が朱音と……」
「総一郎さん。あんた、本当にとんでもないことをしてくれたね。まさか、恩を仇で返されるとは」
村長さんがお祖父さんに向かって口を開けば、お祖父ちゃんは視線を彷徨わせる。
「薫子さんが生きてくれていたら、こんなことにはならなかったのに。全く嘆かわしい。匠様の大切な方である朱音様を強制的に結婚させようとしたなんて! いいか、二度目はない。村に居たかったらわかるな?」
薫子さんとは祖母の名だ。
村長さんの地を這うような声に対して、お祖父ちゃんと伯父さん達がビクッと大きく肩を動かす。
小刻みに体を戦慄かせながら、顔を真っ青にしている。
あまり村のことについてはよく知らないけど、おばあちゃんが村では人との付き合いを大切にしなければならないって言っていた。
山で作業をするのに山道を作ったのも昔の村人達だし、山も村の所有だから山道の鍵も各村人達で管理しよそ者が勝手に立ち入り出来ないようにしている。
都会の様に人が多くない分、人との付き合いが密接なのだ。
良い噂も悪い噂もすぐに広まる――