倒しても、まだ立つ
史文恭を倒して、外柵も破った。
普通なら、そろそろ終わっていいと思うのよ。
「でも中の方が面倒そうだねェ」
孫二娘が楽しそうに言う。
「じゃあ全部ぶっ壊せば早いだろ」
顧大嫂まで朴刀を担ぐ。
「アンタたち、攻略法が雑すぎる!」
「三娘も突っ込むじゃないか」
「アタシは考えてから行くの!」
「最近は李俊に止められるしねェ」
「何でそこで李俊!?」
しかも今度は曾塗まで出てきて、崩れた兵を立たせ直した。
倒しても、また誰かが立つ。
曾頭市、しぶとすぎない?
でも――
孫二娘が乱し、顧大嫂が押して、玉楼が止めた。
だったら最後に飛び込むのは、アタシの役目。
曾塗。
今度はこっちが、アンタの守りを崩す番よ!
外柵を抜けた瞬間、空気が変わった。
でも、誰も終わったなんて思っていない。
外から見た曾頭市は堅い砦だった。
中へ入ってみれば、それどころじゃない。
狭い通りの両側には土塀が続き、屋根は弓兵を置くにはちょうどいい高さで、その先にはさらに内側を区切る柵まで見えている。
「……何これ。入った方が面倒じゃない?」
「歓迎が手厚いねェ」
孫二娘が笑った、その直後だった。
屋根の上で影が動く。
「伏せて!」
アタシが叫ぶより、玉楼の槍が上を指した。
「弓兵でございます!」
矢が降った。
梁山泊兵が盾を上げ、乾いた音が立て続けに響く。
正面からだけじゃない。
左の路地で怒声が上がり、曾頭市兵が狭い道いっぱいに広がって押し寄せてきた。
右でも火が揺れる。
顧大嫂が朴刀を構えながら顔をしかめた。
「どこからでも出て来るじゃないか!」
「住民全員、戦闘参加型だったりしてねェ」
「嫌な町内会みたいに言うな!」
「三娘様、右からも参ります!」
玉楼の声で振り向く。
槍兵だ。
しかも、ただ飛び出してきたわけじゃない。
屋根の弓がこちらの頭を押さえ、その間に路地から兵が出てくる。
外柵を破られたあとまで考えて、最初から町そのものを戦場にしていたらしい。
史文恭は倒れた。
でも、曾頭市はまだ生きている。
「第四軍、広がり過ぎないで! 孫二娘は左! 顧大嫂は右を押さえて!」
「はいよォ!」
「任せな!」
二人が別々の路地へ兵を振る。
アタシが中央を見ると、玉楼はもう反対側を見ていた。
こういう時は、どちらか一人が同じ場所を見ていたら駄目だ。
アタシが前を見る。
玉楼が横を見る。
玉楼が屋根を見るなら、アタシが地上を見る。
言葉にしなくても、身体が先に動いた。
「三娘様、正面はまだ薄いです!」
「だったら詰める!」
前へ出た瞬間、槍が一本伸びてくる。
双刀で払う。
その横から玉楼の槍が走り、二人目を下がらせた。
「今!」
アタシが踏み込み、敵兵の槍を外へ弾く。
後ろの梁山泊兵が続いた。
ところが、押し切れると思ったところで曾頭市側から声が飛んだ。
「曾塗隊、正面を維持しろ!」
別の方向からも、
「曾密隊、左へ回れ!」
さらに屋根へ上がる兵までいる。
「まだ指揮が生きてる……」
思わず口にした。
史文恭が死ねば一気に崩れると思っていた。
実際、外柵では崩れた。
でも、中へ入った途端に別の誰かが兵をまとめ直している。
孫二娘が左で敵兵を押し返しながら叫ぶ。
「組織ってのは一人倒したくらいじゃ消えないよォ! 代わりがいれば、集団は勝手に形を作り直す!」
「心理学!?」
「集団心理だねェ!」
「便利だな心理学!」
顧大嫂の声が右から飛んだ。
「じゃあ心理学でこいつら全部どかしてくれ!」
「それはアンタの仕事!」
「役に立たないじゃないか!」
「アタイに何を期待してんだよォ!」
こんな時まで騒がしい。
でも、その声が聞こえている間は、第四軍がどこにいるか分かる。
左では孫二娘、右では顧大嫂が騒ぎながら戦っていて、アタシのすぐ横には玉楼がいる。
それだけで妙に落ち着いた。
その時、後ろから聞き慣れた声が飛んできた。
「三娘!」
反射で振り向く。
李俊が別隊を率いて外柵を抜けてきた。
「怪我ならしてない!」
「また先に答えるな!」
「どうせ聞くんでしょ!」
「聞く!」
即答された。
何なのよ、それ?
「三娘様、前を」
玉楼に言われて慌てて向き直る。
横で孫二娘が笑っている。
「もう会話の型が出来上がってるねェ」
「戦闘中!」
「だから短く済んで便利だろォ?」
「そういう問題じゃない!」
李俊まで後ろから、
「前見ろ!」
と怒鳴ってくる。
「見てる!」
「今、俺見てただろ!」
「見てない!」
「見てたねェ」
「孫二娘!」
何で戦場のど真ん中で証人が増えるのよ!
その直後、銅鑼が鳴った。
今までより近い。
しかも、さっきの乱れた音とは違う。
一度。
二度。
はっきり揃っている。
曾頭市兵の動きが変わった。
逃げかけていた者まで立ち止まり、路地の奥へ目を向ける。
新しい兵が出てきた。
走っていない。
怒鳴ってもいない。
それなのに速い。
前列に盾、その後ろに槍兵が続き、さらに後ろへ弓兵がつく。
乱れた戦線へ、そのまま差し込める形で進んでくる。
玉楼が目を細めた。
「立て直すために残していた兵でございます」
「まだ予備がいるの!?」
顧大嫂が心底嫌そうに叫んだ。
「どんだけ溜め込んでるんだい!」
孫二娘は笑みを消していた。
「こっちが外柵を破るところまで考えてたんだろうねェ」
やめてよ。
史文恭だけでも十分面倒だったのに、あいつが倒された場合まで考えているなんて聞いてない。
新しい隊列の中央から、大柄な男が出てきた。
重そうな鎧を着ている。
けれど動きは鈍くない。
男が進むたび、周囲の兵が自然に場所を空ける。
長刀を持ち上げると、曾頭市中へ響くほどの声を張った。
「史文恭殿は討たれた!」
敵兵がざわついた。
わざわざ言う!?
黙ってた方が良くない!?
でも、男は続けた。
「だから何だ! 曾頭市は、まだ落ちておらん!」
槍の石突が一斉に地面を叩いた。
さっきまで逃げかけていた兵が止まる。
顔まで変わった。
孫二娘が舌打ちした。
「上手いねェ」
「何が?」
「悪い情報を隠さないで、自分から言っちまった。全員が知ってる不安を口にして、その次にやることを一つに絞ったんだよォ」
「……まだ守れ、って?」
「そういうこと」
面倒くさい。
本当に面倒くさい!
史文恭は自分の強さで戦場を動かした。
今度の男は、兵を立たせることで戦場を動かしている。
玉楼が男を見た。
「曾塗と思われます」
曾家の人間。
だったら、なおさら簡単には退かない。
曾塗が長刀を上げた。
「門前を死守しろ!」
盾兵が前へ出た。
その隙間から槍が揃う。
屋根の弓兵まで射る場所を変えている。
一人の号令で、ばらばらだったものがまた一つになった。
「これ、正面から行ったら固いわね」
「はい、ですが全て曾塗の声へ合わせて動いております」
玉楼の言葉で気づく。
「じゃあ、あいつの指示を遅らせれば……」
「どこかに綻びが生まれます」
顧大嫂が聞きつけた。
「つまり、殴ればいいんだね!」
「何でそうなるの!?」
「だいたい合ってるよォ」
「孫二娘まで!」
「ただし、曾塗だけ見て突っ込むのは駄目だねェ。あいつ、自分を餌にして周りで刺す気だ」
そこまで言った瞬間、曾塗が動いた。
真正面から来る。
大柄なのに速い。
長刀が振り下ろされた。
顧大嫂が盾で受けた。
重い音が響く。
「ぐっ……重いねぇ!」
曾塗は止まらない。
受けられることまで分かっているみたいに、次の一撃へつなげる。
孫二娘が左から回った。
「横、空いてるよォ!」
その瞬間、曾塗の横から槍が伸びた。
「チッ!」
孫二娘が身を引く。
玉楼が叫ぶ。
「周囲と連動しています!」
やっぱり。
曾塗一人を斬れば終わる形じゃない。
曾塗へ近づく相手を周囲の兵が刺し、その兵へ向かえば曾塗が長刀で押し返す。
今度は守るための強さだ。
「三娘様、来ます!」
曾塗の視線がアタシを捉えた。
「……女か」
何その反応。
今さらそこ!?
「悪かったわね!」
「三娘様、怒る場所はそこではございません!」
分かってる!
曾塗は笑わなかった。
油断もしていない。
むしろアタシの双刀と周囲の動きを一度見てから、長刀の向きを変えた。
「お前が指揮官か?」
「そうだけど?」
「なら、ここで止める」
「そう簡単に止まると思う?」
横で顧大嫂が笑った。
「三娘は止めても勝手に出るよ!」
「今それ言う!?」
孫二娘まで、
「経験者の証言は重いねェ」
と余計なことを言う。
「味方して!」
「してるだろォ!」
本当に腹立つ味方だ。
曾塗が踏み込んだ。
長刀が横薙ぎに来る。
双刀を交差させて受けると、腕が一気に痺れた。
「くッ……!」
重い。
でも史文恭とは違う。
史文恭の槍は、崩れる場所へ正確に入ってきた。
曾塗は自分の一撃でこちらを止め、その止まった瞬間を周囲に使わせる。
実際、後ろから槍が揃い始めた。
「三娘様!」
玉楼がアタシの横へ入る。
曾塗の二撃目を槍で逸らし、そのまま外へ流す。
アタシは反対へ踏み込んだ。
曾塗が追おうとする。
でも、その横で何かが派手に砕けた。
孫二娘が路地に残っていた屋台を蹴り倒したのだ。
「こっち見なッ!」
木片が飛び、燻っていた火が散る。
「何してんの!?」
「注意を逸らしてんだよォ!」
「もっと普通の方法ないの!?」
「あるなら今出せ!」
敵の槍兵が一瞬だけそちらを見る。
玉楼は見逃さなかった。
槍が地面すれすれを走り、曾塗の足元へ入る。
「ッ!」
初めて体勢が揺れた。
右から顧大嫂が突っ込む。
「今だよ!」
盾ごと敵兵へぶつかり、曾塗の横を守っていた槍列を押し込む。
「顧大嫂、押しすぎない!」
「今日は押していいんだろ!」
「今日はじゃなくて今!」
「細かいねぇ!」
左では孫二娘が笑っている。
「三娘、正面!」
分かってる。
曾塗が体勢を戻そうとしている。
でも遅い。
今まで全部噛み合っていた防衛線が、ほんの一瞬だけずれた。
孫二娘が視線を奪った。
玉楼が曾塗の足を止めた。
顧大嫂が周りの兵を押した。
だったら、最後に入るのはアタシだ。
曾塗の長刀が戻ってくる。
その前に踏み込む。
背後で李俊の声が聞こえた。
「三娘、出すぎるな!」
「今だけは出る!」
「戻ってこいよ!」
胸の奥が一瞬だけ跳ねた。
こんな時に、それ言う!?
でも――
「アンタもね!」
返した声は、自分でも驚くくらい自然だった。
曾塗が長刀を引く。
もう一度、防衛線を立て直すつもりだ。
させない。
防衛線の呼吸が止まった、その一瞬へ身体を入れる。
そこへ――
双刀を、真正面へ走らせる。
玉楼でございます。
史文恭様を討っても、曾頭市は止まりませんでした。
「しぶといねェ。組織って怖いよォ」
孫二娘様が申します。
顧大嫂様は朴刀を担いで、
「だったら全員ぶっ飛ばせば終わるだろ?」
「だから心理学を腕力で解決するな!」
三娘様の声が通りへ響きます。
ですが曾塗様は、崩れた兵をもう一度立たせるお方でした。
ならば、こちらも四人で崩すだけでございます。
孫二娘様が視線を奪い、わたくしが足を止め、顧大嫂様が周囲を押す。
そして最後は――三娘様。
「戻ってこいよ!」
李俊様の声に、
「アンタもね!」
と返して、そのまま前へ。
……以前なら、まず否定しておられたような気もいたしますが?
さて――
三娘様の双刀は、もう曾塗様へ届くところでございます。




