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乖離の連戦編

夜は、同じ形をしている。

場所が変わっても、やることは変わらない。

呼び方だけが変わる。

それで、何かが変わったことになる。

アタシには、まだ分からない。

人がゆっくり動き出す。

ざわめきが、まだ残っている。

誰も上座を見ないまま、散っていく。

しばらく、アタシは動かない。

林冲も動かない。

やがて林冲が歩き出す。

アタシは半歩だけ遅れてついていく。

廊下に出ると、外の風が入る。

林冲は前を向いたまま歩く。

納得していない顔をしている。

アタシは横目で見ながら、言う。

「顔に出てるわよ」

林冲は答えない。

そのまま、並んで歩く。


廊下を抜けると、外の風が少し強い。

林冲はそのまま進み、別の道へ折れる。

アタシは足を止めない。

その先に、李俊がいる。

壁にもたれ、こちらを見ている。

「顔が固いな」

アタシは歩みを緩めない。

「そう?」

「見りゃ分かる」

少しだけ間が空く。

李俊は、口元をわずかに歪める。笑っていない。

「形は整ったな」

アタシは視線を外す。

「預かりでしょ」

「そういうことだ」

抑えた声で言う。

それ以上は続かない。

そのまま、通り過ぎる。


数日後、聚義庁入口の銘板が替わっていた。

新しい文字。

――忠義堂。

人の出入りは変わらない。

足音も、同じだ。

ただ、名前だけが違う。

アタシは足を止め、少しだけ見上げる。

「……忠義、ね」

「ここで?」

誰に向けたわけでもない。

玉楼は俯きながら言う。

「誰かに聞かれますよ……」

中へ入る。

配置も、声も、昨日と同じだ。

違うのは、入口の文字だけ。

それでも、引っかかる。

納得していない。

口には出さない。

それでも、残る。


席にいる配置も、顔ぶれも変わらない。

声の調子も昨日と同じだ。

ただ、言葉だけが違う。

「忠義をもって――」

聞き慣れない言い回しが混ざる。

誰かが頷き、誰も止めないまま通っていく。

顔を上げると、前に宋江がいる。

「我らは――」と一度間を置き、「名に恥じぬ働きを」と続ける。

笑う者はいない。茶化す者もいない。

そのまま受け入れられていく。

アタシは黙って聞いている。

否定はしない。できない。

それでも、どこか合わない。


やがて話が終わる。

人が立ち、音が少しだけ戻る。

アタシも席を立つ。玉楼が後ろにつく。

廊下に出ると、空気が軽い。

少し歩いて、声を落とす。

「言葉だけ、立派ね」

玉楼はすぐには答えない。

「……そういう形に、なったのでしょう」

前を見たまま言う。

「山でやること?」

玉楼は、わずかに間を置く。

「……控えた方が」

それ以上言わない。

そのまま、歩く。


部屋に戻り、扉を閉める。

玉楼が先に口を開く。

「どう受け取りましたか」

アタシは椅子に腰を下ろす。

「様子見ね」

玉楼は頷く。

「はい」

少し間が空く。

「信用してるわけじゃない」

玉楼は否定しない。

「見ている、ということかと」

静かに言う。

「どっちも同じよ」

視線を落とす。

「林冲次第」

玉楼は動かない。

「承知しております」

変わらないのは、玉楼だけね。


忠義堂に呼ばれる。理由は告げられない。

顔ぶれは揃っている。いつもの空気だ。

ただ、話が早い。決まりすぎている。

「北京大名府へ向かう」

それだけで決まる。誰も異論を唱えない。

続けて名が呼ばれ、一つずつ配置が決まっていく。

聞き慣れた並びが続く。

その中で、自分の名が呼ばれる。

「第四軍、大将」

わずかに間が空く。アタシは顔を上げる。

玉楼は動かない。

林冲を見る。視線は合わない。

そのまま次の名が呼ばれ、流れは止まらないまま終わる。

外に出ると、風が強い。

人がすでに動き始めている。

玉楼が隣に来る。

「……離されましたね」

「そうね」

林冲の姿は、もう見えない。

「意図は?」

玉楼が問う。

アタシは肩をすくめる。

「知らない」

少しだけ間が空く。

「でも――」

「……聞かれたかもかね」

玉楼は答えない。風だけが通る。


準備が進む。

馬の手入れや荷の確認で、人の動きが途切れない。

声は抑えられているのに、手だけが忙しい。

アタシは馬の首を撫でる。

いつもなら、近くに林冲がいた。

視線を上げれば、どこかにいた。

今はいない。

目で探してしまう。癖だ。

見つからない。

少しだけ、間がずれる。手が一拍遅れる。

玉楼が縄を締め直す。

無駄がない。視線が合う。何も言わない。

並びを見る。位置が決まっている。

自分の場所はある。

何か収まりが悪い。

林冲のいない形に、まだ慣れていない。

声がかかる。

「第四軍、整列」

動きが揃う。

アタシは手綱を取る。

「行くわよ」

玉楼が頷く。

隊列が、動く。


門が開く。

隊列が外へ出る。

朝の空気が、まだ冷たい。

蹄の音が続く。

いつもなら、前にいる。

見なくても分かる位置だ。

その軸で、隊列が揃う。

今は違う。前が遠い。

誰が立っているのか、すぐには分からない。

一拍、遅れる。

アタシは手綱を引き、自分の位置を確かめる。

問題はない。

でも、何か違う。

玉楼が後ろから声を落とす。

「間が、ずれています」

アタシは前を見たまま答える。

「分かってる」

視線を上げる。

遠い。

「そのまま」

玉楼が応じる。

「はい」

乱れず、列は進む。

それでも――

噛み合わない。


総攻撃の合図が出る。

一斉に前が動き、土が弾ける。

第四軍も踏み込む。

横から顧大嫂の隊が先に出る。

間を置かず、孫二娘の隊が続く。

迷いがない。

敵が崩れていく。

思わず、目が止まる。

――つっよ……

声には出さない。

アタシは前を見る。

遅れは取らない。


敵が崩れる。

そのまま押し込める。

孫二娘の隊が、我先にと突撃する。

顧大嫂の隊も、さらに前に出る。

出すぎると、分断される。

危ない。

アタシは手綱を引く。

「止めて!」

玉楼が声を張る。

「止まれ!」

孫二娘と顧大嫂の隊が止まる。

前との間が戻る。

アタシは前を見る。

「そのまま」

玉楼が通す。

「そのまま!」

そのまま押し込む。


敵の列が崩れる。

追わずに、兵を止める。

「第四軍、止まれ」

玉楼が号令を通す。

「止まれ!」

隊列が収まる。

息が揃う。

そこへ、伝令が駆け込む。

砂を踏み、膝をつく。

「申し上げます」

「関勝軍、接近」

場の空気が変わる。

アタシは顔を上げる。

「来たのね」

玉楼が頷く。

「迎撃に向かう」

隊列が組み直される。

さっきまでの敵は、もう追わない。

「第四軍、整列」

玉楼が声を張る。

「整列!」

アタシは手綱を引く。

「行くわよ」

列が動く。

次は、関勝だ。


隊列が進む。

前方に、関勝軍が見える。

特別な並びには見えない。

整っているわけでもない。

ただ、そこにいる。

アタシは手綱を引く。

「第四軍、止まれ」

玉楼が声を張る。

「止まれ!」

前方から声が来る。

「前へ」

一気に距離を詰めてくる。

そのまま、ぶつかる。

重い。

押し返せない。

足が止まる。

前が、動かない。

――強い。


押し返せない。前が動かない。

このままでは削られる。

アタシは手綱を強く引く。

「半歩、引いて」

玉楼が声を張る。

「半歩、引け!」

隊列がわずかに下がり、間合いができる。

すぐに詰めてくる。

その中から、一騎が前へ出た。

槍を構えている。

動きが速い。

「我こそは井木犴、郝思文」

アタシは手綱を握り直す。

「アタシは一丈青、扈三娘」

玉楼が、わずかに下がる。

周りの音が遠くなる。

郝思文が踏み込む。

受ける。

重い。

一合。

刃が鳴る。

二合。

馬がずれる。

三合。

間合いを外せない。

受け続ける。腕が痺れる。

四合、刃が滑り、一瞬だけ間が開く。

その隙に手綱を切り、外へ回して半歩ずらす。

郝思文の槍が空を切る。

そのまま踏み込み、懐に入る。近い。

刃を返す。一閃。浅いが、届く。

郝思文がわずかに引く。

そこで、味方の方へ退くふりをする。

案の定、追ってくる。

腰のからめ縄を手に取る。

振り返る。

腕を狙う。

投げる。

絡む。

そのまま引く。

体勢が崩れる。

馬上で耐えようとする。

耐えられない。

落ちる。

土を打つ音。

縄を引き締める。

動きを止める。

槍が転がる。

アタシは手綱を寄せる。

見下ろす。

――取った。


音は戻っている。

隊列も、崩れていない。

やることは、きちんと終わっている。

それでも、何かが噛み合っていない。

誰も、口には出さない。

そのまま、次に進む。

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