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破れるのに、狙われる

公孫勝が来た。

「これで妖術は専門家に任せられる!」

孫二娘が横から肩へもたれてくる。

「三娘、ずいぶん安心した顔してるねェ」

「そりゃするでしょ。妖術使いには妖術使い!」

顧大嫂が笑った。

「じゃあ二娘は何担当なんだい?」

「三娘の心理担当かなァ」

「勝手に担当になるな!」

「最近はアタイがいなくても、誰かさんのこと考えるだけで落ち着くみたいだけどねェ」

「李俊のこと言ってるなら違うから!」

孫二娘がにやっとした。

「アタイ、名前出してないよォ」

「……あ」

「自分から言ったね」

「大嫂まで!」

公孫勝が来たのに、先にアタシの方が術にかかった気がする……

……今の、心理戦?

今度は、喬道清を待たなくてすみそうだ。

公孫勝は夜更けに壺関へ入り、そのまま休むこともなく盧俊義のところへ向かった。

アタシたちも当然ついていく。

「三娘様、少しお眠りになった方がよろしいのでは?」

「今それ言う?」

玉楼に言われて顔を触る。

眠れなかったのは事実だけど、妖術のせいだけじゃないところが非常にまずい。

案の定、孫二娘が横から顔を覗き込んできた。

「目の下、ちょっと疲れてるねェ。誰かのこと考えて眠れなかったのかなァ?」

「喬道清!」

「名前が違う気がするねェ」

「合ってる!」

「李――」

「言わせない!」

口を塞ごうとしたら、するりと避けられた。

顧大嫂が呆れた顔をする。

「夜中に元気だね、あんたら」

「大嫂、助けて!」

「嫌だよ。面白いから」

味方がいない。

玉楼を見る。

「三娘様、盧俊義殿がお待ちでございます」

もっといなかった。

部屋へ入ると、公孫勝はすでに昨日の話を聞き終えていた。

樊瑞が横にいて、地面には壺関周辺の地図が広げられている。

黄砂で視界を奪われ、声の方向まで狂い、何もない場所に水や壁が現れたうえ、城内には旗と兵の幻まで出された。

唐斌と五百余りが捕らえられたことまで聞いても、公孫勝の表情はほとんど変わらない。

「どうなの?」

我慢できずに聞く。

「破れる?」

林冲がこっちを見る。

「何よ。ちゃんと聞いてるだけでしょ」

「何も言っていない」

最近この人まで無言で圧をかけてくる。

公孫勝は少し考えてから答えた。

「術そのものは、俺が見る」

「じゃあ破れるの?」

「やってみなければ分からん」

即答じゃない。

でも樊瑞が「俺だけでは無理だ」と言った時とは違った。

公孫勝の声には、できないから迷っている感じがない。

相手が何をしてくるか分からない以上、先に勝ったとは言わないだけに聞こえる。

「お前たちは術を追うな」

「また追うな!?」

思わず声が出た。

最近そればっかりじゃない?

公孫勝が眉を上げる。

「何か不満か?」

「ないけど……アタシ、このところ戦ってる時間より追うの我慢してる時間の方が長い気がして」

孫二娘が肩を震わせている。

「衝動制御が身についてよかったねェ」

「心理学で成長記録つけないで!」

公孫勝は意味が分からなかったらしく、孫二娘を一度見ただけで話を戻した。

「喬道清が幻を見せるなら、幻を斬っても仕方がない。俺が術を押さえる。その間、お前たちは見えた敵のうち、確かにそこにいる者を相手にしろ」

玉楼が尋ねる。

「術が破れたと判断する目印はございますか?」

それ。

アタシも聞きたかった。

公孫勝が頷いた。

「空を見ろ」

「空?」

「奴が黄砂を起こしても、俺が押さえれば上から切れる。青空が見えた場所だけを信じろ」

すごく分かりやすい。

樊瑞より説明が上手い。

そう思ったら、樊瑞がこっちを見た。

何で分かったの。

夜が明ける前に物見が出され、喬道清軍が壺関から完全には離れていないことが分かった。

昭徳へ続く道の途中で陣を組み直しており、捕虜もそこにいるらしい。

盧俊義は明るくなるのを待って軍を出すと決めた。

ただし、深追いは禁止。

喬道清の術を公孫勝が破れるか確かめ、可能なら唐斌たちを取り返す。

敵が崩れても昭徳まで一気に追わない。

命令を聞きながら、アタシは自分の馬の手綱を握った。

前だったら「追うな」を余計な制限だと思ったかもしれない。

今は違う。

戻る場所がある。

戻ったら乗せると言った男もいる。

……何でそこで李俊が出てくるのよ。

「三娘ァ」

「何も考えてない!」

「まだ呼んだだけだよォ」

またやった。

孫二娘が嬉しそうに抱きついてくる。

「自己開示が早くなってるねェ」

「離れて!」

「出陣前だからねェ。安心感の提供」

「アンタが欲しいだけでしょ!」

「それもあるよォ」

もう隠す気すらない。

玉楼が馬上からこちらを見る。

「三娘様、そろそろ参ります」

「助けてよ!」

「二娘様、三娘様が出陣なさいますので」

「仕方ないねェ」

ようやく腕が外れた。

孫二娘は今回も前へは出ない。

顧大嫂とともに少し後ろへつき、混乱した兵が出た時に隊列を戻す役になっている。

本人は不満そうでもない。

自分が何をするべきか分かっている顔だった。

壺関の門が開く。

朝の空気は冷たく、昨日まで舞っていた黄色い砂が道端へ薄く積もっている。

先頭は林冲。

少し後ろに公孫勝と樊瑞が入り、アタシと玉楼は左右へ分かれた。

紅玉もいる。

しばらく進むと、その紅玉が先に気づいた。

「三娘様、前方!」

丘の向こうから旗が上がる。

喬。

来た。

「待たなくていいと思ったら向こうも待ってなかった!」

「相思相愛だねェ!」

後ろから孫二娘の声が飛んできた。

「その言葉をここで使うな!」

「じゃあ李俊限定?」

「戦場で恋愛用語の使用範囲を決めないで!」

林冲が振り返った。

「来るぞ!」

空気が変わる。

喬道清軍の前列が左右へ開き、中央に道士姿の男が現れた。

昨日と同じ剣が上がる。

風が吹いた。

土が巻き上がり、黄色い砂が地面を走ってくる。

身体はもう覚えている。

目を守り、勝手に動かず、見えたものへすぐ飛びつかない。

でも今日は、それだけじゃない。

公孫勝が馬を進めた。

剣を抜き、片手で印を結ぶ。

何をしているのかアタシにはさっぱり分からない。

喬道清の剣が振り下ろされた瞬間、黄色い砂が一気に高くなった。

昨日なら、そこで何も見えなくなっていた。

今日は違った。

風の音が二つ重なる。

正面から来ていた黄砂が途中でねじれ、上へ巻き上がった。

「空!」

玉楼が叫ぶ。

黄色い幕の中央に、青い穴が開いている。

公孫勝が言っていた。

青空が見えた場所だけを信じろ。

「玉楼!」

「はい!」

どっちが先とは決めなかった。

アタシが空いた中央へ入り、玉楼が右へ回る。

敵兵がアタシへ槍を向ければ、玉楼が横から柄を打ち上げ、その隙へ日月双刀を滑り込ませる。

次は逆だった。

玉楼の前へ三人が集まるのを見て、アタシが横から一人を押し出す。

開いた場所へ玉楼の槍が入り、二人まとめて後ろへ下げた。

黄砂はまだ残っている。

幻の兵も見えた。

でも、青空の下にいない影は追わない。

「右、本物!」

紅玉の声が飛ぶ。

見ると、砂の切れ目から騎兵が回り込んでいる。

「聞いた!」

アタシが右へ回ろうとした瞬間、玉楼が先に動いた。

ならアタシは中央に残る。

考えなくても身体がそう動いた。

玉楼が騎兵の槍を外へ流し、馬首を逸らす。

そこへ紅玉たちが入り、回り込みを止めた。

後ろでは孫二娘が声を張っている。

「砂を見ない! 前の人間を見な! 消えた敵は追わなくていいよォ!」

「消えたら敵じゃないんですか!」

兵の一人が叫ぶ。

「少なくとも今斬れないだろォ!」

「確かに!」

納得するんだ。

顧大嫂の怒鳴り声も聞こえる。

「止まるな! ただし勝手に走るな!」

「どっちですか!」

「前の奴について行きな!」

雑だけど分かりやすい。

それでいいらしい。

公孫勝と喬道清の間では、まだ風がぶつかっている。

黄砂が膨らんでは裂け、裂けてはまた集まる。

完全には消えない。

でも昨日みたいに、全部を喬道清に持っていかれてはいなかった。

喬道清が初めて馬を下げた。

「効いてる!」

アタシが叫ぶ。

公孫勝は振り返らない。

「敵を見ろ!」

「はい!」

返事だけして前へ向き直る。

その時、紅玉が別の方向を指した。

「捕虜です!」

敵陣の後ろでは、縄を打たれた捕虜の一団が移動を始めていた。

その中には唐斌もいて、左脚を引きずりながら歩かされている。

敵は逃げるつもりだ。

助けられる。

今なら追いつける。

馬腹を蹴りかけて、止めた。

深追いは禁止。

でも、捕虜を見捨てろとも言われていない。

「玉楼!」

呼ぶと、もうこっちを見ていた。

言葉はいらなかった。

アタシが左へ出れば、玉楼は右へ回り、二人で捕虜へ続く道を開いていく。

敵兵が前を塞ぐたび、一人が受けて、もう一人が抜ける。

アタシが押されたら玉楼が前へ出て、玉楼の槍が止まればアタシが横から入った。

近づいている。

唐斌の顔まで見えた。

向こうもアタシたちに気づいた。

「来るな!」

唐斌が叫んだ。

「何でよ!」

「後ろを見ろ!」

反射で振り返りそうになった。

でも、その前に玉楼が叫ぶ。

「三娘様、止まって!」

馬を止め、肩越しに後ろを見た。

黄砂の中から、喬道清がこちらを見ていた。

公孫勝と術を競っていたはずなのに、いつの間にか剣先がこちらへ向いている。

「三娘!」

林冲の声が飛ぶ。

風が止まった。

ほんの一瞬だけ、音まで消えた気がした。

公孫勝が何か叫んだ。

聞こえない。

玉楼が前へ出る。

アタシも日月双刀を上げる。

そして喬道清が、笑った。

喬道清の剣が、公孫勝ではなく――アタシを指していた。

玉楼でございます。

喬道清殿の切っ先が、三娘様へ向きました。

「玉楼、前に出たねェ」

「当然でございます」

顧大嫂様が眉をひそめます。

「妖術って槍で防げるのかい?」

「存じません」

「知らないのに出たのォ?」

「三娘様の前が空いておりましたので」

「理由が雑だねェ」

「二娘様にだけは言われたくございません」

孫二娘様が少し考え込みました。

「でも、喬道清は何で三娘を狙ったんだろうねェ」

「目立つからじゃないかい?」

「それなら納得でございます」

「玉楼!?」

三娘様から抗議が飛びましたが、問題はそこではございません。

公孫勝殿を差し置いて、喬道清殿は三娘様を選んだ。

――その理由が、まだ分からないのでございます。

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