↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
53/210

人じゃなく、隙間を見ろ

薊州へ向かうはずだった。

なのに、まだ城壁すら見えてない。

「三娘、目的地に着く前から敵が待ってるねェ」

「旅行なら最悪の展開よ!」

顧大嫂が笑った。

「戦なんだから予定通り行く方が珍しいだろ」

「正論で潰さないで!」

しかも今回、敵にはちゃんと名前付きの陣形まであるらしい。

「五虎靠山陣だってさ」

「必殺技みたいに言うな!」

孫二娘がにやりとする。

「じゃあ三娘達は、いつもの二人セットで?」

「セット言うな!」

「李俊は別の持ち場だけどねェ」

「今それ関係ない!」

今回は、人ばかり見ていたら間に合わない。

見るのは――人と人の間。

そして一番大きな隙間に気づいた時、そこにいるはずの人が消えていた。

薊州へ向かうはずだった。

なのに、アタシ達の前には薊州の城壁すら見えていなかった。

檀州を出た軍は、薊州を二方から挟むために分かれた。

宋江達は平峪県へ、盧俊義達は玉田県へ向かい、アタシと玉楼、それに紅玉は後者へ入った。

李俊は別の持ち場だ。

出発前に「戻ってこい」と言われたので、「アンタもね」と返しただけなのに、孫二娘が横でにやにやしていた。

「指ゼロになると見送りまで夫婦っぽくなるんだねェ」

「夫婦じゃない!」

「まだ、だろ?」

顧大嫂まで余計な一言を足した。

「アンタ達、戦場へ行く前くらい静かに出来ないの!?」

結局、静かになったのは玉田県が近づいてからだった。

前方を埋めた遼軍は、檀州で見た兵よりさらに整っていた。

先頭に立つのは薊州を守る耶律得重と、その四人の息子。

こちらが到着するのを待っていたらしく、騎兵も歩兵もすでに形を作っている。

朱武が高い所から敵陣を見て戻ってきた。

「五虎靠山陣にございます」

「……名前があるの?」

思わず聞くと、孫二娘が隣で笑った。

「敵もちゃんと技名を付けるんだねェ」

「必殺技みたいに言うな!」

朱武は気にした様子もなく、こちらの隊列を次々に動かしていく。

「では、こちらは鯤化為鵬陣をもって迎えます」

「こっちも名前あるの!?」

玉楼が真面目に答えた。

「ございますね」

「そこは見れば分かる!」

紅玉だけが、何が面白いのか分からない顔でこちらを見ている。

「紅玉、今のは覚えなくていいから」

「陣の名前をですか?」

「アタシ達の会話をよ!」

孫二娘がとうとう声を上げて笑った。

でも、陣が動き始めると笑ってはいられなかった。

朱武の陣は、遠くから見ると大きくない。

それが敵の動きに合わせて左右へ広がり、前へ出た部隊を別の部隊が支える。

今までアタシが見てきた戦いより、ずっと大きな生き物が動いているみたいだった。

紅玉の目も忙しい。

「全部追わないで」

「でも……」

「人を一人ずつ見たら間に合わない。今日は、人と人の間を見なさい」

紅玉がこちらを見た。

「間?」

「どこが詰まって、どこが開くか。そこが分かれば、次に何が来るか少し早く見える」

玉楼が続ける。

「兵の顔ではなく、列の形をご覧くださいませ。動いている者より、動いた結果どこが薄くなったかを見るのでございます」

紅玉はしばらく黙ってから、前へ目を戻した。

敵陣から四騎が飛び出した。

耶律得重の四人の息子だ。

こちらからは関勝、呼延灼、徐寧、索超が出る。

刀と鞭と槍がぶつかり、最初は四つに分かれていた戦いが、馬の動きにつれて互いに近づいていった。

「近いわね」

「互いに助けられる距離を保っております」

玉楼の言う通りだった。

一騎だけを見れば互角でも、誰かが押されれば横から別の騎馬が寄れる。

遼側も同じことをしている。

その時、緑の戦袍が前へ出た。

張清だ。

「あ」

アタシが声を出すより先に、遼軍の一部がざわついた。

檀州から逃げた兵がいる。

阿里奇や皇族の将を石で倒した張清の顔を、向こうは知っている。

「……警戒されてる」

紅玉が呟いた。

張清はいつものように石を手へ取った。

その前へ、遼の騎馬が三騎出てくる。

真ん中の一騎だけが少し後ろだ。

紅玉の目が止まった。

「三娘様」

「見えてる」

前の二騎が壁になっている。

後ろの男――天山勇が、馬上で何かを構えた。

「張清!」

叫んだ時には遅かった。

張清の石が一騎の兜を掠め、その陰から鉄の矢が飛んだ。

張清が身体を捻る。

避けきれない。

矢が喉元へ刺さり、緑の戦袍が馬上から崩れた。

さっきまで騒がしかった戦場の音が、一瞬だけ遠くなった気がした。

「張清!」

董平と史進が真っ先に馬を飛ばし、解珍と解宝も続く。

敵がそこへ押し寄せる前に張清を引き戻し、喉から矢を抜いたが、血が止まらない。

「安道全のところへ! 早く!」

兵達が張清を車へ乗せる。

紅玉は青ざめたまま、その車を見ていた。

「見るところを戻して」

「……でも」

「まだ終わってない!」

強く言うと、紅玉が息を呑んだ。

言い過ぎたかと思う暇はなかった。

西北から土煙が上がっていた。

「三娘様!」

玉楼の声と同時に、別の遼軍が横から突っ込んでくる。

真正面の四将に目を取られたところへ横撃。

最悪……

「来るわよ!」

アタシが双刀を抜き、玉楼が槍を構えた。

ぶつかった瞬間、陣形なんて言葉が馬鹿らしくなるくらい周りが崩れた。

前へ出ていた兵が押し戻され、後ろの隊とぶつかる。

横から入った騎兵を避けようとした列がさらに別の列を裂き、さっきまで繋がっていた味方同士の間へ遼兵が入り込んだ。

「玉楼!」

「こちらに!」

どちらから言ったのか分からないくらい同時だった。

アタシが前へ出た騎兵の刀を受け、玉楼の槍がその横から伸びる。

相手が馬首を返した瞬間に二人で場所を詰め、後ろの兵を通す。

でも、一つ塞いでも別の場所が開く。

「これ、二人じゃ足りない!」

「承知しております!」

玉楼が珍しく声を張った。

後ろから孫二娘が兵を引っ張ってくる。

「三娘! 右が切れるよォ!」

「分かってる!」

「分かってる顔じゃないねェ!」

「うるさい!」

顧大嫂も歩兵をまとめながら怒鳴った。

「喧嘩は後! 前空けるんじゃないよ!」

敵が来るたびに受けて、払い、また場所を詰める。

隣には玉楼がいるし、孫二娘も顧大嫂も動いている。

それでも今日は、それだけでは足りなかった。

紅玉を振り返る。

前へ出てはいない。

でも、顔が真っ白だ。

「紅玉! 人を見るな!」

声を飛ばす。

「隙間を見て!」

紅玉の目が動いた。

倒れた兵でも、張清を運ぶ車でもなく、崩れた隊列へ向く。

しばらくして、震える指が右前を指した。

「あそこ……薄くなります!」

見ると、敵を受け止めようと二列が同時に前へ寄り、その間に穴が出来かけている。

「玉楼!」

「参ります!」

アタシ達は同時に馬を向けた。

完全に開く前へ滑り込み、アタシが前の騎兵を止める。

玉楼は後ろの兵へ槍を向け、進む場所を示した。

「こちらを詰めてくださいませ!」

兵が寄る。

穴が閉じる。

その瞬間、紅玉が小さく息を吐いたのが見えた。

「合ってた……」

「喜ぶのは後!」

「はい!」

返事だけは前より早い。

孫二娘が横を駆けながら笑った。

「成功体験は大事だけどねェ、今は強化する暇がないよ!」

「戦場で心理学の講義するな!」

言い返している間にも、前方の旗が乱れた。

盧俊義が退却を命じている。

張清が戦線を離れたところへ横から突かれ、このまま陣を保とうとすれば全部が包まれる。

「下がるわよ!」

紅玉が今度は迷わなかった。

玉楼とアタシの間へ入り、周りを見ながら馬を下げる。

でも退く方が難しい。

誰が前にいて、誰が後ろにいるのか分からなくなる。

味方の旗を追っていたはずなのに、気づけば別の隊が間に入り、さっき隣にいた兵がいない。

夕方までかかって、ようやく玉田県まで戻った。

誰も勝った顔をしていない。

張清はすでに檀州へ送られた。

喉の傷は深いが、安道全のところまで持てば助かるかもしれないという。

「かもしれない」が、やけに重かった。

兵達は水を飲むより先に、自分の隊の仲間を探していた。

アタシも玉楼も紅玉も無事。

孫二娘も顧大嫂もいる。

それだけ確認して、少しだけ息が戻った。

「李俊に無事って言っとかないとねェ?」

横から孫二娘が言った。

「何で今そこ!?」

「だって三娘、さっきから人数確認するたびに一人足りない顔してるから」

「ここにいない人を数えるわけないでしょ!」

「否定の仕方が恋人だねェ?」

「違う!」

顧大嫂が疲れた顔で笑った。

「元気なら荷運び手伝いな」

「はい……」

もう反論する元気もない。

日が落ちる前、各隊の人数を数え直した。

いなくなった兵が多すぎる。

別の隊へ混ざった者も、遼兵に追われて戻れていない者もいるだろう。

だから最初は、誰も気づかなかった。

関勝が戻った。

呼延灼もいる。

徐寧、索超、董平、史進も確認された。

朱武が名簿を見ながら、もう一度周囲を見た。

顔色が変わった。

「待ってください」

ざわめきが止まる。

アタシも、人の列を見た。

一人ずつじゃない。

どこが空いているかを見る。

その場所だけ、不自然に大きく開いていた。

誰かが走ってくる。

「盧俊義は?」

返事がない。

もう一度、今度は声が震えた。

「盧俊義様が、おられません」

本日は、紅玉様に「人ではなく、隙間を見る」ことを覚えていただきました。

「玉楼達も隙間を塞ぎまくってたけどねェ?」

「塞いでも塞いでも、別の所が開いたじゃないか」

顧大嫂様の仰る通り、今回は二人で動くだけでは足りませんでした。

「で、三娘は李俊がいない隙間も気にしてたよねェ?」

「そこは戦況とは関係ございません」

「玉楼、否定が早いねぇ」

事実でございます。

ですが、戦が終わって人数を数え直した時、本当に大きな隙間が一つございました。

そこにいるはずだった方のお姿がない。

盧俊義様は――

いったい、どこへ行かれたのでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。