表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
85/103

灼熱の重圧

「……今度は、“本物”が出て来たって顔してるねぇ」

孫二娘が、鍋を混ぜながら呟く。

顧大嫂が酒を煽った。

「若いの倒したら、兄貴が出て来たんだろ?」

外では、まだ独松関の銅鑼が鳴っていた。

低くて重い……

腹の底へ響く嫌な音だった。

孫二娘が、鍋の湯気を見つめる。

「で?」

「厲天祐はどうだったんだい」

「真っ直ぐだったねぇ」

顧大嫂が鼻を鳴らした。

「勢いだけで押し潰しに来る若武者って感じさ」

「嫌いじゃないんだけどねぇ、ああいうの」

「分かりやすいからね」

二人とも、小さく笑う。

アタシは、少しだけ肩を竦めた。

「でも、やりにくかったわよ」

「一本道で、広くないし」

「独松関は、そればっかだねぇ」

孫二娘が苦笑する。

「“強い奴を、真正面でぶつける”為の場所」

顧大嫂も、焚き火を見たまま頷いた。

「しかも、逃げ場が無い」

風が吹く。

でも、熱いままだった。

鍋の湯気が、ゆっくり揺れる。

その時――

孫二娘が、ニヤつきながらアタシを見る。

「で?」

「玉楼と、息ピッタリだったんだって?」

「うるさい」

「脇腹掠めた瞬間、アンタ踏み込んだんだろ?」

顧大嫂まで笑い始めた。

「随分、阿吽だったらしいじゃないか」

「たまたまよ!」

即答した瞬間、 二人が吹き出す。

でも、その笑いは、すぐ次の言葉で止まった。

「……で、厲天閏が出て来た」

顧大嫂の声が、少し低くなる。

アタシは黙った。

熱気の向こう。

黒い明光鎧。

長槍。

静かな目。

思い出しただけで、少し背筋が凍りつく……

孫二娘も、笑いを消して呟いた。

「厲天祐とは違う顔だったんだろ?」

「違った」

即答してしまった……

「“怒って前へ出る”じゃない」「最初から、“どこで押せば潰せるか”分かってる顔だった」

少し沈黙が流れる。

遠くで、また銅鑼が鳴った。

低い音が、 夜の山をゆっくり転がっていく。

顧大嫂が、焚き火を見たまま呟く。

「……独松関、本当に嫌な山だねぇ」

「熱くなった方から、呑まれてく」

誰も、すぐには喋らなかった。

夜なのに、 山の熱だけが、 まだ全然冷えていない気がした。

「梁山泊覚悟ッ!!」

厲天祐の怒声が、山道へ響き渡る。

次の瞬間、そのまま馬を蹴った。

速い。

灼熱の一本道を、真っ直ぐ突っ込んでくる。

長槍が、熱気を裂いた。

「来るわよ!」

アタシは、双刀を抜きながら馬を前へ出す。

でも、広がれない。

一本道だ。

横へ回る余裕が無い。

厲天祐は、そのまま真正面から槍を突き込んできた。

重い。

火花が散る。

受けた腕へ衝撃が走った。

「ッ……!」

そのまま、馬同士がぶつかりそうになる。

後ろでは、梁山泊兵と独松関兵が既に押し合い始めていた。

狭い山道へ、人が詰まっていく。

止まれば潰れる。

だから、前へ出続けるしかない。

厲天祐が、さらに槍を振るう。

若いからか、勢いがある。

「死ねェッ!」

怒号と共に、槍が真横から薙ぎ払われた。

アタシは、双刀で受け流す。

でも、狭い一本道のせいで、間合いが取りづらい。

「やりにくいッ……!」

思わず吐き捨てた瞬間――

横から、玉楼の槍が滑り込んだ。

厲天祐が、咄嗟に身体を捻る。

穂先が鎧を掠めた。

その瞬間、アタシは前へ踏み込む。

双刀が、熱気を裂いた。


厲天祐が、すぐ槍を引き戻す。

火花が散る。

狭い一本道の上で、刃と槍が何度もぶつかり合った。

「チィッ!」

厲天祐が舌打ちする。

若いわね…

典型的な猪武者……

そのまま力任せに槍を押し込んできた。

後ろでは、独松関兵達が気勢を上げている。

梁山泊側も押し返そうと前へ出る。

でも、広がれない。

人と馬が詰まり、熱気がこもる。

汗が、目へ入った。

「痛ッ……!」

アタシは、双刀で槍を外へ払う。

その瞬間、玉楼の槍が再び横から伸びた。

今度は深い。

穂先が、厲天祐の脇腹を掠める。

「ぐッ!?」

厲天祐の顔が歪んだ。

でも、その目はまだ死んでいない。

「この程度でェッ!!」

怒鳴りながら、さらに前へ出てくる。

勢いだけなら、本当に凄かった。

その時だった。

後ろから、林冲の声が飛ぶ。

「押し込み過ぎるな!」

梁山泊兵達が、わずかに動きを止める。

厲天祐も、一瞬だけ視線を動かした。

その隙だった。

玉楼の槍が、低く滑り込む。

狭い山道。

逃げ場の無い熱気の中で、穂先が真っ直ぐ厲天祐の首へ迫った。


穂先が、熱気を裂いた。

厲天祐が、咄嗟に身体を逸らそうとする。

でも、間に合わない。

馬同士がぶつかり合い、後ろでは兵達まで押し合っている。

逃げ場が無い。

「ッ――!」

玉楼の穂先が、そのまま厲天祐の首を貫いた。

鈍い感触が、空気へ響く。

若武者の身体が、大きく揺れた。

目が見開かれる。

でも、声は出なかった。

槍を握ったまま、馬上から崩れ落ちる。

「御舎弟様ァッ!!」

敵兵の悲鳴が響いた。

その瞬間、山道の空気が乱れる。

アタシは、すぐ双刀を振るった。

前へ出ていた敵兵の槍を払う。

そのまま、肩口を斬り裂いた。

「押せェ!」

梁山泊側も、一気に前へ出る。

でも、城壁の上では、銅鑼が激しく鳴り始めていた。

怒号が飛ぶ。

独松関兵達の顔色が変わっている。

ただの敗走じゃない。

空気が、怒りへ変わり始めていた。

熱気の向こう。

独松関の城壁上で、一人の長身の将が立ち上がる。

その視線は、真っ直ぐこちらを見ていた。


熱気の向こう。

独松関の城壁上で、長身の将がゆっくり前へ出る。

黒い明光鎧。

長槍を持ったまま、城壁の縁へ立っていた。

周囲の兵達が、一斉に道を開ける。

空気が変わる。

さっきまでの怒号とは違う。

もっと重い。

押し潰してくるみたいな静けさだった。

「……あれが」

張清が、小さく呟く。

「厲天閏か」

その名が出た瞬間、敵達がさらに気勢を上げた。

「厲将軍!」

「御舎弟様の仇を!」

怒声が響く。

でも、厲天閏本人は叫ばない。

ただ、城壁の上からこちらを見下ろしていた。

その視線が止まる。

アタシと――玉楼の上で。

背筋が、少し冷えた。

玉楼も、それに気付いたらしい。

槍を握る手に、わずかに力が入る。

その時だった。

厲天閏が、ゆっくり槍を持ち上げる。

次の瞬間、独松関側の銅鑼が一斉に鳴り響いた。

「放てェッ!!」

怒号。

その直後――

城壁の上から、無数の矢が降り注いだ。


矢が、雨みたいに降ってきた。

「盾を上げろォ!」

梁山泊側の怒号が飛ぶ。

でも、狭い。

前へ出た兵達が、次々に山道で詰まり始める。

盾へ矢が突き刺さる音が重なった。

「ぐあッ!」

悲鳴――

城壁の上からは、さらに矢が放たれている。

熱気の中で、白い矢羽根が何本も揺れた。

アタシは、双刀で飛んできた矢を弾く。

でも、数が多い。

「下がって下さい!」

玉楼が、すぐ隣で叫ぶ。

その瞬間、前方の梁山泊兵が崩れた。

矢を受けた兵が、狭い山道へ倒れ込む。

後ろの兵までつまずいた。

一本道が、また詰まり始める。

「チッ……!」

アタシは馬を引いた。

厲天閏は、まだ城壁の上からこちらを見ている。

動かない。

でも、その視線だけで空気が重かった。

まるで、

“逃がさない”

とでも言われているみたいだった。

その時――

城壁の上で、再び銅鑼が鳴る。

次の瞬間、敵兵達が、一斉に鬨の声を上げた。

「押し返せェッ!!」

怒号と共に、城門が再び開き始める。


城門が、重い音を立てながら開いていく。

その奥から、敵兵が一気に雪崩れ込んできた。

「生かして帰すなッ!!」

怒号が、山道へ響く。

先頭の兵達の士気は高い。

厲天祐を討たれた怒りもある。

しかも、後ろには厲天閏が立っている。

独松関側の空気が、さっきまでと明らかに違っていた。

「来るッ!」

アタシは、双刀を構え直す。

後ろでは、梁山泊兵が身構えている。

そこへ、敵兵が真正面から押し込んできた。

盾にぶつかる。

槍が突き出される。

悲鳴。

一本道そのものが、押し潰し合いになっていた。

「止まるなァ!」

董平が怒鳴る。

そのまま、自分から前へ出た。

槍を振るい、敵兵を無理矢理押し崩していく。

でも、独松関側も止まらない。

後ろから次々と兵が出てくる。

その時だった。

城門の奥。

熱気の向こうで、黒い明光鎧が動いた。

長槍を持ったまま、厲天閏がゆっくり前へ出てくる。

周囲の兵達が、一斉に道を開けた。

空気が変わる。

暑いのに、背筋だけが冷えた。


厲天閏は、まだ走らなかった。

長槍を持ったまま、ゆっくり山道へ出てくる。

でも、それだけで空気が変わる。

敵兵達の勢いが、さらに増した。

「押し込めェ!」

「御舎弟様の仇を取れ!」

怒号が飛ぶ。

槍が突き出される。

盾がぶつかる。

一本道が、完全に押し潰し合いになっていた。

アタシも双刀を振るう。

敵兵の槍を払う。

そのまま肩口を斬る。

でも、止まらない。

後ろから次々と敵兵が押し込んでくる。

熱い。

息が詰まる。

汗が、首筋を流れ落ちた。

その時だった。

前方の独松関兵が、一気に左右へ割れる。

空気が変わる。

次の瞬間――

厲天閏が、前へ出た。

速い。

さっきまでの静けさが嘘みたいだった。

長槍が、熱気を裂く。

真正面にいた梁山泊兵が、一撃で吹き飛んだ。

悲鳴が上がる。

そのまま、二人目。

槍が喉を貫く。

止まらない。

一本道を、そのまま押し潰すみたいに前へ出てくる。

「ッ……!」

思わず息を呑む。

厲天祐とは違う。

勢いだけじゃない。

あれは―― 本当に、人を殺し慣れている目だった。

独松関の夜は、風が吹いても熱いままでした。

岩へ籠もった熱が、夜になっても抜けないのです。

兵達も、ほとんど眠れておりませんでした。

負傷兵の呻き声。

水を運ぶ音。

遠くで鳴る銅鑼。

静かなのに、気が休まらない夜でした。

その中で――

孫二娘殿と顧大嫂殿だけは、相変わらず鍋を囲んでおられます。

「で?」

孫二娘殿が、鍋を混ぜながら笑いました。

「今度は、“本物”が出て来たんだって?」

顧大嫂殿が酒を煽ります。

「黒い鎧の兄貴だろ?」

「厲天閏殿ですね」

私が答えると、二人とも少しだけ真顔になりました。

孫二娘殿が、鍋の湯気を見つめます。

「そんな違ったのかい?」

私は、少しだけ考えました。

「……静かでした」

「静か?」

顧大嫂殿が眉を寄せます。

「ええ」

「怒鳴らないのです」

鍋の煮える音だけが、小さく続きました。

「押せる場所だけ押す」

「追う場所と、止まる場所を知っている」

「熱くなった相手へ、静かに槍を入れて来る」

私は、小さく息を吐きます。

「そういう方でした」

少しだけ、空気が静かになりました。

遠くで、また銅鑼が鳴ります。

低く、嫌な音でした。

その時――

幕舎の外から、急に扈三娘様の声が飛び込みます。

「玉楼ー!!」

「アイツ絶対、性格悪いってぇ――!!」

孫二娘殿が吹き出しました。

「分かるけどねェ!」

顧大嫂殿も肩を揺らします。

「真正面から戦うタイプほど、嫌いな相手だろうさ」

私は、小さく頷きました。

「董平殿とは、特に相性が悪いでしょう」

少しだけ、空気がまた静かになります。

鍋の湯気が、ゆっくり揺れました。

孫二娘殿が、ぽつりと呟きます。

「独松関って、“熱い”だけじゃないんだねぇ」

顧大嫂殿も、焚き火を見たまま頷きました。

「熱くなった所を、冷静に刺して来る場所なんだよ」

誰も、すぐには喋りませんでした。

遠くで、また銅鑼が鳴ります。

低い音が、夜の山をゆっくり転がっていきました。

独松関の夜は、 まだ誰も帰してくれそうにありませんでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ