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■第5話「選んでも死ぬ、選ばなくても死ぬ」


 ……正直に言えば、少しだけ後悔していた。


 廃墟ゲーセンの薄暗い店内で、初狩はPCの画面を見つめたまま、小さく息を吐く。


「……確認しておきたいんですが」


 視線を動かさず、初狩は淡々とした口調で続ける。


「手伝うとは言いました。でも、これは——毎回こういうことになるんですか?」


 毎回。

 その言葉が、やけに重く感じられた。


「俺も、よく分からない」

「でしょうね」


 初狩は、少しだけ皮肉めいた笑みを浮かべる。


「まあ……協力する意味はあります。借りもありますし」

「借り?」

「助けてもらいましたから。あとで変な条件を出されるよりは、今のうちに返しておいた方が合理的です」


 あくまで打算的。

 感情ではなく、損得で選んだ——そういう言い方だった。

 それを決定づけるように、彼女はこう付け加える。


「一時的な話ですよ」

「わかってる」


 初狩は目を細めて、念を押すように言う。


「勘違いしないでくださいね。信用したわけじゃありませんから」

「それで十分だ」


 そう答えると、彼女はほんの一瞬だけ、困ったように口元を緩めた。


 少なくとも今は——

 同じ画面を覗き込む理由が、二人にはあった。



**



 選ばなければ死なない。

 ……そんな呪いが、本当に呪いと呼べるだろうか。


 夜中、ベッドに寝転がったまま、俺はスマホの画面を指でなぞる。

 そこに映し出されるのは、今日ゲーセンのPCで撮影した画面の写真だ。


────────────────────────────

差出人:不明

件名:クエストNo.0002『絶死の呪い』

本文:

【ミッション】無限の選択肢を潰せ。

百目に見られた者は、必ず選択を迫られる。


選ばぬ者は、すべての可能性を抱え込む。

抱えきれなくなったとき、選択肢は刃となるだろう。


もちろん、選ばなければ死は訪れない。


しかし、それは思考を蝕む呪いとなるだろう。

────────────────────────────


 廃ゲーセンの古いPCに届いていた、二通目の"ミッションメール"。

 前回のクエストは、初狩を助けることで完了した。送信者不明のまま、"任務完了"の通知だけが届いた。

 今回も同じ差出人。同じ匂い。

 だが内容は、前よりも抽象的で、嫌な引っかかりを残す。


 「無限の選択肢を潰せ」——潰すって、何を?

 「百目」——何が見ている?


 最近、SNSでじわじわ話題になりつつある都市伝説がある。"絶死の呪い"。


 内容は単純だ。

 「AとB、どっちを選ぶ?」——そんなメッセージが、突然誰かから届く。

 どれを選んでも"死"に直結する選択肢がどこかに紛れていて、逃げても次の選択肢が送られてくる。まるで悪質なゲームのチェーンメールだ。


 俺の通う桂明高校では、まだ知る人ぞ知るネタ。Discordの裏チャンネルで数人が騒いでいる程度で、クラスで話題にする奴はほとんどいない。


 くだらない。誰が考えたんだ、こんな幼稚なネタ。


 そう切り捨てようとするのに、胸の奥にかすかなざわつきが残る。

 それはたぶん、都市伝説の内容のせいじゃない。


 "選べなさ"——という言葉が、どこか自分に刺さるからだ。


 何かを選ぶたびに、どこかで何かを失う気がして、一歩が踏み出せない。小学校のあの頃から、ずっと。

 いや——今だって、少しも変われてないのかもしれない。


 ……まあ、今さら悩んだって仕方ない。

 クエストメールの内容と、この都市伝説がどう繋がるのかは、明日から調べればいい。


 そう自分に言い聞かせながら、暇つぶしにDiscordを覗く。



────────────────────────────


[Discord限定サーバー「桂明高校(非公認)」のチャットログ]


チャンネル: #呪いのメッセージ


@呪術研究会 2025/05/15 16:59

【学校裏ネタ】★絶死の呪い★について知ってる人いる? あのAかBか選ばせるメッセージ。


匿名ユーザー21 2025/05/15 17:02

絶死の呪いヤバすぎ AかBどっちか選んだら死ぬってやつ来たわ


匿名ユーザー22 2025/05/15 17:03

つまり、選んだ瞬間に"絶対的な死"の確定ルートがあるってこと? 運ゲーかよ


匿名ユーザー23 2025/05/15 17:05

しかも次は三択になるらしいぞ 選ぶたびに地雷増えていくとかクソゲー。


匿名ユーザー24 2025/05/15 17:07

俺も「昼飯AかB、どっち?」ってメッセ来た 怖くて選べなかった


匿名ユーザー25 2025/05/15 17:09

選んだ瞬間に詰みとかマジ勘弁。選ばないと何も起きないの?


匿名ユーザー26 2025/05/15 17:11

いや、選ばなくても次の選択肢がまた来るってさ


匿名ユーザー27 2025/05/15 17:13

それも無視すりゃいいんじゃね?


匿名ユーザー27 2025/05/15 17:16

右足から動くか、左足から動くかの二択。これを無視できる?


匿名ユーザー27 2025/05/15 17:21

一生動けないじゃん


匿名ユーザー27 2025/05/15 17:25

あのメッセ誰が送ってるんだよ。これいたずらなら本気でやめろや。


匿名ユーザー28 2025/05/15 17:31

一回当たったら抜け出せないってのが本当に呪いっぽいな。


匿名ユーザー29 2025/05/15 17:35

「@nemframe」ってやつから来てるらしいけど、中身誰なんだ?


匿名ユーザー30 2025/05/15 17:39

絶死ルート引いたやつってほんとに死ぬの?


匿名ユーザー31 2025/05/15 17:42

2年前、うちの高校の一年生が消えたって イニシャルは「N・K」


────────────────────────────


 チャットログを読み終えて、スマホを枕元に置く。


 「N・K」——消えた一年生。イニシャルだけが残された存在。

 都市伝説特有の、事実と嘘の境目が曖昧な情報。信じるには根拠が足りないし、笑い飛ばすには少しだけ不気味だった。


 天井を見上げる。暗い部屋に、街灯の光がカーテンの隙間からうっすら差し込んでいる。


 その時、頭の中にいつもの声が響いた。


『ふむ……面白くなりそうじゃな』


 オボロ。

 白い毛並みの妖狐。俺にだけ見えて、俺にだけ聞こえる存在。

 前回のクエストの終わりに突然現れて、『我はお(ぬし)に望まれてここにいる』と名乗った怪異。


 いまだにこいつが何者なのか、正確にはわからない。ただ、人の情報を読み取る力を持っていて、俺に助言をくれるという。気まぐれに、皮肉たっぷりに。


「面白くなりそう、って」

『百目を知っておるか? あれは元来、無数の目で人の行いを見張り、記録する妖怪じゃ。だがのう——"すべてを見る"ということは、"すべての可能性が見えてしまう"ということでもある。見えすぎる者は、動けなくなるのじゃ』

「それが……今回のクエストの怪異だってことか?」

『クエストの名が"絶死の呪い"であることに、偶然はなかろうて。面白そうじゃろ』

「他人事には思えない」

『安心しろ。我はお主の味方じゃぞ。ただ少しばかり、次の展開を楽しみにしているだけじゃ』

「楽しみって……お前にとっては全部ゲームかよ」

『ゲームのように見えるのは、お主がまだ本気になっておらぬからじゃろうて』


 返す言葉が見つからなかった。

 本気——って、何に対して?


 前回のクエストだって、最初は巻き込まれただけだ。初狩を助けたのは、損得勘定の結果であって、正義感なんかじゃない。

 そのはずだった。


 なのに、あの時。

 校舎裏で初狩のスケッチブックが踏みにじられるのを見た瞬間、胸の奥が焼けるように熱くなった。あれは——なんだったんだ。


『お主よ。今宵はもう休め。明日から忙しくなるぞ』

「……なんでそう言い切れるんだよ」

『勘じゃ。妖狐の勘は人間のそれより、少しばかり鋭い』


 オボロの声が、すうっと遠のいていく。

 瞼が重くなる。意識が落ちていく直前に、さっきのDiscordの書き込みがちらつく。


 「N・K」——消えた生徒。


 なぜだろう。

 そのイニシャルが、妙に頭の奥に引っかかる。どこかで見たことがある気がする。でも、それがどこだったか思い出せない。


 ……まあ、気のせいだろう。


 俺はスマホの画面を消して、目を閉じた。



**



 翌日から数日間、俺と初狩は放課後に廃墟ゲーセンへ通う日課を続けていた。


 ゲーセン内での過ごし方は、すでに暗黙のルールができている。俺は格闘ゲームの筐体に向かい、初狩は受付カウンターのPCでデジタルお絵かきに没頭する。会話はほとんどない。


 一緒にいるのに、それぞれの時間を過ごす。

 友達かと聞かれると微妙で、仲間かと聞かれるともっと微妙な、そんな距離感だった。


「ねぇ、高尾クン」


 お絵かきに夢中だった初狩が、ふいに俺に声をかけてくる。


「どした?」

「通信ケーブルもつながってないPCにメールが来ると、大騒ぎしてましたよね?」

「そんなに大げさに騒いでないけど……」


 オカルトじみていると少し興奮した覚えはある。


「デバイスマネージャを確認しましたら、無線機能がついていたみたいですよ」

「え? デスクトップPCなのに?」

「オプションでそういう機能をつけられるマザーボードなのでしょうね」


 恥ずかしい。超常現象だと思っていたのが、単なる確認ミスとは。


「どこのwifi拾ってるんだ?」

「お隣のワクドですよ。フリーWi-Fiが飛んでるんです。……あれ? もしかして気づいてなかったんですか?」


 少し嫌味ったらしい言い方の初狩は、通常営業である。


「PC詳しいな。俺、ノートは持ってるけど自作関係はあんまり」

「中学の時に親にBTOのパソコンを買ってもらったんですよ。調子が悪くなったら自分で直してました。……直さないと絵が描けませんからね」


 苦労しつつも、自分で解決するタイプか。


「まあ、そのパソコンも……去年、取り上げられちゃったんですけどね」

「事情聞いていい?」


 格闘ゲームが勝利に終わったタイミングで彼女に視線を向ける。だが、初狩は恥ずかしそうに視線をそらした。


「うちの父、美大出身で昔は画家を目指してたんですよ。でも挫折しちゃったタイプで、今どきの絵柄にはちょっと偏見があって。わたしが描いてた絵を見られちゃって、そのままパソコンを没収されちゃったんです」

「ひどい話だな」

「本当に……。もし虐待でもされていたら警察にでも相談しようかと思ったくらいですよ」

「でも、しなかったんだろ?」

「だって、父はそれ以外は特に何も言わないんですよ。勉強のこととかも、ぜんぜんうるさくなかったですし」


 初狩が皮肉を込めたように嗤う。


「初狩はこれからどうするんだ? 将来は絵で食っていくのか?」

「あまり考えていません。絵に関してはこのまま隠し通すつもりです。いい隠れ家も見つけましたし」

「俺のおかげだな」

「はいはい、まああなたのおかげなのは確かですけど……だからって、別に信用してるわけじゃないですからね」


 釘を刺される。まあ、信頼関係があるわけじゃないからな。そもそも友達でもない。


「わかってるよ。俺は冷静な観測者だからな」

「観測者、ですか」


 初狩はそこでふいに、こちらを覗き込むように首をかしげた。そしてこう付け足す。


「高尾クンって、そういう立ち位置が好きそうですよね」

「そうか?」

「なんか……絵に描いたような中二病って感じで」


 初狩の見下したような嗤いが心にぐさりと刺さる。


 ……うるさい。



**



 放課後、昇降口で初狩がスマホを差し出してきた。


「高尾クン、見てください。わたしにも"絶死の呪い"来ちゃいました」


 画面には、噂通りの『AかB、どちらを選ぶ?』のメッセージ。Aには"飲み物はお茶"、Bには"飲み物は炭酸ジュース"と書いてある。

 初狩は全く動じていないどころか、どこか面白がっているようだ。


「どうします? AとB、どっち選びます?」

「うーん、どっちもめんどくさいな。放置じゃダメかな」

「既読無視も選択肢の一つですよね。でも都市伝説って、無視したら死ぬってことになりがちですけど」

「……」


 俺は一瞬言葉に詰まりながら、初狩の余裕に感心していた。もし自分だったら、たぶんここまで明るく流せない。


「高尾クン、まさか信じてます?」

「いや、信じてないけど……」

「じゃあ、Aにします。途中のコンビニでお茶買って、何も起きなかったら噂止まりですね」


 彼女はそのままAをタップし、何事もなかったようにスマホをポケットにしまった。


 その横顔がやけに頼もしく見えた。


 俺だったら——選んだあとも、ずっと気にしてしまいそうだ。

 選んだことが正しかったのか、間違っていたのか。別の選択肢を選んでいたらどうなっていたか。

 そんなことをぐるぐると考え続けて、結局どこにも辿り着けない。


 それが俺の——"観測者"のやり方だった。

 見て、考えて、選ばない。

 それが最も安全で、最も損をしない生き方だと、ずっと信じてきた。


 でも最近、少しだけ思う。


 選ばないことが、いつか自分を殺すんじゃないかって。


 ……なんて。

 柄でもないことを考えている場合じゃない。


「高尾クン、行きますよ。ゲーセン」

「ああ」


 初狩の声に引き戻されて、俺は歩き始めた。


 背後で、誰かのスマホが震える音が聞こえた。

 振り返ると、下駄箱の前で同じクラスの安田央人が一人、画面を食い入るように見つめている。

 その顔には、さっきの初狩みたいな余裕はなかった。


 ——青白い顔。

 あの顔色の意味を理解したのは、数日後のことだった



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