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女三人、東京開封府へ

女三人、東京開封府へ――

そう言うと、少し楽しそうに聞こえる。

でも、実際はそんな軽い話じゃない。

宿元景を都まで送る。

宋江の言葉を届けさせる。

途中で逃がす訳にもいかない。

何かあれば、アタシ達が処理する。

「護衛って言えば聞こえはいいけどねぇ」

顧大嫂が腕を組んだ。

「見張りも兼ねてるだろうよ」

「そうね」

孫二娘が、にやりと笑う。

「で、女三人旅かい」

「アタシと玉楼とアンタ」

「物騒な顔ぶれだねェ」

「自覚あるの?」

「あるよォ。お銀枠はアタイだろうしねェ」

「何で普通に通じるのよ」

言ってから、少しだけ後悔した。

突っ込むところはそこじゃない。

今回は、女三人、東京開封府へ。

気楽な旅には、たぶんならない。

「……もう一つ」

林冲が、静かに言った。

朝の光は入っているのに、部屋の中はまだ重かった。

昨夜の続きみたいだった。

高俅は逃げた。

討伐軍は崩した。

でも、何も終わっていない。

アタシは林冲を見る。

「扈家荘だ」

その名が出た瞬間、隣の空気が変わった。

玉楼が視線を落とす。

息が、一度だけ引っかかる。

押し殺している。

でも、消えていない。

アタシは動かなかった。

「焼け落ちたわね」

声は平然と出た。

「何も残ってないわ」

玉楼の指先が、わずかに震える。

「……李逵」

小さく、こぼれた。

それ以上は言わない。

言えば、感情が形になる。

形になれば、もう戻せない。

扈家荘を焼いたのは、梁山泊だ。

その中に李逵がいた。

今も、同じ山の中にいる。

玉楼にとって、それは消えるはずがない。

林冲は否定しなかった。

庇いもしなかった。

ただ、逃がさない目でこちらを見ている。

アタシは隣を見た。

「大丈夫」

玉楼が、少しだけ顔を上げる。

「アタシがついてる」

それで憎しみが消える訳じゃない。

恨みが軽くなる訳でもない。

でも、今ここで倒れさせる訳にはいかなかった。

林冲は、そのまま踏み込んだ。

「忘れろ」

短い言葉だった。

冷たく聞こえる。

でも、意味は分かった。

忘れたふりをしろ。

今は、飲み込め。

ここで裂ければ、こちらが終わる。

アタシは間を置かなかった。

「分かったわ」

玉楼の呼吸が止まる。

林冲が、わずかに頷いた。

「ならいい」

それだけで終わらない。

林冲は続けた。

「宋江に従え」

アタシは何も言わない。

「顔だけでいい」

顔だけ――

その言い方で、ようやく息が戻った気がした。

心まで差し出せとは言っていない。

納得しろとも言っていない。

梁山泊にいる以上、形は崩すな。

そういうことだ。

アタシは頷いた。

「分かった」

林冲は、それ以上言わなかった。

部屋を出ると、日が高くなっていた。

空気が乾いている。

夜の湿りはもう薄い。

部屋に戻った後、少しして使いが来た。

「忠義堂へ」

理由は言わない。

言わなくても、行くしかない。

アタシが立つと、玉楼も動いた。

いつも通りに見える。

でも、完全に戻った訳じゃない。

それでも歩く。

忠義堂へ入ると、顔が揃っていた。

宋江がいる。

笑っている。

いつもの柔らかい笑みだ。

林冲も座っている。

李俊もいる。

呉用は、何も言わずにこちらを見ていた。

そして、上座に近い場所に、見慣れない者達がいる。

宿元景と、その一行。

顔色が悪い。

縄をかけられている訳じゃない。

でも、逃げ場はない。

囲まれている。

宋江が穏やかに言った。

「驚かせてしまったようですな」

声は柔らかい。

「ご安心ください。賓客としてお迎えしております」

宿元景は答えなかった。

視線だけが動く。

宋江は笑みを崩さない。

「食事を用意させていただきました。酒もございます。お疲れでございましょう」

断らせない言い方だった。

卓が並ぶ。

料理が運ばれ、湯気と匂いが立つ。

でも、誰もすぐには手をつけない。

宋江が盃を持つ。

「遠慮はいりません。我らは敵ではありません」

一拍置く。

「そう扱わせていただきます」

逃げ場を消す言葉だった。

宿元景が、わずかに頷く。

酒が注がれる。

それでも、緊張は消えない。

アタシは席についたが、盃には手を出さなかった。

必要がない。

宋江が本題に入る。

「お願いがございます」

宿元景の手が止まった。

「都へ戻る際、言葉を添えていただきたい」

間を置く。

「梁山泊は、朝廷に逆らうつもりはございません。ただ、道を正したいだけなのです」

替天行道――

その言葉が、頭に浮かぶ。

宋江は、わずかに前に出た。

「それを、陛下に伝えていただきたい」

名は出さない。

でも、誰でも分かる。

徽宗皇帝――

宿元景は黙った。

酒に口をつけ、時間を稼いでいる。

宋江は急かさない。

急かさず、逃がさない。

「無理は申しません。ですが、機会は逃したくない」

押している。

「手土産も用意させていただきました。手ぶらでお帰しするつもりはございません」

宿元景の視線が上がった。

そこで決まった。

断れない。

断らせない。

「……承る」

小さな声だった。

宋江が頷く。

笑みは崩れない。

「良い縁になりそうです」

理屈は通る。

でも、違う。

そう思った。

宴は続いた。

笑い声も増えた。

盃も回った。

途中、箱が運ばれてきた。

数がある。

中身は見なくても分かる。

銀、絹、宝石。

宿元景の視線が、一瞬止まった。

宋江が言う。

「粗末なものですが、都までの道中、お役に立てば」

理由を与え、断らせない。

宿元景は頷いた。

「……有り難く」

形は整った。

宋江は続ける。

「明朝、発たれるとよいでしょう」

間を置かない。

「人もつけます。道中、何かあっては困りますので」

護衛――

同時に、見張り。

宿元景は否定しなかった。

できなかった。

「お気遣い、痛み入る」

宴は、送り出すための場に変わった。

もう、ここにいる理由はない。

アタシは席を離れた。

誰も止めない。

玉楼も立つ。

外に出ると、空気が変わった。

中の音が遠くなる。

廊下に影が伸びていた。

しばらく、何も言わずに歩く。

玉楼の呼吸が、少しだけ乱れている。

でも、もう表には出さない。

「……どうされたのですか」

玉楼が聞いた。

アタシは振り向かない。

「何でもない」

玉楼は一瞬だけ黙る。

「承知しました」

それ以上、聞かなかった。

部屋に戻ると、すぐに宋江からの使いが来た。

「お呼びです」

またか……

そう思ったけど、口には出さない。

アタシは立つ。

玉楼も動いた。

廊下は静かだった。

扉の前で止まる。

「入れ」

中には、宋江と呉用がいた。

どちらも座っている。

「すぐに呼んで悪いな」

宋江が言う。

呉用は口を開かない。

羽扇も動かさず、こちらを見ている。

「さっきの件だ」

宋江は続けた。

「宿元景の道中、そなたに任せたい」

アタシは黙って聞いた。

「孫二娘も一緒だ」

「……分かりました」

宋江の目が、ほんの少し細くなる。

呉用の視線が、一瞬だけ動いた。

「助かる」

呉用が紙を一枚差し出してくる。

「道筋はこちらで整えてあります。いざという時は、この通りに」

アタシは受け取った。

「東京開封府まで、確実に」

宋江が頷いた。

「頼む」

部屋を出る。

廊下は静かだ。

玉楼が後ろにつく。

いつもと変わらない。

外に出ると、日が傾き始めていた。

風が少しある。

「呼ばれたかい」

横から声がした。

孫二娘だった。

壁にもたれている。

最初からいたみたいな顔をしている。

「行くわよ」

孫二娘が口の端を上げた。

「やっぱりねェ」

「宿元景の護衛。アンタも一緒」

孫二娘は肩をすくめる。

「聞いてるよォ」

早い。

もう知っていた。

「東京開封府まで」

孫二娘が一瞬だけ黙る。

笑わない。

計算している顔だった。

「面倒だねェ」

ため息をつく。

「断れないようにって話だろォ?」

核心だけ取ってくる。

アタシは答えなかった。

孫二娘が笑う。

「いいよォ。楽しくなりそうだァ」

玉楼が半歩だけ前へ出る。

「私も同行いたします」

「そうなるわよね」

三人で歩く。

足音が揃う。

日がさらに傾いた。

夜になり、空気が冷えた。

梁山泊が静かになる。

馬はもう用意されている。

三頭が並んでいた。

玉楼が一頭ずつ確認し、アタシを見る。

「問題ありません」

孫二娘がふらっと現れる。

「早いねェ。もう終わってるのかい」

「明朝よ」

孫二娘が欠伸をした。

「なら、寝とくか」

夜が深くなる。

梁山泊が息を潜める。

まだ薄暗い頃、三頭の馬が並んだ。

玉楼がもう一度だけ確認する。

変わりはない。

孫二娘が来る。

また欠伸を一つ。

「早いねェ」

アタシは馬に近づき、そのまま跨った。

孫二娘も乗り、玉楼が最後に乗る。

門が開いた。

「行くわよ」

三頭が前に出る。

振り返らず、梁山泊を抜ける。

道が伸びている。

東京へ――

しばらく、誰も喋らなかった。

馬の蹄の音だけが続く。

風も、同じように流れている。

ふと、変なことを思った。

宿元景を都まで送る。

女三人で、道中を進む。

揉め事が起きるかもしれない。

誰かを黙らせることになるかもしれない。

……何これ。

「水戸黄門とか、西遊記みたいね」

ぽつりとこぼれた。

孫二娘が、片眉を上げる。

「水戸黄門にしちゃ、女しかいないねェ」

「そこ?」

「そこだよォ。助さんも格さんもいないじゃないか」

「まあ、いないわね」

「いるとしたら、お銀しかいないねェ」

「誰が?」

孫二娘が、にやりと笑った。

「さあねェ」

「アンタでしょ」

「否定はしないよォ」

そこで、少し遅れて引っかかった。

……通じた?

アタシは横を見る。

孫二娘は普通の顔をしている。

普通に水戸黄門へ返してきた。

いや、待って……

何で通じるのよ……

玉楼だけが、静かに首を傾げていた。

「……みと、こうもん、とは?」

「そこは知らなくていい」

「お銀とは、どなたでございますか」

「それも今は知らなくていい」

玉楼は少し考えた。

納得はしていない顔だった。

でも、追及するほどではないと判断したらしい。

その代わり、別の方へ反応した。

「西遊記は、玄奘三蔵の話でございましょうか」

「え、そっちは分かるの?」

「大唐西域記なら存じております」

孫二娘が肩を揺らした。

「玉楼、そこから入るのかい?」

「違うのですか」

「間違っちゃいないけど、アタイらの言ってるやつとは少し違うねェ」

「……ますます分かりません」

「今は分からなくていいわ」

玉楼は、今度こそきっぱり頷いた。

「承知しました。では、道中の警戒を優先いたします」

孫二娘が笑う。

「真面目だねェ」

玉楼は前を見る。

「旅で油断する理由にはなりませんので」

それは、その通りだった。

東京開封府までの道は長い。

宿元景を送るだけで終わるとは限らない。

宋江の思惑も、朝廷の腹も、まだ見えない。

それでも、少しだけ息が抜けた。

水戸黄門でも、西遊記でもない。

黄門様もいない。

猿もいない。

助さんも格さんもいない。

いるのは、アタシと玉楼と孫二娘。

それだけだ。

「まあ、女三人旅ね」

アタシが言うと、孫二娘が笑った。

「物騒な女三人旅だねェ」

玉楼が静かに返す。

「道中、安全であるよう努めます」

「そういう意味じゃないのよ」

けれど、玉楼は真面目な顔のままだった。

三人は止まらない。

朝の道を、東京開封府へ向かって進んでいく。

女三人、東京開封府へ――

扈三娘様、孫二娘殿、そして私。

宿元景殿を都までお送りすることになりました。

護衛でございます。

ですが、それだけではないことも分かっております。

「見張りだねぇ」

顧大嫂殿が言いました。

「はい」

「即答だねェ」

孫二娘殿が笑います。

「事実でございますので」

宿元景殿を無事に帰す。

宋江殿の言葉を届けさせる。

途中で逃がさない。

何かあれば、処理する。

「玉楼が言うと物騒だねぇ」

顧大嫂殿が腕を組みます。

「任務でございます」

「真面目だねェ」

孫二娘殿が肩を揺らしました。

扈三娘様は、水戸黄門や西遊記のようだと仰っていました。

水戸黄門は分かりません。

西遊記も分かりません。

ただ、玄奘三蔵に関わる話かと思い、大唐西域記なら存じていると申し上げました。

「そこから入るのが玉楼らしいよォ」

「違ったのでございますか」

「間違いじゃないけど、だいぶ違うねェ」

よく分かりません。

ですが、道中で油断してよい理由にはなりません。

女三人、東京開封府へ。

物騒な旅になるかもしれませんが、扈三娘様は必ずお守りいたします。

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