曾頭市崩壊
曾頭市って、多分、“真面目に防いでる側ほど胃が痛くなる場所”なんだと思う。
通路は狭いし、屋根から矢は飛んで来るし、奥へ入れば、また次の防衛線が出て来る。
しかも――
横から、孫立まで馬で突っ込んで来た。
「義兄貴じゃないか!?」
顧大嫂が目を剥く。
煙の向こうから、孫立が怒鳴り返す。
「道が狭いな!!」
「アンタが馬で入って来るからだろうが!!」
孫二娘が吹き出した。
「何で身内まで無茶苦茶なんだよ!」
「今さら何言ってんだよ!!」
またまたまた始まった――
しかも、矢が飛んでる最中でも普通にやる。
でも――
周囲の兵は、少しだけ笑っていた。
……まあ。
曾頭市側からしたら、“狭い通路へ、馬で突っ込んで来る病尉遅” なんて、悪夢だったでしょうね。
曾塗の長刀が、再び前へ出る。
しかも今度は、さっきまでと違った。
押し返すだけじゃない。
第四軍そのものを、全滅させる気で来ている。
「道を塞げ!!」
曾塗の怒声が飛ぶ。
次の瞬間――
左右の路地から、敵兵がさらに流れ込んできた。
「まだ居るのかい!?」
顧大嫂が顔をしかめる。
孫二娘も流石に舌打ちした。
「本当に曾頭市ごと戦場だねェ!」
二人の気持ちも分かる――
曾頭市は、 一つ崩して終わる場所じゃない。
路地を抜ければ、次……
防衛線を割れば、また次……
奥へ行くほど、 寧ろ噛み付いて来る。
玉楼が周囲を見る。
「左側、屋根上にも増えています!」
見ると、 屋根の上で弓兵が移動していた。
しかも―― 撃つだけじゃない。
通りへ合わせて位置を変えている。
曾塗の防衛線と、 屋根の弓が噛み合い始めていた。
「面倒ね……!」
アタシが舌打ちする。
その瞬間――
曾塗が踏み込んだ。
長刀が、真正面から叩き落とされる。
「ッ!!」
双刀で受ける。
腕がまた痺れる。
その横へ、敵兵が同時に入った。
「下がって下さい!」
玉楼の槍が割り込む。
槍同士がぶつかり、火花が散る。
曾塗は、 “個人戦” より、“集団戦”を優先している。
だから厄介だった。
顧大嫂が盾を押し込みながら怒鳴る。
「押されるんじゃないよ!!」
「押してるっての!」
孫二娘が横から飛び込む。
でも――
今度は槍兵の隊列が崩れない。
曾塗が居る。
それだけで、 敵兵が踏み止まっていた。
その時――
左後方から、銅鑼が鳴った。
梁山泊軍だ。
重い音が鳴り響く。
続いて、 通りの奥から怒声が響く。
「道を開けろ!!」
梁山泊兵が、一斉に振り返る。
そして――
煙の向こうから、 さらに別の梁山泊軍が流れ込んできた。
左後方から流れ込んできた梁山泊軍は、今までの第四軍と空気が違った。
動きが速い。
しかも、止まらない。
「道を空けろ!!」
怒声と同時に、先頭の騎兵が一気に路地へ突っ込んでくる。
本来なら、馬で入る幅じゃない狭さでもお構いなし。
そのまま押し込んで来る。
曾頭市側の槍兵が慌てて槍を向ける。
だが次の瞬間、 先頭の騎兵が槍ごと敵兵を弾き飛ばした。
「なッ!?」
顧大嫂が目を剥く。
孫二娘は逆に笑った。
「うわ、無茶苦茶だ!」
玉楼が目を細める。
「騎兵主体……?」
煙の向こうから、さらに馬が現れる。
しかも一騎じゃない。
狭い通路へ、半ば無理やりねじ込むみたいに突っ込んで来る。
曾頭市側の隊列が乱れた。
今まで、 “防ぐ為” に作っていた防衛線が、 小さくなり始める。
その時――
先頭の騎兵が、長槍を振るった。
真正面から敵兵を吹き飛ばす。
「突破しろォ!!」
怒声が響く。
梁山泊兵が、一気に流れ込んだ。
顧大嫂が笑う。
「今度はこっちが噛み付く番かい!」
孫二娘も前へ飛び込む。
「いいねェ!!」
アタシは前を見る。
曾塗の防衛線が、 初めて横から崩れ始めていた。
「玉楼!」
「はい!」
「今なら行ける!」
玉楼も即座に槍を構える。
「右隊列、崩れています!」
今まで曾塗は、 “通路を塞ぐ” 事で第四軍を止めていた。
でも――
別方向から梁山泊軍が流れ込んだ事で、 防衛線そのものが噛み合わなくなり始めている。
その瞬間、 曾塗が初めて振り返った。
「……何だと」
驚きを隠せない様だった。
初めて、 曾塗の顔に焦りが見える。
曾塗が振り返った、その一瞬だった。
左後方から、さらに騎兵が押し込んでくる。
狭い通路へ、半ば無理やり馬をねじ込む様な突撃だった。
「止めろ!!」
敵兵の怒号が飛ぶ。
今まで、“通路を塞ぐ”為に密集していた隊列が、寧ろ逃げ場を埋めていた。
騎兵が押し込み、盾が歪む。
後ろの敵兵まで押されている。
その瞬間――
煙の向こうで、鉄鞭が振り上がった。
「突破しろォ!!」
大きく重い怒声。
真正面から、敵兵が吹き飛ぶ。
顧大嫂が目を剥いた。
「義兄貴じゃないか!?」
煙の中から、孫立が怒鳴り返す。
「道が狭いな!!」
「アンタが馬で突っ込んでるからだろうが!!」
孫二娘が吹き出した。
「アンタ、何で身内まで無茶苦茶なんだよ!」
「今さらだろ!!」
そのまま孫立隊が、さらに横から押し込む。
曾頭市側の隊列が、完全に横へ歪み始めた。
そこへ――
黄信隊まで流れ込んでくる。
「押し返せ!!」
黄信の怒声と同時に、梁山泊軍が崩れた隙間へ雪崩れ込んだ。
孫立が乱し、黄信が押し広げる。
今まで噛み合っていた曾頭市側の防衛線が、少しずつ形を失い始めている。
玉楼が即座に叫ぶ。
「中央を割ります!!」
「行くわよ!!」
アタシは双刀を握り直す。
顧大嫂が盾を押し込みながら笑った。
「やっと風通しが良くなったねぇ!」
孫二娘も前へ飛び込む。
「今度はこっちが噛み付く番だ!!」
その瞬間――
曾塗が、真正面から突っ込んできた。
「通さん!!」
長刀が振り下ろされる。
真正面から、叩き潰す気で来ている。
「ッ!!」
双刀で受ける。
火花が散る。
腕が痺れる。
でも――
今までと違う。
曾塗の後ろに居た敵兵が、もう綺麗に合わせ切れていない。
横から孫立隊が押し込み、 後ろから黄信隊が詰め、 曾頭市側の隊列そのものが乱れ始めている。
玉楼の槍が、低く走る。
曾塗が半歩ずれる。
その瞬間――
孫二娘が横から敵兵へ飛び込んだ。
「邪魔なんだよォ!!」
敵兵が倒れる。
顧大嫂が、そのまま盾で押し潰す。
「下がりな!!」
曾塗の周囲が、初めて空いた。
防衛線の“壁”が切れる。
「今!!」
玉楼の声が響く。
アタシは踏み込む。
曾塗の長刀が戻る前に――
双刀を、一気に振り抜いた。
曾塗の長刀が戻るより早く――
双刀が、火の中を走る。
「ッ……!」
曾塗が反射で身を捻る。
でも、もう遅い。
片方の刃が脇腹を裂いた。
火花と血が同時に散る。
その瞬間――
顧大嫂が盾を叩き付けた。
「押し込めェ!!」
孫二娘が笑いながら飛び込む。
「行くぞォ!!」
敵兵が、ついに耐え切れなくなった。
横へ歪み、後ろを押しのける。
逃げ場を失った敵兵同士がぶつかり始める。
玉楼が即座に叫ぶ。
「中央、完全に割れます!!」
その声と同時に、 黄信隊がさらに押し込んだ。
「行けぇ!!」
梁山泊兵が、一気に雪崩れ込む。
孫立の騎兵まで、 そのまま狭い通路を押し潰して来る。
曾塗が長刀を振り上げた。
「退くなァ!!」
怒声が響く。
まだ止める気だった。
まだ、防ぐつもりだった。
でも――
玉楼の槍が、低く走る。
曾塗が反射で受ける。
その一瞬、 長刀の軌道が止まった。
「今!!」
玉楼の声。
アタシは、火の向こう、長刀の内側へ踏み込む。
完全に、曾塗の懐へ入る。
曾塗の目が、初めて見開かれた。
双刀が、交差する。
鈍い音が周りに響く。
次の瞬間――
曾塗の身体が、大きく揺れた。
長刀が手から落ちる。
重い音を立て、 石畳へ転がった。
「曾塗様ァ!!」
敵兵の悲鳴が響く。
でも、もう遅い。
曾塗が膝を突く。
その瞬間――
顧大嫂が盾ごと押し込んだ。
「止まるんじゃないよ!!」
孫二娘が敵兵へ飛び込む。
「どんどん行くよォ!!」
黄信隊が雪崩れ込み、 孫立隊が横から押し潰す。
今まで噛み合っていた防衛線が、 完全に崩壊し始めていた。
玉楼が、はっきり叫ぶ。
「曾塗、討ち取りました!!」
その瞬間――
曾頭市内の空気が、一斉に割れた。
曾塗が討たれた事で、曾頭市の防衛線は完全に裂けた。
それでも、戦そのものは止まらない。
寧ろ――
そこから一気に崩れ始めた。
「曾塗様が討たれたぞ!」 「屋敷の門を閉じろ!」
「奥へ下がれ!」
悲痛な声が飛び交う。
さっきまで曾塗の声に合わせて動いていた兵達が、今はそれぞれ違う方向へ逃げようとしている。
顧大嫂が盾を押し込む。
「逃がすんじゃないよ!」
孫二娘も笑いながら横へ入る。
「今さら閉じても遅いんだよ!」
左では孫立隊が押し込み、黄信隊が広げている。
右の通路でも、別の梁山泊軍が奥へ流れ込んでいた。
曾頭市全体が、もう形を保てなくなっている。
玉楼が周囲を見た。
「副武術指南役の蘇定も、討たれた様ですね」
遠くで歓声が上がる。
別の路地でも、また一つ銅鑼が乱れた。
曾家の他の兄弟達も、各所で討たれ始めているらしい。
それが分かった瞬間、敵兵の顔から色が抜けていった。
アタシは火の向こうを見る。
奥に、ひときわ大きな屋敷が見えた。
その屋敷の上へ、黒い煙が上がり始めている。
最初は細かった。
でも、すぐに赤い炎が屋根をから燃え上がる。
「……炎?」
玉楼が目を細める。
顧大嫂が顔をしかめた。
「誰が火を点けた?」
その答えは、すぐ分かった。
屋敷の奥から、老人の声が響いた。
「曾家は、降らぬ」
悲しい叫び声だった。
何故か、妙に遠くまで届いた。
「曾長者!」
どこかで、敵兵が叫んだ。
曾弄―― 曾家の五虎の父だ。
炎は、屋敷の内側から広がっていた。
逃げる為じゃない。
終わらせる為の炎だった。
アタシは、少しだけ息を呑む。
曾頭市は、まだ燃えている。
でも、さっきまでの炎とは違う。
これは、戦の炎じゃない。
一族が、自分達を終わらせる炎だ。
誰もすぐには動けなかった。
孫二娘の笑みも消えている。 顧大嫂も、何も言わない。
玉楼が静かに言った。
「……帰りましょう」
アタシは双刀を下ろす。
屋敷の炎が、夜へ広がっていく。
曾頭市は、確かに落ちた。
でも――
勝ったというより、崩れ切った。
そんな音が、炎の中から聞こえていた。
曾頭市の中へ入ってからも、顧大嫂殿と孫二娘殿、今回は孫立殿まで加わって、相変わらず騒がしいままでした。
「だから言ったろ! 馬で押し込めば早いんだよ!」
孫立殿が怒鳴れば、
「アンタは毎回、通路を壊す前提なんだよ!!」
顧大嫂殿が即座に怒鳴り返します。
孫二娘殿は、その横で笑っていました。
「いやァ、でも実際行けただろ?」
「行けたけど、普通は狭い通路へ騎兵ねじ込まないんだよ!!」
「梁山泊に、普通を求める方が悪いだろ!!」
「義兄妹そろって本当にうるさいねェ!」
そのまま三人で押し合いになり、周囲の兵達まで笑っていました。
ですが――
多分、ああいう騒がしさがあるから、第四軍は止まりません。
多分、扈三娘様は、 三人に呆れ返っているのだと思います。




