一途でも、それは駄目
曾頭市から戻ったと思ったら、今度は首領を決めるらしい。
普通なら話し合いよね?
「宋江殿は東平府、盧俊義殿は東昌府を攻めて決めるそうだよォ」
孫二娘が平然と言った。
「何で首領選びが攻城戦になるの!?」
顧大嫂は盃を傾ける。
「分かりやすくていいじゃないか」
「どこが!?」
「勝った方が強い」
「小学生の決め方じゃん!」
孫二娘が笑った。
「集団の合意形成としては、ものすごく力技だねェ」
「心理学で梁山泊を正当化しないで!」
しかも東平府には、双槍を振り回す派手な男がいるらしい。
風流双槍将、董平――
武芸も出来て、音曲も嗜む。
「盛り過ぎじゃない?」
「三娘も双刀だろ?」
「そこ一緒にしないで!」
……でも、この男。
強いだけなら、まだ良かった。
まさか恋愛まで、とんでもない方向へ全力疾走するなんて――
曾頭市から帰った晩、梁山泊では宴が開かれた。
正直、よく飲めるなと思った。
少し前まで曾家の屋敷が燃えていた。
曾弄の声も、炎の向こうへ消えたばかりだ。
それなのに忠義堂には酒と肉が並び、あちこちで盃が鳴っている。
「三娘、飲まないのかい?」
顧大嫂が聞く。
「今日はいい」
「珍しいねェ。強いストレスの後って、酒へ逃げる奴と受け付けなくなる奴に分かれるんだよォ」
孫二娘が横から覗き込んだ。
「分析しないで」
「じゃあ恋煩い?」
「何でそうなるの!?」
「元気になったねェ」
最初からそれが目的だったでしょ。
そこへ、もっと面倒なのが来た。
「三娘!」
王英……
宴になると必ず現れる。
もう妖怪の出現条件みたいになってる。
「今夜こそ隣で――」
玉楼が静かに盃を置いた。
「王英様のお席は、あちらでございます」
「いや、俺は――」
玉楼が微笑む。
拳が少しだけ握られる。
王英は止まった。
「曹正! 飲もうぜ!」
逃げた。
孫二娘が感心したように頷く。
「条件づけ、完成してるねェ」
「何もしておりませんが?」
「しなくても効く段階なんだよォ」
怖い……
でも、その騒ぎも長くは続かなかった。
忠義堂の中央へ宋江と盧俊義が出ると、周囲の声が少しずつ消えていく。
晁蓋は死んだ。
史文恭を討ち、曾頭市も落ちた。
次は、空いた首領の座をどうするか?
宋江が頭を下げる。
「晁天王の仇を討った功は、盧俊義殿にある。首領の座は貴殿こそ相応しい」
盧俊義は首を振った。
「それは違う。梁山泊をここまでまとめたのは宋江殿だ」
譲る。
断る。
また譲る。
……マジで長い……
顧大嫂が小声で言った。
「いつまでやるんだい?」
「全員が納得した形を作るための集団儀礼だねェ」
「つまり?」
「面倒臭い」
「心理学いらなかったねぇ」
そこへ呉用が口を開いた。
「では、宋江殿は東平府を、盧俊義殿は東昌府を。それぞれ攻め落としていただき、その功で首領を定めてはいかがでしょう?」
え……それで決めるの?
何で首領を決める話が攻城戦になるのよ?
ところが周囲からは賛成の声が上がる。
「梁山泊って、何か決めるたびに戦してないかい?」
「話し合いの最終形態が攻城戦なんだろうねェ」
「嫌すぎる組織!」
思わず声が出た。
玉楼が咳払いする。
少し離れた席で李俊と目が合った。
「何?」
「飲まないのか?」
「今日は飲みたくないだけ」
李俊は中央を見てから、短く答えた。
「そうか」
理由も聞かない。
それが妙に楽だった。
翌日から準備が始まり、第四軍は宋江側について東平府へ向かった。
城門が開いた時、最初に見えたのは二本の槍だった。
左右の手に一本ずつ。
それを馬上で軽々と操る男が、東平府の騎兵を率いて出てくる。
鎧も目立つ。
馬も良い。
本人も、妙に堂々としている。
「……派手」
思わず口にすると、孫二娘が笑った。
「風流双槍将、董平だってさ。武芸だけじゃなく、音曲なんかも嗜むらしいよォ」
「何、その盛り過ぎ設定?」
顧大嫂が鼻を鳴らす。
「強けりゃ何でもいいさ」
董平が双槍を広げた。
「梁山泊、来るなら来い!」
本人まで派手だった。
次の瞬間、騎兵ごと突っ込んでくる。
速い。
右を受ければ左が来る。
左を外せば、馬を滑らせるように横へ抜けながら右が返ってくる。
「何、この忙しい人!」
「三娘様、右です!」
玉楼の槍が一本を逸らし、その間へアタシが入る。
日月双刀で二本目を受けた瞬間には、董平はもう抜けていた。
しかも逃げたわけじゃない。
そのまま別の梁山泊兵へ突っ込み、後ろの騎兵まで引き連れて戦線を押し返してくる。
孫二娘が目を細めた。
「派手に見せてるけど、ちゃんと周りを動かしてるねェ。自分へ注意を集めて、その隙に後ろを通してる」
「また面倒なの出てきた!」
史文恭とは違う。
曾塗とも違う。
董平は、自分が止まらないことで味方まで前へ連れてくる。
顧大嫂が追おうとすれば騎兵が遮り、孫二娘が横へ回れば、董平自身が双槍を振って戻ってくる。
アタシと玉楼が二人で挟もうとしても、真正面から付き合わない。
「風流ってもっと優雅なものじゃないの!?」
「戦場で風流を求めるなよォ!」
その後、徐寧が董平と正面から打ち合った。
これがまた終わらない。
槍と鉤鎌槍が何度ぶつかっても、董平は勢いを失わず、徐寧も簡単には崩れない。
顧大嫂が途中から数えるのを諦めた。
「まだやるのかい?」
「強い奴って何で長時間働けるんだろうねェ」
「勤労評価みたいに言うな!」
結局、宋江側から銅鑼が鳴り、徐寧が退いた。
董平は追った。
やっぱり追うんだ。
孫二娘の目が変わった。
「三娘」
「何?」
「あの男、勝ってる時ほど止まらないよォ」
なるほど。
強い。
勢いもある。
でも、勢いが出た時に自分から止まる理由がない。
「……追わせる?」
孫二娘が妖艶に笑った。
「話が早くなったねェ」
玉楼もすぐ理解した。
「では、わたくしが退路を見ます」
顧大嫂は朴刀を肩へ乗せる。
「あたしは出口を潰せばいいんだね?」
「潰し過ぎないで!」
「注文が多いよ!」
アタシと孫二娘が前へ出た。
董平と一度ぶつかり、すぐ退く。
「逃げるのか!」
来た。
「逃げてない! 誘ってるの!」
「本人に言うなよォ!」
孫二娘が吹き出した。
董平は止まらない。
こちらが退けば退くほど追ってくる。
玉楼が先に林際へ入り、顧大嫂の姿も消えた。
もう少し。
あと少し――
「今!」
張られていた絆馬索が跳ね上がった。
董平の馬が前脚を取られる。
「なっ――!」
馬体が崩れ、董平が投げ出された。
それでも片方の槍を離さず立とうとする。
「まだやるの!?」
アタシが双刀で槍を押さえ、孫二娘が逆側から腕を取る。
「諦め悪い男は嫌われるよォ!」
「余計なお世話だ!」
そこへ顧大嫂が来た。
「はい、終わり」
董平の背後を塞ぐ。
玉楼も槍を向けた。
四方向。
さすがの董平も動きを止めた。
捕らえられた董平は宋江の前へ連れていかれ――
驚くほど早く梁山泊へ降った。
「早くない?」
アタシが聞き返すと、孫二娘も少し困った顔をした。
「切り替えが早いとは言えるねェ」
ついさっきまで東平府を守って、アタシたちへ双槍を振るっていた男だ。
それが次に見た時には、もうこちら側に立っている。
でも、本当に驚いたのはそこじゃなかった。
董平には以前から、東平府の程万里の娘を妻に望んでいたらしい。
何度求めても話が進まず、それをかなり根に持っていたという。
「一途ではあるねェ」
孫二娘が言う。
「そこは認める」
アタシも頷いた。
顧大嫂まで、
「他の女へふらふらしないのは悪くないねぇ」
と言う。
そこまではいい。
そこまでは……
梁山泊側となった董平が東平府へ入り、程万里を殺し、その娘を奪って自分の妻にしたと聞いた瞬間、アタシは言葉を失った。
「……いや、待って」
孫二娘も黙る。
「一途なのは認める。そこは認めるわよ。でも何で結論が、父親を殺して娘を奪って嫁にする、なの!?」
顧大嫂が眉を寄せた。
「やり方は最悪だねぇ」
「執着と愛情は同じじゃないよォ」
孫二娘の声も、今度は笑っていなかった。
「本人の意思を飛ばした時点で、少なくとも恋愛としては駄目だねェ」
アタシは煙の上がる東平府を見た。
ついさっきまで守っていた城。
欲しかった女。
その両方へ、勝った側として戻った男。
正面から戦えば強かった。
一人の女を求め続けたことも嘘じゃない。
でも。
「……それでいいことにはならないでしょ」
少し離れた場所に李俊がいた。
目が合う。
李俊は何も聞かなかった。
近づいても来ない。
ただ、アタシが動くのを待っている。
……何で今、比べたんだろ。
「三娘?」
孫二娘がにやにやし始めた。
「何でもない!」
「まだ何も聞いてないよォ?」
またやった。
その時、伝令が駆け込んできた。
「東昌府、いまだ落ちず! 盧俊義殿の軍、苦戦しております!」
顧大嫂が馬を寄せる。
「そっちは真正面から止められてるのかい」
「……行くわよ」
アタシはすぐ馬首を返した。
玉楼が頷く。
「第四軍、東昌府へ!」
数日後、東昌府へ着いた瞬間から、東平府とは違うと分かった。
城壁には弓兵が並び、門前の兵も真正面からこちらを見ている。
乾いた音がした。
前を走っていた兵が、突然馬から落ちる。
「何!?」
もう一度。
今度は馬が崩れた。
顧大嫂が盾を上げる。
「石だ!」
石礫――
かなり遠い場所から飛んでくるのに、外さない。
孫二娘の笑みが消える。
「予測しにくい攻撃は恐怖を強くするよォ」
「心理学はあと! どこ!?」
玉楼が目を凝らした。
「城門寄り、騎馬の男です!」
一人だけ腕の動きが違う。
また石が飛んだ。
盾へ鈍い音が響く。
「近づく!」
第四軍を前へ出す。
「顧大嫂は左! 孫二娘は右! 玉楼は射線を見て!」
アタシが中央へ入る。
「三娘様、左!」
身体をずらす。
石が肩の横を抜けた。
次が来る。
見えた。
でも――遅い。
肩へ衝撃が叩き込まれた。
「ッ――!」
息が止まる。
手綱が抜け、景色が傾いた。
「三娘!」
誰かの声。
李俊?
分からない。
地面が近づく。
馬から落ちた。
「三娘様!!」
玉楼の声だけは聞こえた。
でも、次の声はもっと強かった。
「前を止めないでください!!」
第四軍は動き続ける。
顧大嫂が左を押し、孫二娘が右を崩す。
玉楼もアタシへ駆け寄らない。
それでいい。
大将が落ちたくらいで、全部止まったら駄目だ。
次に目を開けた時、幕舎の天井が見えた。
「……痛い」
「当然でございます」
玉楼がいた。
「勝った?」
「押し切りました」
「石を投げてたのは?」
「張清という者だそうです。今は宋江様の幕舎におります」
「……また?」
「はい」
捕らえたら説得して、梁山泊へ――
また同じ流れ。
梁山泊へ帰った夜、忠義堂には再び酒が並んだ。
「新首領は、宋江殿で決まりですね」
呉用が告げる。
誰も驚かなかった。
宋江は東平府を先に落とした。
盧俊義も異を唱えない。
最初から、そこへ着くために全部が動いていたみたいだった。
「結局、そのままかい」
顧大嫂が呟く。
「城二つ使った大掛かりな確認作業だったねェ?」
「それで済ませるな!」
李俊がアタシの肩を見る。
「痛むか?」
「ちょっとだけ」
「本当か?」
「本当」
「なら飲むな」
「最初から飲む気ない」
玉楼が見ている。
孫二娘も見ている。
顧大嫂まで見ている。
「何?」
三人とも目を逸らした。
絶対何か思ったでしょ?
中央では宋江が頭を下げ、盧俊義も頷いている。
これで揉めないなら、それでいい。
多分、それが一番現実的なんだと思う。
それでも、アタシの盃は最後まで減らなかった。
宴は続く。
頭領達の笑い声も続く。
でも――
アタシは最後まで、酒を飲みたくなかった……
玉楼でございます。
董平様は、誠にお強いお方でございました。
「しかも一途なんだよォ?」
孫二娘様が申します。
顧大嫂様も頷きました。
「一人だけってのは悪くないねぇ」
「そこだけ聞けばねェ?」
問題は、その先でございます。
程万里様を殺し、その娘御を奪って妻にする――
「一途の使い方がおかしい!」
三娘様が叫ばれました。
その後、張清様の石礫を肩に受けた三娘様へ、李俊様が近づきます。
「痛むか?」
「ちょっとだけ」
「本当か?」
「本当」
孫二娘様が、にやり。
「こっちは奪わず待つ男だねェ」
「何の話!?」
顧大嫂様まで笑います。
「比べる相手が悪すぎるねぇ」
……三娘様。
顔まで赤くなるのは、肩のお怪我のせいではございませんね?




