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偽善の構図

東平府と東昌府って、多分、“勝ち方が違い過ぎる場所”なんだと思う。

片方は、内から燃える。

もう片方は、真正面から石が飛んで来る。

しかも――

その間で、孫二娘と顧大嫂は相変わらずだった。

「内から燃やすのは気分悪いねェ」

孫二娘が肩をすくめる。

すると顧大嫂が即座に返した。

「アンタが言うと説得力が無いんだよ」

「何でさ」

「アンタ、普段から裏口とか窓とか好きだろ」

「正面から行くより早いじゃないか」

「だから毎回、第四軍だけ戦い方が胡散臭くなるんだ!!」

またまたまたまた始まった。

しかも、今回は東昌府まで控えてる最中なのに……

でも――

周囲の兵は、いつも通り、少しだけ笑っていた。

戦の空気が重い時ほど、 この二人は余計に騒ぐ。

多分、 第四軍が変に止まらない理由って、 ああいう所なんでしょうね。

宴の最後は、最初から静かに決まっていた。

盃は回る。

笑い声も重なる。

戦の後らしく、皆、酒を飲んでいる。

でも――

誰も、本気で“譲り合い”を信じていない。

中央へ視線が集まっていた。

宋江と盧俊義。

どちらが新首領か。

その“形”を作る為の場だった。

「首領の座は、貴殿こそ相応しい」

宋江が頭を下げる。

すると、盧俊義は直ぐに返した。

「……それは違う」

でも、そこで止まってしまう。

本当に譲る気なら、もっと早く決まる。

本当に断る気なら、もっと強く押し返す。

どちらも、そうしない。

だから、周りの頭領達も待っていられなかった。

呉用が静かに口を開く。

「宋江殿は東平府。盧俊義殿は東昌府。それぞれを攻めて頂きましょう」

それで決めるの?

また戦なの?

アタシは思わず、そんな事を考えていた。

でも、頭領達は誰も止めない。

「それが良い」

「分かりやすい」

「異存は無い」

そんな声まで聞こえる。

顧大嫂が鼻で笑った。

「また戦かい」

孫二娘も肩をすくめる。

「決め方がおかしいねェ」

でも、止めない。

この二人も、止めない。

アタシは盃を見る。

酒が揺れている。

口をつけたくなかった。

「……どうせアイツよ」

小さく呟く。

誰にも届かない声で……

でも――

戦への流れだけは、もう止まらなかった。


東平府へ着いた時、嫌な静けさがあった。

城門は閉じている。

兵も居る。

でも――

空気が張り詰めていない。

普通なら、もっと殺気がある。

もっと、“止める気”が見える。

玉楼も違和感を覚えたらしい。

「妙です」

アタシは頷かない。

その瞬間だった。

城内で、炎が上がった。

遅れて悲鳴が上がる

続いて、怒号――

城門が開く。

そのまま、宋江から号令が飛ぶ。

「全軍、突撃!!」

梁山泊軍が一斉に雪崩れ込んだ。

歓声が上がる。

でも―― アタシは動かなかった。

炎が見える。

煙の向こうで、人が走っている。

誰かが逃げ、 誰かが追い、 誰かが倒れている。

「……内からね」

玉楼は否定しない。

顧大嫂が馬を寄せて来た。

「行かないのかい」

「行かない」

考えるより先に、口が動いていた。

即答だった。

孫二娘が肩をすくめる。

「まあ、アンタは嫌いそうだし」

軽口みたいに言う。

でも、中身は外していない。

アタシは城門を見る。

誰かが裏切った。

誰かが巻き込まれた。

火を点けた奴も居る。

利用した奴も居る。

それだけは分かった。

「……気分悪いわね」

煙だけが流れていく。

その時――

後方から、馬が駆け込んできた。

「東昌府、押し切れておりません!」

空気が変わる。

顧大嫂が鼻で笑った。

「そっちは真っ向勝負かい」

孫二娘も笑う。

「面倒そうだねェ」

アタシは小さく息を漏らす。

「……行くわよ」

玉楼が即座に号令を飛ばした。

「第四軍、東昌府へ!」

東昌府は、最初から違った。

止める気でいる。

城壁の上へ、人影が並ぶ。

槍も、弓も見える。

東平府みたいな静けさじゃない。

真正面から来る気だ。

その瞬間――

乾いた音が響いた。

「ッ!?」

前列の兵が馬から落ちる。

「石だ!!」

誰かが叫ぶ。

また音が鳴る。

今度は馬が倒れた。

何も見えない。

でも、石が飛んで来る。

しかも、正確だった。

顧大嫂が舌打ちする。

「嫌な相手だねぇ!」

孫二娘も笑わない。

「見えないのは面倒だよ!」

また石が飛ぶ。

盾へ当たる。

鈍い音が響いた。

まともに食らえば、骨まで割れる。

アタシは目を細める。

遠い――

かなり遠い所から飛ばしている。

でも―― 居る。

「……あそこね」

玉楼が頷く。

「石礫でしょう」

また音。

また兵が倒れる。

前へ出るほど、兵達を削られていく。

盧俊義軍が押し切れない理由が分かった。

「前へ行くわ」

第四軍が動く。

顧大嫂が左を押す。

孫二娘が右へ回る。

玉楼が全体を繋ぐ。

三つが噛み合う。

隊列が前へ出る。

その瞬間――

また音が聞こえた。

でも、見えない。

どこから来るか分からない。

避け切れない。

一瞬の衝撃。

「ッ――!!」

激しい痛みで、息が止まる。

肩へ何かが叩き込まれた。

視界が揺れる。

手綱が抜ける。

地面が近付く。

そのまま、馬から落ちていた。

「――扈三娘様!!」

遠くで声がする。

でも、第四軍は止まらない。

「前を止めるな!!」

玉楼の声が、微かに聞こえる。

顧大嫂が押し込み、 孫二娘が崩しへ入る。

流れは切れない。

第四軍だけは、止まらない。


気が付くと、幕舎の中だった。

肩が痛む。

鈍い熱が残っている。

玉楼が隣に座っていた。

「……どこまで」

「押し切りました」

短い返事だった。

「石礫は、張清という者だそうです」

少しの沈黙が流れる……

「今は、宋江の幕舎で説得されている模様です」

アタシは目を閉じる。

生きてはいる。

勝ってもいる。

でも――

何にも綺麗じゃない……


梁山泊へ帰った夜。

忠義堂では、また盃が回っていた。

戦は終わった。

そして――

「新首領は、宋江殿で決まりですね」

呉用が、臆面もなく告げる。

誰も異を唱えない。

最初から決まっていたみたいに。

顧大嫂が呟いた。

「結局、そのままかい」

孫二娘も肩をすくめる。

「何にも変わらないねェ」

アタシは盃を見る。

口はつけない。

つけたくなかった。

「……段取り、出来過ぎてるわね……」

玉楼が静かに頷く。

「その様ですね」

一拍。

盧俊義が頷き、宋江が頭を下げる。

もう、何も変えられない。

盃が回り、酔っ払いの声が続く。

宴はそのまま――

顧大嫂が盃を置く。

「揉めないなら、それでいいさ」

孫二娘が笑う。

「面倒がないのが一番さ」

玉楼は盃に手をかける。

アタシは盃を見ている。

宴は続く。

頭領達の笑い声も続く。

でも――

アタシは最後まで、 酒を飲みたくなかった……

東昌府から戻った後も、顧大嫂殿と孫二娘殿は相変わらず騒がしいままでした。

「だから言ったろ? 見えない相手は、先に横から崩した方が早いんだよ」

孫二娘殿が笑えば、

「アンタは毎回、“崩した後”を考えてないんだよ!!」

顧大嫂殿が即座に怒鳴り返します。

「勝てばいいだろ」

「勝った後に、毎回こっちが片付けしてるんだろうが!!」

「細かいねェ」

「アンタが雑過ぎるんだ!!」

そのまま押し合いになり、周囲の兵達は、いつもの様に笑っていました。

ですが――

多分、ああいう声があるから、第四軍は止まりません。

扈三娘様が前を見て、顧大嫂殿が押し、孫二娘殿が崩し、 皆が騒ぎながらでも前へ出る。

戦は、綺麗事ばかりではありません。

今回の東平府も、東昌府も、きっとそうだったのでしょう。

それでも――

扈三娘様は、最後まで酒を飲まれませんでした。

多分、あの方は今でも、“勝った”とは思っておられないのだと思います。

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