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防いだのに、内側にいる

喬道清が、壺関の前まで来た。

「三娘、今日は絶対に門を開けちゃ駄目だよォ」

「分かってる!」

顧大嫂が首を傾げる。

「でも敵が挑発してきたら?」

「出ない!」

「唐斌を見せてきたらァ?」

「……出ない!」

「李俊を見せてきたら?」

「何で李俊がいるのよ!?」

孫二娘が楽しそうに笑う。

「反応速度だけ上がったねェ」

「そこ測ってたの!?」

「刺激に対する反応は観察の基本だからねェ」

「恋愛で実験するな!」

顧大嫂が城外を見る。

「まあ、門さえ開けなきゃ大丈夫だろ」

「そういう前振りやめて!」

……この時は、本当に門さえ守ればいいと思っていた。

公孫勝は、まだ来ていない。

なのに喬道清は、もう壺関の前まで来ていた。

夕日に染まった城外へ、喬の旗が次々と広がっていく。

一隊や二隊じゃない。

先頭だけ見ても、昨日アタシたちが見た人数とは比べものにならなかった。

「門、絶対に開けないでよ」

思わず言うと、隣にいた顧大嫂が鼻で笑った。

「誰に言ってるんだい」

「全員! 勢いで出ようとか言い出す人がいるかもしれないでしょ!」

「一番言いそうなのは三娘だけどねェ」

孫二娘が肩へ腕を回してくる。

「だから今日は言わないって! あとくっつくな!」

「緊張緩和だよォ」

「アンタだけ楽しんでるでしょ!」

「それもあるねェ」

「あるんだ!?」

玉楼が城外を見たまま口を挟む。

「三娘様、二娘様を振り落とすのは後になさってくださいませ。敵が動きます」

「玉楼まで扱いが雑!」

笑っている場合じゃない。

分かっているのに、こういうやり取りをしていると肩の力が少し抜ける。

盧俊義からの命令はすぐに届いた。

城門を閉ざしたまま、出撃はしない。

弓兵を城壁へ上げ、喬道清が術を使う前提で守る。

樊瑞は術の変化を見るため盧俊義の近くに置かれ、林冲は城壁上の兵をまとめることになった。

「向こうから来たからって、出ていいわけじゃないぞ」

林冲がわざわざアタシを見る。

「分かってる!」

「ならいい」

「何で毎回アタシだけ確認されるのよ!」

返事はなかった。

横で孫二娘が笑っただけだった。

敵軍は城壁から弓が届かないあたりで止まり、その中央から数騎が進み出る。

先頭にいる道士姿の男は、昨日遠目に見た喬道清だった。

その後ろには縄を打たれた男たちが歩かされている。

胸が詰まった。

先頭近くに、見覚えのある鎧がある。

「唐斌……」

生きていた。

ただし左脚を引きずっている。

周りにも梁山の兵がいた。

五百余り全員ではない。

それでも昨日、黄色い砂へ消えた者たちが確かにそこにいる。

喬道清が城壁を見上げた。

「壺関を返せば、この者どもは返してやろう!」

城壁のあちこちで兵がざわめく。

アタシの手も日月双刀へ伸びていた。

助けたい。

ここから飛び降りられるわけじゃないのに、身体だけが先に動こうとする。

その手首へ、玉楼の指が触れた。

止めるでもなく、強く掴むでもない。

ただ、そこにいると知らせる触れ方だった。

「……分かってる」

昨日とは違う。

槍で止められる前に、自分で止まる。

孫二娘も城外を見ながら言った。

「分かりやすい誘発だねェ。目の前に救える相手を置かれると、本来の目的よりそっちを優先しやすくなる」

「心理学用語で唐斌を餌扱いしないで」

「だから助けないとは言ってないよォ。今出るのが一番まずいって話」

「……うん」

顧大嫂が腕を組む。

「助けるために、今は助けに行かないってことかい」

「ややこしいねェ」

「ほんとにね」

喬道清はしばらく待ったが、城門が開かないと分かると捕虜を後ろへ下げさせた。

唐斌が一度だけこちらを見上げた気がする。

叫ばなかった。

助けも求めなかった。

それが余計に効いた。

「絶対、取り返すから」

聞こえるはずもないのに呟くと、玉楼が隣で頷いた。

「はい。ですから、まずはここを守りましょう」

喬道清が剣を抜いた。

樊瑞の声が飛ぶ。

「来るぞ!」

風向きが変わった。

城外の土が一斉に巻き上がり、黄色い幕が地面から立ち上がる。

昨日より広い。

兵も旗も喬道清本人も、端から順に砂の中へ消えていった。

「目を守れ! 勝手に動くな!」

林冲の声と同時に、決めていた鉦が鳴る。

鉦は回数で意味を決めてある。

一つならその場を動かず、二つなら伏せ、三つなら城壁の内側へ下がる。

声の方向は信用できなくても、回数だけなら拾えるかもしれないという孫二娘の案だった。

完全じゃないけれど、何もしないよりはいい。

「アタイ、戦場で心理学をこんな使い方する予定なかったんだけどねェ!」

「アタシも大学教授と妖術対策する予定なかった!」

「人生って分からないねェ!」

「今それ語る!?」

黄色い砂が城壁まで届いた。

一瞬で何も見えなくなる。

目を開けているのに、玉楼の姿すら消えた。

右から悲鳴が聞こえたと思った次には左から聞こえ、馬のいななきが頭上から響いた気までした。

分かっていても気持ち悪い。

「玉楼!」

呼んだ直後、自分で舌打ちする。

場所を確かめても意味がない。

「三娘様、止まる!」

玉楼の声が後ろから聞こえた。

でも、言葉だけを拾う。

足を止めた瞬間、目の前を何かが走り抜けた。

砂の向こうから兵が飛び出したように見えたけれど、斬らなかった。

次の瞬間には消えている。

幻だったのか、本当に誰かいたのか分からない。

「これ嫌い!」

「わたくしも好きではございません!」

今度は左から玉楼の声がする。

「三娘様、右!」

右へ出た。

日月双刀に硬い感触が走る。

今度は本物だった。

黄色い砂から槍先が突き出し、城壁を登ってきた敵兵が姿を現す。

アタシが槍を外へ流すと、その脇から玉楼の槍が伸び、敵兵を城外へ押し返した。

姿は見えなくても、やることは同じだ。

どちらかが受ければ、もう一人が空いた方へ入る。

「次、左!」

「承知!」

今度はアタシが先に出た。

敵の剣を受け、玉楼がその横を抜く。

でも、いつもみたいにはいかない。

玉楼がいると思った場所にいなかったり、敵だと思って踏み込めば味方の影が見えたりする。

一歩間違えれば、日月双刀を味方へ振るう。

速さを捨てるしかなかった。

「三娘様、急がず!」

「分かってる!」

昔なら、その言葉に腹を立てていたかもしれない。

今は違う。

見えないなら、見えるまで待つ。

分からないなら、一人で決めない。

――全部を一人で見ようとする奴から沈む。

また李俊の声が頭に浮かんだ。

こんな時まで出てくる?

いや、出てきてもいいのか?

あいつなら今のアタシを見て、たぶん最初に「無事か?」って聞く。

だったら答えられるようにしておく。

無事。

まだ無事。

「三娘ァ!」

孫二娘の声がした。

「何!?」

「李俊のこと考えてる場合じゃないよォ!」

「何で分かるのよ!?」

「返事が半拍遅れた!」

「心理学怖い!」

「今のは観察!」

こんな状況でもそこ拾う!?

直後、鉦が二度鳴った。

伏せる。

玉楼とほとんど同時に身を落とした頭上を、何かが唸りながら通過する。

城壁へ石がぶつかり、砕けた破片が頬をかすめた。

「投石!?」

「見えません!」

黄色い砂の向こうから次々と石が飛んでくる。

敵の投石なのか、妖術なのか、それすら分からない。

紅玉の声がした。

「三娘様! 砂の切れ目があります!」

「どこ!?」

「探さないでください! また消えます!」

そこで止められた。

成長したなあ、この子。

紅玉は続ける。

「砂そのものが流れています! ずっと同じ場所を覆っているわけではありません!」

なるほど。

だったら、見える瞬間だけ使えばいい。

「玉楼! 切れたら一緒に見る!」

「承知いたしました!」

風が一瞬だけ抜けた。

黄色い幕に穴が開き、城外が見える。

アタシと玉楼は同時に顔を上げた。

敵兵が梯子を三本かけている。右に二本、左に一本。

「右!」

「はい!」

見えた情報が同じなら、今度は迷わない。

アタシが右端の梯子へ走り、玉楼が中央へ入る。

日月双刀で手を払えば、玉楼の槍が梯子そのものを押し返した。

隣では顧大嫂が兵たちを怒鳴りつけている。

「見えないからって勝手に逃げるんじゃないよ! 落ちるなら敵を落としな!」

「励まし方が怖い!」

「効けばいいんだよ!」

実際、効いていた。

孫二娘も後ろで負傷兵を下げながら、混乱した兵へ同じことを何度も言わせている。

「今どこにいる?」

「壺関の城壁!」

「何する?」

「持ち場を守る!」

「見えてるもの全部本物?」

「分からない!」

「なら勝手に追わない!」

認知の確認とか何とか、あとで説明されたらたぶん面倒くさい。

でも兵の顔から、さっきまでの恐慌は少し消えていた。

喬道清の術は破れていない。

それでも、崩れてもいない。

やがて黄色い砂が薄くなり始めた。

城壁には傷ついた兵が座り込み、梯子の残骸がいくつも引っかかっている。

それでも城門は閉じたまま、敵兵を中へ入れてはいなかった。

「……守った?」

思わず口にすると、玉楼が砂の向こうを見た。

「まだでございます」

その通りだった。

喬道清の軍は下がっていない。

むしろ静かすぎる。

樊瑞が城壁へ駆け上がってきた。

「おかしい。術が終わっていない!」

「でも砂は消えてる!」

「砂だけが術だと思うな!」

その瞬間、紅玉が振り返った。

城外じゃない。

城の中を見ている。

「三娘様……」

声が震えていた。

アタシも振り向く。

壺関の内側。

さっきまで誰もいなかったはずの通りに、一本の旗が立っている。

風もないのに、ゆっくり揺れていた。

喬道清の旗は、城外ではなく、壺関の内側に立っていた。

玉楼でございます。

城門は閉じております。

梯子も落としました。

敵兵も中へ入れておりません。

「じゃあ、何で喬道清の旗が城内にあるんだい?」

「わたくしにも分かりません」

孫二娘様が腕を組みました。

「集団幻覚なら説明はできるけどねェ」

「消せますか?」

「心理学者に妖術解除を頼まないでよォ」

顧大嫂様が旗を睨みます。

「抜けばいいんじゃないかい?」

「本物か分かりません」

「じゃあ斬る?」

「罠かもしれません」

「面倒だねェ」

「まことに」

三娘様は日月双刀を構えたまま、旗を見ておられます。

「玉楼……あれ、近づかない方がいいよね?」

「はい」

その時、旗がひとりでにこちらを向きました。

……近づかなくても、向こうから来るようでございます。

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