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都市伝説は、忘れられた名前に届く  作者: オカノヒカル
第4章【覚り】 さとり
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■第29話「匿名サーバーの"私刑"」


 放課後、俺はゲーセンREXへ直行した。


 教室で眺めていても限界がある。スマホの画面では小さすぎるし、拡大と縮小を繰り返しているだけでは全体像が掴めない。やるなら、でかい画面で並べて見るしかなかった。


 裏口の鉄扉を開けると、カビと埃の混じった匂いがいつも通りに鼻を突く。ポータブル電源のスイッチを入れ、叔父が残した古いデスクトップを立ち上げる。ファンが回り始める音だけが、薄暗い店内に響いた。


「それで、何を並べるんですか」


 初狩《はつかり》が俺の後ろから椅子を引き寄せながら聞く。


「黒板写真。過去の分も全部」


 俺はねむのサーバーの都市伝説フォーラムにログインし、黒板写真が投稿されたスレッドを遡った。篠原《しのはら》慧《けい》。野崎克彦。斉藤佐知子。新島賢人。四枚の画像をダウンロードし、画面上に横並びにする。


 モニターの大きさで見ると、スマホとは印象が違った。暗い音楽室。浮かぶ黒板。白い名前。構図はどれもよく似ている。けれど、並べた瞬間に目につくのは似ているところではなく、ずれているところだった。


「……見ろよ、これ」

「はい」

「窓際の明るさが、一枚ごとに微妙に違う」


 初狩がモニターに顔を寄せた。


「本当ですね。同じ場所、同じ時間帯に撮ったなら、ここまでばらつきませんよね」

「ピアノの輪郭の出方も違う。あと、黒板の表面のざらつきが写真ごとに別物に見える」

「同じ黒板なのに」

「そう。同じはずなのに」


 一枚ずつなら誤差で済む。だが四枚並べると、逆にその誤差が浮き上がってくる。同じ場所を撮った写真ではなく、同じ場所に寄せて作った写真——少し前に感じた違和感が、大画面で見るとさらに濃くなった。


 だが今日の目的は、画像の中身だけじゃない。


「投稿の方を見る」


 俺はフォーラムの書き込み一覧に戻った。黒板写真が最初に投稿された時刻を、三件分並べた。


 篠原慧——午前2時47分。

 野崎克彦——午前2時12分。

 斉藤佐知子——午前3時03分。

 新島賢人——午前2時58分。


「全部深夜か」

「二時から三時台ですね」

「まあ、都市伝説フォーラムなんてそんなもんだけど」


 問題はそこじゃなかった。


 俺はフォーラムの書き込みをさらに遡った。黒板写真そのものではなく、それに言及している投稿を探す。「音楽室の写真見た?」「あれマジ?」「別んとこで回ってきた」——そういう反応の書き込みだ。


 見つけた。


 篠原慧の写真がフォーラムに貼られたのは午前2時47分。だが、午前1時台の書き込みに「さっき別のとこで見た黒板のやつ、まじ?」という投稿がある。


「……これ」

「見えてます」


 初狩の声が少しだけ硬くなった。


「フォーラムに貼られるより前に、画像がどこかにあったってことですね」

「ああ。少なくとも一時間以上前には、別の場所に出回っていた」


 野崎の分も確認する。同じだった。フォーラムへの投稿より前に、「他で見た」という言及がある。斉藤先輩の分は該当する書き込みが見つからなかったが、二件一致すれば十分だ。


 フォーラムが最初の出所じゃない。

 どこか別の場所から、ここへ流し込まれている。


 次に、投稿者アカウントを見た。


 篠原の写真を最初にフォーラムへ貼ったアカウント。投稿履歴を開く。黒板写真の投稿一件のみ。他の書き込みはゼロ。

 野崎の分を貼ったアカウント。別の名前だが、状況は同じ。投稿はその一件だけ。

 斉藤先輩の分も同様だった。


「四件とも、別のアカウント」

「でも全部、投稿履歴がほぼない」

「黒板写真を投げるためだけに作ったような——」

「使い捨てですね」


 初狩が静かに言い切った。


 偶然怪談を拾った人間が、面白いからフォーラムに共有した。そういう動きなら、そのアカウントには他の書き込みもあるはずだ。日常的にフォーラムを使っている人間の投稿履歴が残るはずだ。


 でも、何もない。貼って、終わり。


「これ、共有じゃないな」

「流すことが目的の人、ですね」

「ああ。最初からそのつもりで来てる」


 REXの店内は静かだった。止まった筐体に囲まれて、モニターの光だけが二人の顔を照らしている。


「あと、もうひとつ」


 初狩が画面を指さした。俺ではなく、彼女のほうが先に気づいていた。

 ——ねむが言っていた「ファイルの付き方が妙」というのは、これのことか。


「ファイル名です」

「ファイル名?」

「フォーラムに貼られた画像のファイル名。篠原先輩と野崎先輩と斉藤先輩のは、スクリーンショットの時に自動生成される連番になってます。IMG_とか、Screenshot_とか」

「うん」

「でも新島先輩の分だけ、命名規則が違います」


 俺は新島先輩の画像のプロパティを開いた。ファイル名は英数字の短い文字列で、スクショの自動連番とは明らかに体系が違う。


「これは——」

「元の場所から直接持ってきた画像と、スクショで二次的に保存した画像が混ざってるんだと思います」

「つまり、新島先輩の分だけ元データに近いものがそのまま流れた」

「はい。投稿者が手順を間違えたか、あるいは初期はまだ雑だったか」


 俺はモニターから目を離して、椅子の背もたれに体を預けた。


 見えてきた。


 フォーラムは入口じゃない。どこか別の場所に元画像があって、そこからフォーラムへ流し込まれている。投稿者は使い捨てのアカウントを使い、流すこと自体が目的で動いている。


 だが、その「別の場所」がどこなのかは、フォーラム側の情報だけでは辿れなかった。


「ねむに投げる」


 俺はスマホを取り出した。


『フォーラムの黒板写真、投稿より前に別の場所で画像が存在してた形跡がある』

『投稿者アカウントも使い捨て。流す前提で動いてる』

『元画像があった場所、探せるか』


 送信。

 既読はすぐについた。珍しく起きている。


 返事は数分後に来た。


『やっぱりそうだったか』


 その一文で、ねむがすでに同じ方向を見ていたとわかった。さらに連続で返信が来る。


『こっちも追ってた。少しだけ潜れた』

『別のDiscordサーバーがある。招待制で閉じてる』

『全部は見えてない。チャンネルの一部と、過去ログの断片、添付画像の履歴だけ』


 初狩が俺の画面を覗き込み、小さく息を吐いた。ねむからのメッセージはまだまだ続く。


『桂明高校の関係者が多い気配はあるけど、確証まではない』

『ただ——』

『都市伝説フォーラムに出る前に、そっちに同じ画像があった』


 やはりそうだ。

 俺が投稿タイミングから推測したことを、ねむは実際にその場所を見つけることで裏付けていた。


「見つけたんですね、あの人」


 初狩が言った。声は落ち着いていたが、目が少しだけ鋭くなっている。


「ああ。フォーラムの上流だ」


『過去の被害者の分も同じ場所から出てる?』

『可能性は高い。少なくとも、斉藤佐知子と野崎克彦の画像と同じファイル構造のものがあった』


 俺は画面を見つめたまま、歯の裏側を舌で押した。


 一枚だけじゃない。過去の分も。同じ場所から。


『あと、もうひとつ』


 ねむの文が続く。


『その標的候補のメモに、名前があった』

『新島賢人。斉藤佐知子。野崎克彦。篠原慧』

『向こうは最初から、人を選んでる』


 その一文を読んだ瞬間、背筋の奥に細い寒気が落ちた。


 偶然じゃない。

 怪異でもない。

 誰かが標的を選び、画像を準備し、フォーラムへ流し込んでいる。

 そしてそのあとで、裏垢が潰され、人が変わる。


 これは都市伝説じゃない。

 都市伝説の形をした、もっと別の何かだ。


 俺はモニターに並んだ三枚の画像を見た。暗い音楽室。浮かぶ黒板。白い名前。


 さっきまでは「怪異に見せるために作られた証拠」だと思っていた。

 でも今は、もう一段深い場所が見えている。


 あれは証拠じゃない。

 誰かが選んだ人間に、何かを始めるための——札だ。


「高尾クン」


 初狩が、静かな声で言った。


「まだ見えてないことがあります」

「わかってる」


 閉鎖サーバーの中で、何が行われているのか。標的を選んだあと、どうやって裏垢を特定し、どうやって潰しているのか。そしてそれを、なぜやっているのか。


 ねむが覗けたのは断片だけだ。全体像はまだ見えていない。


 だが、ひとつだけ確かなことがある。


 篠原先輩の名前は、最初からあそこにあった。

 あの人は偶然巻き込まれたんじゃない。選ばれていた。


 REXの店内は暗かった。筐体のガラスにモニターの光が反射して、三枚の黒板写真がぼんやりと映り込んでいる。


 俺はスマホを握り直し、ねむにもう一通だけ送った。


『もっと潜れるか』

『時間はかかる。でも、やる』

『頼む』


 送信してから、モニターへ視線を戻す。


 篠原慧。野崎克彦。斉藤佐知子。


 三つの名前が、暗い画面の上に白く浮いていた。

 それはもう怪談の演出ではなく、誰かの意思で並べられたリストに見えた。


 次にやるべきことは、二つある。


 ねむに閉鎖サーバーの中身をさらに掘ってもらうこと。

 そして——もう一度、篠原先輩に会いに行くこと。


 閉鎖サーバーの存在を知った今、聞くべきことが変わった。前回は「裏垢がありましたよね」で踏み込んだ。次は、もう一段深い場所だ。


 裏垢を、誰かに知られた心当たりがあるか。

 名前が出回る前に、何か不審なことはなかったか。


 あの人自身が、自分に何が起きたのかを最も正確に知っている。

 たとえ本人が、それを言葉にしたがらなくても。


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