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勝った音がしない

曾頭市って、多分、防いでる側も大変よね。

狭い路地を塞いで、屋根から矢を射って、やっとこっちを止めたと思ったら――

馬が来た。

「……義兄貴じゃないか!?」

顧大嫂が目を剥く。

煙の向こうから孫立が怒鳴った。

「道が狭いぞ!」

「アンタが馬で入って来たんだろうが!!」

孫二娘が吹き出す。

「身内まで無茶苦茶だねェ!」

「一緒にするんじゃないよ!」

「説得力ないよォ」

味方同士で何やってんの!?

でも、その無茶が曾塗の防衛線を横から崩した。

笑ってる場合じゃない。

今度こそ、終わらせる。

……そう思ってた。

まさか最後に、勝った気分まで燃やされるなんて――

曾塗の長刀が、再び前へ出る。

さっき走らせた双刀は、届かなかったわけじゃない。

曾塗は身体を捻り、鎧を削らせながら強引に逃げた。脇腹には浅く血が滲んでいる。

なのに、下がらない。

むしろ目つきが変わった。

「道を塞げ!!」

怒声が通りを震わせる。

左右の路地から曾頭市兵が流れ込み、アタシたちが作った隙間を埋めていく。

「まだいるのかい!?」

顧大嫂が心底うんざりした顔をした。

「増殖してない?」

孫二娘まで眉を寄せる。

「しないでしょ!」

「じゃあ、どっかに敵兵を吐き出す穴でもあるんじゃないかねェ」

「もっと嫌だからやめて!」

本当に、どこまで出てくるのよ。

外柵を割った。

史文恭も倒れた。

中へ入って曾塗の防衛線まで一度は崩した。

それなのに、路地を一つ進めば次の兵が現れ、押し退ければ別の場所から槍が伸びてくる。

曾頭市全体が、生き物みたいに噛みついてくる。

玉楼が屋根へ目を走らせた。

「三娘様、弓兵が移動しております!」

見上げる。

さっきまで正面の屋根にいた連中が、こちらの進みに合わせて横へ動いていた。

通りを曲がっても射線から逃げられないよう、地上の防衛線と一緒に位置を変えている。

「徹底してるわね……!」

「褒めてる場合じゃないよォ!」

「褒めてない!」

曾塗が来た。

長刀が振り下ろされる。

双刀を交差させた瞬間、身体ごと押された。

「くッ!」

重い。

史文恭みたいに崩れる一点を刺してくるんじゃない。

こいつは、まず自分で止める。

アタシが止まった場所へ、周りの兵が槍を入れてくる。

「下がってくださいませ!」

玉楼の槍が横から入り、敵の穂先をまとめて逸らした。

その反対側から孫二娘が飛び込む。

「今度こそ横、もらったよォ!」

「行かせるな!」

曾塗の声ひとつで槍兵が寄った。

孫二娘が身を反らし、鼻先を抜けた槍へ顔をしかめる。

「融通が利きすぎだろ、この集団!」

「集団心理で何とかしな!」

顧大嫂が盾で敵を押しながら叫ぶ。

「心理学は魔法じゃないんだよ!」

「この前まで何でも心理学で説明してたじゃないか!」

「説明と解決は別!」

「役に立たないねぇ!」

「アンタあとで覚えとけよォ!」

戦場なのに、また喧嘩が始まった。

……まあ、喋れてるうちは大丈夫。

そう思った瞬間だった。

左後方から銅鑼が鳴る。

梁山泊側だ。

曾塗の顔が動いた。

続いて、アタシたちが通ってきた方角から怒声が響く。

「道を開けろ!!」

味方の兵が左右へ退く。

煙の向こうで、何か大きな影が揺れた。

馬?

いや。

ここ、馬で来るの?

「ちょっと待って……」

玉楼まで目を細めた。

「騎兵でございますね」

「ございますね、じゃない! 狭いでしょ!」

本来なら騎兵が勢いを付けて走るような場所じゃない。

なのに先頭の一騎は止まらなかった。

曾頭市兵が慌てて槍を向ける。

その槍ごと叩き払って、馬が路地へ突っ込んでくる。

顧大嫂が目を剥いた。

「うわ、馬鹿が来た!」

「味方だから!」

「味方でも馬鹿は馬鹿だよ!」

先頭の男が鉄鞭を振り回した。

敵の盾が弾け、密集していた兵がまとめて押し込まれる。

「突破しろォ!!」

聞き覚えがあるらしい。

顧大嫂の顔が引きつった。

「……義兄貴じゃないか!」

煙の向こうから孫立が怒鳴った。

「道が狭いぞ!」

「アンタが馬で入って来たんだろうが!!」

正論。

ものすごく正論。

孫二娘が敵兵を斬り払いつつ笑い出した。

「身内までこんなんなのかよォ!」

「一緒にするんじゃないよ!」

「どこが違うんだい?」

「全部だよ!」

「説得力ない!」

でも、孫立の無茶は効いた。

曾塗は狭い通りを塞ぐことで、アタシたちの人数を使わせないようにしていた。

そこへ別方向から騎兵が突っ込んできた。

今度は密集していたことが仇になる。

後ろへ退きたくても、退く場所がない。

盾が押され、その後ろの槍兵がぶつかり、今まで綺麗に揃っていた列が横へ歪んだ。

さらに別の声が響く。

「そのまま押せ!」

黄信だ。

孫立隊がこじ開けた場所へ黄信隊が入り込み、隙間を一気に広げていく。

「玉楼!」

「はい、右が崩れます!」

早い。

アタシが気づくより少しだけ先に、玉楼の槍が動いていた。

「第四軍、今よ!」

顧大嫂が笑う。

「やっと押していいんだね!」

「今までずっと押してたでしょ!」

「許可が出た方が気持ちいいじゃないか!」

「意味分かんない!」

孫二娘も左へ飛び込む。

「アタイは許可なくても行くよォ!」

「アンタは少し待ちな!」

「どっちなのよ!」

もういい。

全員、好きにしなさい。

……いや駄目。

アタシ大将だった。

「好きにはするな! ちゃんと合わせて!」

「注文が多いねぇ!」

顧大嫂が笑いながら盾を押し込む。

その横で孫二娘が槍兵の間へ身体を滑らせた。

玉楼は二人を追わない。

アタシの横で、曾塗を見ている。

曾塗も気づいた。

今まで自分の声ひとつで動いていた兵が、もう間に合っていない。

「右を埋めろ!」

命令が飛ぶ。

けれど、その右では黄信隊が食い込んでいる。

「左、下がるな!」

左には孫立隊。

一つ命じれば、別の場所が遅れる。

初めてだ。

曾塗の顔に、はっきり焦りが出た。

「……何だと」

「今度は全部、アンタの思い通りにはならないわよ!」

アタシが前へ出る。

曾塗も退かない。

「通さん!!」

長刀が来た。

真正面から受ける。

腕が痺れた。

でも、さっきまでとは違う。

今までは曾塗の一撃を止めた直後に、横から必ず槍が来た。

今は来ない。

周りが間に合っていない。

「三娘様!」

玉楼の槍が足元へ走る。

曾塗が避けた。

その一歩で長刀の向きがずれる。

孫二娘が空いた横へ飛び込み、敵兵を押し退けた。

「そこ邪魔だよォ!」

「どきな!」

反対から顧大嫂の盾が入る。

曾塗の周りから、兵が消えた。

ほんの一瞬。

でも、それでいい。

「今です!」

玉楼の声。

アタシは踏み込んだ。

双刀を振り抜く。

曾塗が長刀を戻そうとする。

間に合わない。

片方が鎧の脇を裂いた。

曾塗の身体が揺れる。

「まだだ!」

長刀を持ち直す。

まだ兵を止めるつもりなの?

まだ守るの?

その執念だけは、ちょっと凄いと思う。

でも。

もう、アンタ一人じゃ戻せない。

孫立隊が横から食い込み、黄信隊が後ろを広げる。

曾頭市兵の足並みは完全に外れた。

それでも曾塗は長刀を振り上げる。

「退くなァ!!」

玉楼が動いた。

槍で長刀を受けるんじゃない。

軌道だけを外へずらした。

「三娘様!」

言われなくても分かる。

玉楼が開けてくれた場所へ入る。

曾塗の懐。

目が合った。

驚いた顔をしていた。

多分、今までアタシを止める対象としてしか見ていなかったんだと思う。

遅い。

「これで――終わり!」

双刀を交差させた。

曾塗の身体が大きく揺れる。

長刀が手から落ち、石畳を叩いた。

「曾塗様!」

敵兵の悲鳴が上がる。

曾塗が膝をついた。

顧大嫂がその横を抜ける。

「止まるんじゃないよ!」

孫二娘も続いた。

「ここで止まったら、また立て直されるよォ!」

「分かってる!」

玉楼が大きく息を吸う。

「曾塗、討ち取りました!」

曾頭市の空気が、今度こそ割れた。

あちこちから違う声が飛び始める。

奥へ下がれと言う者。

門を閉めろと叫ぶ者。

曾塗のところへ戻ろうとする者。

もう誰も同じ方向を見ていない。

顧大嫂が敵兵を押しながら笑った。

「今度こそ崩れたねぇ!」

孫二娘も息を切らせている。

「集団の中心が消えると、命令系統が――」

「説明はあと!」

「心理学の見せ場なのに!」

「今は戦場!」

その横を孫立が馬で通り過ぎた。

「まだ奥にいるぞ!」

顧大嫂が怒鳴る。

「義兄貴! 少しは馬から降りな!」

「急いでいる!」

「だから道が狭いんだよ!」

最後までそこなんだ。

でも、笑えたのはそこまでだった。

遠くで歓声が上がる。

蘇定も討たれたらしい。

別の路地でも銅鑼が乱れ、曾家の者たちが次々と追い詰められているという声が伝わってくる。

もう防衛じゃない。

崩壊だった。

その時、玉楼が奥を見た。

「三娘様」

ひときわ大きな屋敷から煙が上がっている。

最初は細かった。

やがて赤い火が屋根へ回った。

「火事?」

顧大嫂も足を止める。

「誰が火をつけた?」

孫二娘は答えなかった。

屋敷の奥から声がした。

「曾家は、降らぬ」

老人の声だった。

怒鳴っているのに、妙に悲しく聞こえた。

敵兵の誰かが叫ぶ。

「曾長者!」

曾弄――

曾家の大黒柱。

火は外から放たれたんじゃない。

内側から広がっている。

逃げるためでもない。

守るためでもない。

自分たちで、終わらせるための火だった。

李俊が少し離れた場所からこちらを見ていた。

今度は「怪我は」とも「前へ出るな」とも言わない。

アタシも何も言えなかった。

孫二娘から笑みが消えている。

顧大嫂も朴刀を下ろした。

さっきまであれだけ騒がしかった第四軍が、急に静かになった。

玉楼が燃える屋敷を見つめてから、静かに口を開いた。

「……帰りましょう」

アタシは双刀を下ろした。

屋敷の炎が夜へ広がっていく。

曾頭市は、確かに落ちた。

でも――

勝ったというより、崩れ切った。

そんな音が、炎の中から聞こえていた。

玉楼でございます。

曾塗様は、最後まで兵を立たせ続けておられました。

「しぶとかったねェ」

孫二娘様が息を吐きます。

「あたしは、もう少し押せば早かったと思うけどねぇ」

「また腕力で解決する気かよォ」

「勝ったんだからいいだろ?」

「結果論!」

お二人は最後まで変わりません。

ですが、三娘様は違いました。

孫二娘様が乱し、顧大嫂様が押した場所へ、わたくしが道を開ける。

三娘様は、その一瞬を迷わず選ばれました。

そして曾塗様が倒れた後――

曾家の屋敷から炎が上がりました。

先ほどまで騒いでいたお二人も、何も申しません。

戦が終わる時とは、もっと賑やかなものだと思っておりました。

あの夜だけは――

静かすぎたのでございます。

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