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まだ早い

玉楼が方天画戟を持ってから、隣を走る圧が明らかに増した。

「三娘ォ、相棒が強くなった感想は?」

「何その雑なインタビュー!」

孫二娘が馬上で肩をすくめる。

「潤州の時より間合いが広いし、敵が近寄る前からビビってるねェ。周りの兵まで動きが変わってるよォ」

「戦場で分析始めないで!」

顧大嫂まで玉楼の得物を眺めて笑った。

「三娘、もう横で応援してりゃいいんじゃないかい?」

「アタシも戦うから!」

玉楼は何も言わず、方天画戟を軽く持ち直した。

「ほらァ、本人も否定しないよォ」

「玉楼!?」

返事の代わりに、城門の向こうで太鼓が鳴った。

宣州軍の騎馬が、こちらへ雪崩れ出してくる。

……漫才してる場合じゃない。

しかも、その戦で――また、梁山泊から三人いなくなる。

城門前の乱戦は、完全に押し潰し合いになっていた。

宣州軍は城門を背にして踏ん張り、二路軍はそこへ正面からぶつかっている。

人と馬が押し合う狭間を槍が突き抜け、倒れた兵を避ける余裕さえない。

アタシも日月双刀を振るいながら、どうにか馬を前へ進めていた。

「玉楼、右!」

「承知いたしました!」

返事と同時に、隣から方天画戟が伸びる。

敵兵の槍を刃で受けたかと思えば、柄を返して別の兵の胸元を打ち、その勢いのまま横へ薙いだ。

三人まとめて押し倒されたのを見て、アタシは思わず叫ぶ。

「ちょっと待って! それ槍より範囲広くない!?」

「方天画戟でございますので」

「説明になってない!」

潤州では槍を持っていた女とは思えない。

いや、本人にしてみれば久しぶりなだけなのだ。

身体が覚えているというのは本当らしく、長い柄を持て余すどころか、敵との距離に合わせて握る位置まで変えている。

「三娘様、前を!」

「見てる!」

目の前へ突き出された槍を双刀で挟み、そのまま外へ払った。

こっちだって相棒に見惚れて死ぬつもりはない。

少し離れた場所では、曹正が朴刀を振るっていた。

「押せェッ! 門から離すなァ!」

鎧まで血で汚しながら、前列が崩れないよう兵を怒鳴りつけている。

突き込まれた槍を朴刀で払い、空いたところへ自分から身体を入れて押し返した。

その時、城壁の上で弓兵が一斉に動き、弦を引き絞る音が重なった。

「曹正! 上!」

アタシが叫んだ時には、矢が放たれていた。

曹正は一射目を朴刀で弾いた。

二射目も身体を捻ってかわす。

けれど、前には敵兵がいて、後ろには味方がいる。

逃げる場所がない。

続けて放たれた矢の一本が胸へ入り、もう一本が脇腹へ突き刺さった。

曹正の動きが止まる。

それでも朴刀は手放さなかった。

「曹正、下がれ!」

近くの兵が腕を掴もうとする。

「馬鹿、前見ろ!」

曹正はその手を振り払い、最後に一度だけ朴刀を振った。

曹正の一撃に敵兵が下がったところへ、城壁からさらに矢が飛んだ。

額へ矢を受けた曹正は、今度こそ前へ崩れた。

「曹正――ッ!!」

誰かの叫びが聞こえ、アタシも振り返りそうになった。

だが、その隙を狙って敵の槍が突き込まれる。

双刀で受けた衝撃に、馬が半歩下がった。

「三娘様!」

方天画戟の柄が横から入り、敵兵を押し飛ばす。

玉楼がこっちを見た。

「今は、前を」

分かっている。

それでも、曹正が倒れた場所へ視線が引かれそうになる。

その穴を埋めるように鄭天寿も前へ出ていた。

「曹正のところを空けるな!」

槍を構え、崩れかけた列を立て直そうとする。

城壁の弓兵も、それを見逃さない。

「また来る!」

今度は梁山泊側も盾を上げた。

矢が盾へ突き刺さり、何本かは地面へ落ちる。

それでも全部は防げなかった。

鄭天寿は隣の兵を押し退けるようにして一歩出た。

その瞬間、胸へ矢を受け、槍を地面へ突いて踏み止まる。

しかし、次の矢が肩へ入り、その直後に喉元を射抜かれた。

声も出なかった。

鄭天寿は槍へ縋るように身体を傾け、そのまま兵の間へ沈んでいった。

曹正に続いて鄭天寿まで倒れたところへ、水門側から兵が駆け込んできた。

「王定六様が討たれました!」

今度こそ振り向くと、水門近くの通路に人が集まっている。

王定六は伝令へ走っている途中、城壁から狙われたらしい。

小柄で足の速いあの男が、今は地面へ伏したまま動かない。

背から入った矢が、胸側まで抜けていた。

三人。

また減った。

「三娘様!」

玉楼の声で我に返る。

目の前にはまだ敵がいる以上、悲しむのは後だ。

今ここで止まれば、死んだ三人の前へさらに味方が積み重なる。

「前、行くよ!」

「はい!」

アタシが馬を蹴ると、玉楼も並んだ。

林冲の蛇矛が前方で大きく振られ、宣州軍の列が崩れる。

そこへ盧俊義が兵を押し込み、城門前の圧力が一気に増した。

「押し込めェッ!」

味方の声が重なる。

敵の前列が下がった。

その一瞬を、玉楼が見逃さない。

方天画戟を低く構え、敵兵の槍をまとめて絡め取るように外へ払う。

空いた場所へアタシが馬を入れ、双刀を振った。

「行ける!」

「そのまま参りましょう!」

アタシが開けたところへ玉楼が入り、玉楼が崩したところへアタシが飛び込む。

気づけば、それを繰り返していた。

やがて敵兵の一人が後ろへ転び、その巻き添えで数人が崩れた。

その崩れが周囲へ広がり、宣州軍の列に人一人分の穴が開く。

「道が開いたぞォッ!!」

叫びと同時に二路軍が雪崩れ込んだ。

城門を抜けた先でも戦いは続いたが、外とは違って宣州軍の動きが揃っていない。

狭い道から兵が飛び出し、屋根の上から矢を射る者もいるが、指揮が追いついていなかった。

さらに水門側から大きな喊声が上がる。

李俊達だ。

「入った!」

アタシが声を上げる。

宣州軍の何人かが水門側を振り返った。

その顔を見れば分かる。

挟まれたことに気づいた。

「玉楼!」

「はい!」

そこからは早かった。

林冲隊が正面から押し込み、水門側から入った兵が横を取る。

逃げ道を失った宣州軍は徐々に武器を捨て始めた。

日が傾く頃には、宣州城の抵抗もほとんど消えていた。

勝った。

けれど、城門の外へ戻れば曹正も鄭天寿も起き上がらない。

王定六もだ。

宣州城が落ちた頃には、もう夜が近かった。

負傷兵を運ぶ声が城内を行き交い、焼けた家屋ではまだ火の始末が続いている。

兵達も腰を下ろし始めていたが、鎧を外したまま放心している者が少なくなかった。

アタシが崩れた城壁の近くへ座ると、玉楼も隣へ腰を下ろした。

しばらく二人とも何も言わない。

戦は終わったのに耳の奥にはまだ剣戟の音が残り、身体の方が終わったことを認めていないみたいだった。

水路側から足音が近づいてくる。

李俊だった。

服には煤と血が付き、髪も濡れたままだったが、自分の足で歩いている。

また確認してしまった。

生きてる。

李俊はアタシの横へ腰を下ろした。

「……何だ?」

「何でもない」

「見ただろ?」

「生存確認」

「好きだな、それ」

「必要なの!」

玉楼が横で僅かに笑った。

李俊もそれ以上は追及せず、水陽江の方を見る。

しばらくして、ぽつりと言った。

「……随分減ったな」

今度は、何も返せなかった。

李俊も答えを求めていなかったらしい。

水路の近くには、まだ運ばれていない死体が並んでいる。

そこに、もう話しかけられない顔が増えていた。

数日後、二路軍は宣州で再編に入った。

負傷して進めない者を残し、兵を組み直し、減った隊の穴を埋めていく。

夜の軍議では朱武が地図を広げた。

「次は湖州方面へ進みます」

誰も驚かなかった。

宣州を落としたのだから次があることは分かっている。

それでも地図の先を見ると、胃の奥が重くなった。

軍議が終わって幕舎へ戻ると、中から酒の匂いがした。

「……何でいるの?」

卓へ肘をついていた孫二娘が、当然のように酒瓶を掲げる。

「三娘ォの心理状態を観察しに来たんだよォ」

「酒持って!?」

「適量なら緊張を――」

「絶対いま後付けしたでしょ!」

顧大嫂まで干し肉を噛みながら座っている。

「細かいこと言うんじゃないよ。二娘が酒飲みに来て、アタシがついてきただけさ」

「正直!」

玉楼は何も言わず、方天画戟を端へ置いた。

それを見た孫二娘が眉を上げる。

「もう完全に自分の物みたいになってるねェ」

「お借りしているだけでございます」

「玉楼、それで『借りてる』は無理あるって。宣州で何人吹っ飛ばしたと思ってるの?」

「数えておりません」

「数えなくていい!」

顧大嫂が声を上げて笑ったが、それも長くは続かなかった。

誰も口にはしなかったが、曹正も鄭天寿も王定六も、もうこの宿営地へ戻ってこないことだけは分かっていた。

孫二娘が酒を一口飲んでから、さっきまでとは違う顔でこちらを見た。

「三娘ォ」

「何?」

「眠れそうかい?」

少し考えた。

「……分かんない」

「なら、眠れないことまで気にしなくていいよォ。あれだけの戦の後なら、しばらく神経が昂ぶることはあるからねェ」

「仕事してる」

「だから来たんだよォ」

酒を飲みに来ただけじゃなかったらしい。

顧大嫂が鼻で笑う。

「最初からそう言えば格好つくのにねぇ」

「アタイは格好いい女なんだよォ」

「自分で言う?」

「独身のお姐さんは自己肯定感が大事なのさァ」

「そこに独身関係ある!?」

久しぶりに笑った。

ほんの少しだけだったけれど、それでも胸の重さが動いた気がした。

やがて孫二娘が酒瓶を置く。

「そういや三娘ォ」

「今度は何?」

「紅玉は何で置いてきた?」

手が止まった。

玉楼もこちらを見たが、顧大嫂は何も言わない。

アタシは少し間を置いてから答えた。

「瓊英の護衛役よ」

「それだけ?」

孫二娘は笑っていなかった。

宣州での戦が頭に浮かぶ。

曹正が倒れ、鄭天寿が矢に喉を射抜かれ、伝令へ走った王定六まで帰ってこなかった。

アタシは盃を置いた。

まだ早い。

こんな場所へ連れて来るには――

戦が終わってから、三娘様は何度も李俊殿をご覧になっておりました。

「三娘ォ、また見てるねェ」

「見てない!」

顧大嫂殿が干し肉を噛みながら笑います。

「さっき生存確認したばっかりだろ?」

「確認は何回してもいいの!」

「反復確認で一時的に不安が下がることはあるけどねェ」

「恋愛を心理学で診断しないで!」

わたくしが黙っていると、三娘様はこちらを見ました。

「玉楼も何か言ってよ!」

「李俊殿はご無事でございます」

「そういうことじゃない!」

しかし、孫二娘殿が「紅玉」と口にした途端、三娘様の手が止まりました。

あれは、ただ護衛役を任せた者の顔ではございません。

三娘様は、紅玉を戦場へ連れて来なかった理由を、まだ口になさっておりませんでした。

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