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都市伝説は、忘れられた名前に届く  作者: オカノヒカル
第4章【覚り】 さとり
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■第28話「怪異の違和感」


 画像そのものを調べると決めてから、放課後のたびにスマホとにらめっこしていた。だが見れば見るほど、何が引っかかるのかを言語化できなくなっていく。


 放課後、俺は教室の隅でスマホを横向きにしながら、都市伝説フォーラムに貼られたあの写真を睨んでいた。

 夜の音楽室。黒板。白い文字。篠原《しのはら》慧《けい》。


 もう何度も見たはずなのに、慣れない。気味の悪さだけが、毎回同じ重さで胸に落ちてくる。


「高尾クン、顔がよくないです」


 横から初狩《はつかり》が言った。


「画像に負けてる人の顔してます」

「便利な分類作るな」

「でも、そうでしょう?」

「……まあ、そうだけど」


 否定はできなかった。


 俺は画像を拡大した。黒板の面。チョーク文字。窓から差し込んでいるらしい青白い光。譜面台の影。ピアノの輪郭。壁際の備品。


 ぱっと見れば、ちゃんと音楽室だ。しかも、ちゃんと夜の音楽室に見える。

 でも見続けていると、少しずつ気持ち悪くなってくる。


「音楽室っぽいのに、音楽室そのものって感じが薄いんだよな」

「わかります」


 初狩は俺の机の横に立ったまま、画面を覗き込んだ。


「"らしさ"だけがよくできてる感じです」

「そう。それ」


 言いたかったのはそれだ。


 音楽室らしい。夜らしい。怪異の証拠らしい。

 全部、らしい。

 なのにひとつひとつを見ると、落ち着かない。


 黒板の反射が妙だった。写真全体は暗くてざらついているのに、文字の周辺だけ妙に読める。窓の明かりも差し込み方は自然っぽいのに、どこから来ている光なのか一瞬迷う。譜面台やピアノの位置はそれらしく置かれている。でも「前に見た音楽室の記憶」ときれいに重なるほどではない。


 作られた現場写真。


 その言葉が頭をよぎった。


 現場を撮った写真じゃない。現場に見えるように作られた写真。


「……一瞬だけ現物を作ったのか」

「現物?」

「撮るための現場。跡を残すためじゃなくて、シャッターを切る数秒だけ、それっぽく見せるとか」

「なるほど。わりと嫌な発想ですね」

「褒めてないよな、それ」

「まったく」


 初狩は平然としている。


 俺はもう一度画像を縮小してから、過去の写真も並べて開いた。昼休みにねむが投げてきた過去分の画像。斉藤佐知子。野崎克彦。新島賢人。どれも構図は似ている。暗い音楽室、浮かぶ黒板、中央の白い名前。


 でも、細部が少しずつ違う。


 同じ場所を撮ったはずなのに、窓際の明るさが微妙にずれている。ピアノの輪郭の出方が違う。黒板の表面のざらつきが、写真ごとに少しだけ別物に見える。


 一枚ずつなら誤差で済む。並べると、逆に気になる。


「同じ場所を同じ構図で撮ってるのに、揺れ方が変なんだよ」

「撮ったというより、寄せた感じですか」

「……かもしれない」


 俺は篠原先輩の名前の部分をさらに拡大した。


 線が均一すぎる。チョーク特有のかすれがあるようで、ない。黒板に馴染んでいるようで、少しだけ浮いている。

 ここだけ別に乗せた——とまでは断定できない。でも、自然にそこにあった文字を見る時の感覚とは違う。


 文字だけが「読めてしまう」ように、出来すぎていた。


「写真全体は暗いのに、名前だけ読ませる気が強い」


 俺が言うと、初狩は小さく頷いた。


「怪談の証拠写真って、本来もっと不親切なものですからね」

「普通はよく見えないよな」

「はい。見えすぎる証拠は、それはそれで嘘っぽいんです」


 見えすぎる証拠。

 その言葉が、妙に残った。


 今まで俺たちは、写真が本物か偽物かで考えようとしていた。でもそこだけでは足りないのかもしれない。


 本物の写真か。加工か。生成AIか。あるいは、その混ぜ物か。

 問題はそこじゃなくて——この画像が何のために、どう見せるように作られているのか。


 生徒達はこの噂を面白がって「黒板のらしさ様」と呼ぶ。名前を書かれた人間がおかしくなる——そのとき剥がれるのは、その人の"らしさ"だ。


 そこまで考えて、ふいにクエスト名が引っかかった。


 覚——さとり。人の心を読む妖怪。相手が何を考えているかを見抜く化け物。

 だが、この事件で暴かれているのは「心の中身」じゃない。暴かれているのは——"自分らしさ"という仮面そのものの正体だ。

 覚が見抜くのは心じゃなくて、「自分はこういう人間だ」と信じている幻想のほうなのかもしれない。


 その時、スマホが震えた。


 ねむだった。


『やっと起きた』

『今日は遅いな』


 俺は呆れながら返答した。


『訂正する。肉体は起きてたけど、知性が寝てた』

『大差ないだろ』

『違うよ。後者のほうが深刻』


 いつも通りで、逆にちょっと腹が立つ。この空気の中でそのテンションを持ってこられると苛つく。


 だが、次に来た文で、そんなものはどうでもよくなった。


『都市伝説フォーラムに貼られてた画像、元っぽいもの見つけた』


 指が止まった。


『は?』

『同じ画像。スクショのスクショじゃなくて、もっと元に近いやつ』

『どこで?』


 すぐに返すと、ねむは間を置かずに打ち返してきた。


『別のDiscordサーバー』

『招待制』

『中は見た』

『どうやって、までは聞かないで』

『今ほしいのは方法じゃなくて、都市伝説フォーラムに出る前に、そっちに画像があったって事実でしょ』


 初狩が俺の顔を見て、「来ましたか」と言う。その言い方も腹立たしいが、今は助かる。


『ねむのサーバーじゃないのか』

『違う』

『少なくとも、都市伝説フォーラムに最初に投げられた場所ではない』

『その前段がある』


 前段。

 その二文字だけで、胸の奥にひやりとしたものが落ちた。


 俺はすぐに返した。


『どんなサーバーだ』

『招待制の閉じたところ』

『桂明高校の関係者が多い。そこはほぼ確実』

『都市伝説フォーラムに出る前に、そっちに画像があった』


 初狩が俺の画面を覗き込み、ほんの少しだけ表情を動かした。


「それは——」

「ああ」

「嫌ですね」

「最悪だ」


 都市伝説フォーラムに誰かが偶然持ち込んだ怪談の証拠——そういうものじゃない。


 先にどこか別の場所で画像があって、そのあとで、みんなが見る場所へ投げられている。

 つまり少なくとも、"流す"意思がある。


 俺はねむに追い打ちで打ち込む。


『元画像、加工の痕跡とかわかるか。Exifとか、生成AIの署名とか、メタデータ周りも全部見てほしい』

『言われなくても見てる。ただ、露骨なものはまだ出ない』

『でも、ファイルの付き方と投稿のされ方がちょっと妙』

『妙?』

『怪談を拾った人の投稿というより——』

『流す前提で置かれた感じがある』


 その文を読んだ瞬間、さっきまで見ていた画像が別のものに見え始めた。


 夜の音楽室。黒板。白い文字。


 あれは、誰かが見つけた証拠じゃない。

 見つけさせるために、置かれたものだ。


 俺は過去の画像へ戻った。斉藤佐知子。野崎克彦。新島賢人。篠原慧。名前だけが違う。でもやっていることは同じだ。


「高尾クン」


 初狩が静かに言う。


「これ、現場写真じゃないのかもしれませんね」

「……ああ」


 言いながら、自分の中で何かが噛み合っていくのがわかった。


 誰も現物を見ていない。でも写真だけはある。しかもその写真は、怪異としてちょうどよく出来ている。夜の音楽室らしくて、気味が悪くて、名前だけは読める。


 本当に起きたことを撮ったからじゃない。

 怪異に見せるための証拠として、必要な形をしている。


 だったら、あれは記録じゃない。


「証拠を作ってるのか——」


 思わず口から漏れた。


 初狩が「はい?」と聞き返す。俺は画面を見たまま続けた。


「現場を撮った証拠じゃなくて、怪異があったと信じさせるための証拠そのものを作ってる」

「……」

「夜の音楽室で何かが起きた、じゃない。夜の音楽室で何かが起きたように見える一枚を、先に流してる」


 喋っているうちに、自分の声が少しずつ冷えていくのがわかった。


 篠原先輩はあの画像のあとで変わった。斉藤先輩も野崎先輩も新島先輩もそうだった。なら順番はもう見えている。


 何かが起きたから写真が出るんじゃない。

 写真が出ることで、何かが始まる。


 その時、ねむからまたメッセージが来た。


『元画像が置かれていたサーバー、過去の分も同じ場所から出てるかもしれない』


 心臓が一度だけ強く打った。


 一枚だけじゃない。過去の分も。同じ場所から。


 都市伝説フォーラムは、怪談が自然に集まる場所じゃなくて——誰かが怪談を流し込む、出口なのかもしれない。


 教室の窓の外では、夕方の光が校舎の壁を斜めに染めていた。どこにも怪異なんて見えない。でもスマホの画面の中だけは、確かに何かが仕組まれている匂いがした。


 俺は保存した画像をもう一度開いた。


 暗い音楽室。浮くような黒板。白い名前。

 篠原慧。


 その一枚は、もう呪いの証拠には見えなかった。


 もっとたちの悪い——

 呪いの始発点に見えた。



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