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待つ方が嫌い

待つの、嫌い。

戦うならまだ分かるのよ。

刃が来れば斬るなり避けるなり、その場で身体を動かして決められる。

でも今回は、呼延灼たちが関勝を騙してる間、アタシたちは待つだけ。

「三娘ァ、さっきから後ろ見すぎだよォ?」

「見てない!」

孫二娘が笑う。

「十回は見たねェ」

顧大嫂まで頷いた。

「あたしも見てるよ。戻ってこなきゃ仕事が始まらないからねぇ」

「その割り切り方、少し分けて!」

しかも孫二娘は、

「三娘は待つより、李俊を待たせる方が得意だねェ」

とか言い出す。

「何で今そこに李俊を出すの!?」

挙句、本人まで現れて、

「今日は前へ出ない!」

「珍しいな」

……全員、アタシを何だと思ってるの?

お願いだから関勝、追って来るなら早くして。

待つ方が、戦うより疲れるんだけど!

梁山泊の隊は、既に退き始めていた。

関勝軍へ背を向ける形で、さっきまで戦っていた街道から少しずつ距離を取っていく。

本当に逃げるわけではない。

呼延灼たちが梁山泊を見限り、官軍へ降ったように見せるためには、こっちが近くで待ち構えていたら芝居にならないのだ。

だから退く。

理屈は分かっているのに、どうにも気分が悪かった。

振り返れば、呼延灼を先頭に、韓滔と彭玘、その後ろを少数の兵が進んでいる。

旗竿は途中で折られ、隊列もわざと乱されていた。

兵たちの足取りまで重く見えるようにしているのだから、遠目には本当に敗走した一団にしか見えない。

さっきまで味方だった者たちが、梁山泊を捨てたふりをして官軍へ向かっていく。

芝居だと知っていても、嫌な絵だった。

「……見てて気持ちいいものじゃないわね」

隣を進む玉楼が、呼延灼たちの背を見たまま頷いた。

「はい、ですがあの姿でなければ関勝様には届かないでしょう」

「分かってる。そこまで含めて嫌なのよ」

雑な策なら文句を言えるし、危ないだけなら止めろとも言える。

ところが今回は、嫌になるくらい筋が通っていた。

呼延灼一人では疑われるかもしれない。

だから韓滔と彭玘も行く。

梁山泊側は本当に退いたように見せ、三人には官軍出身という過去まで使わせる。

全部が嘘なのに、嘘を本物らしくする材料だけは本物だった。

「三娘ォ、見すぎだよォ」

孫二娘に言われ、アタシは前を向いた。

「見てない」

「今ので何回目だろうねェ?」

「数えてたの!?」

「十を超えたところでやめたよォ。人間は気にするなって言われるほど気にするからねェ」

「誰にも気にするなって言われてない!」

「自分で言ってるんじゃないかい?」

言われてみれば、そうかもしれない。

顧大嫂が横から鼻を鳴らした。

「あたしだって見てるよ。あの三人が戻ってこなきゃ、こっちの仕事も始まらないんだからねぇ」

「そういう見方もあるのね」

「それ以外に何を見るんだい?」

強い。

顧大嫂はこういう時、迷いを一発で現実に戻してくる。

孫二娘が笑った。

「三娘は心配性だからねェ。李俊に前へ出すぎるなって言われる割に、人が前へ出ると今度は気になって仕方ない」

「何でそこで李俊が出てくるのよ!」

「出した方が反応が分かりやすいから」

「心理実験するな!」

第四軍の兵たちが笑いを堪えている。

聞こえてるからね!?

でも、笑いが出るなら悪くない。

周囲の兵たちだって、この退却が偽物だとは聞かされている。

それでも、味方に背を向けたまま官軍へ近づく三人を気にしているのは同じらしく、誰も露骨には振り返らないのに、時々視線だけが後ろへ滑っていた。

見ないふりをして、全員見ている。

「関勝、通すと思う?」

孫二娘の声が少しだけ真面目になった。

「分からない」

それしか答えようがない。

信じるかもしれないし、疑うかもしれない。

もっと嫌なのは、疑ったうえで信じたふりをする可能性だ。

関勝ならありそうだから困る。

顧大嫂も同じことを考えたらしい。

「あの男、簡単には信じないだろうねぇ」

「でしょうね。でも無視もしないと思う」

「呼延灼たちは元官軍だしねェ。しかも三人まとめて離反しましたって顔で来たら、とりあえず話くらい聞く」

孫二娘がそう言ってから、少し考える。

「信じるかどうかより、話を聞かせるところまで行けば最初の段階は成功かなァ」

「心理学的に?」

「今回は普通の話だよォ」

「普通の話もできるのね?」

「三娘ォ?」

「ごめんなさい!」

今度は孫二娘に怒られた。

左右から怒られる大将って何なの。

玉楼だけは口元を少し緩めながらも、遠くの官軍を見ている。

「前衛が動きました」

その言葉で、笑いが止まった。

振り返りすぎないように顔だけを向けると、遠くで槍の列がわずかに前へ出ていた。

呼延灼たちを止めたのだろう。

当然だ。

いきなり敵側から武将が三人もやってきて、「仲間割れしたので降ります」と言われて、そのままどうぞと通す方が怖い。

けれど距離がありすぎる。

何を話しているのか聞こえない。

呼延灼の顔も、韓滔の様子も、彭玘がどこを見ているのかも分からない。

ただ三騎が官軍の前で止まっているらしいことだけが、小さな影の動きで見えた。

待つしかない。

その事実が、戦うよりずっと落ち着かなかった。

刃が来れば避ければいい。

槍なら払えるし、敵が突っ込んでくるなら斬るか退くか決められる。

今は何もできない。

遠くで誰かが言葉を交わしていて、その結果次第で呼延灼たちの命も、この後の戦も変わる。

それなのにアタシたちは、何も知らない顔をして前へ進み続けなければならない。

「待つの嫌い……」

「三娘は待たせる方だからねェ?」

「何の話!?」

「李俊」

「だから何でそこへ戻るの!」

顧大嫂が吹き出した。

「でも李俊も大概だよ。三娘が前へ出る度に怒鳴ってるじゃないか」

「あれは向こうが勝手に!」

「双方だねェ」

「またそれ!?」

もうこの二人、絶対楽しんでる。

その時、進行方向から馬蹄が近づいてきた。

こちらへ戻ってきた斥候が、泥を跳ね上げながら隊列の横へ寄せる。

「報告!」

一瞬で空気が変わった。

「呼延灼殿、韓滔殿、彭玘殿――関勝の陣内へ通されました!」

息が止まりそうになった。

通った。

第一段階は成功。

そう言ってしまえば簡単だけど、喜んでいいのかは分からない。

「……通されたのね?」

「はい!」

「関勝の様子は?」

「遠くからでは確認できません。ただ、三名とも武器を預け、陣内へ入ったとのこと!」

武器まで預けた。

胸の奥がさらに重くなる。

孫二娘も笑わなかった。

「逃げる選択肢まで減ったねェ?」

「言わないでよ」

「でも、そこまでしないと信じてもらえない」

「それも分かってる」

分かっていることばかり増えていく。

そのくせ何も楽にならない。

遠くの青龍旗は、何事もなかったように揺れている。

その下に三人がいる。

もう、こっちから手を伸ばして届く場所じゃない。

「三娘様、参りましょう」

玉楼に促され、アタシはようやく前を向いた。

「次はこっちが騙す番ね」

「既に騙しております」

「そうだった……」

退却も芝居だった。

嫌になる。

梁山泊の隊はさらに距離を取った。

昼を過ぎる頃には、隊列の一部が街道から外れ始める。

表向きは寨へ逃げ帰るように見せながら、実際には林の中や丘の裏へ兵を散らし、関勝軍が追ってきた時のための伏兵を置いていく。

第四軍にも指示が来た。

「街道西側の林へ入れ、です」

玉楼が伝令から受けた内容を確認する。

「関勝軍が本隊を追えば、こちらは後方へ回って退路を押さえます」

「前じゃなくて後ろなのね?」

「はい、今回は三娘様に前へ出るなと申し上げずに済みます」

「そういう意味で言ったんじゃない!」

孫二娘がすぐに笑う。

「李俊に教えてあげたいねェ。三娘が自分から後ろへ行くって」

「任務だから!」

「理由を聞けば安心するんじゃないかい?」

「何で安心させる前提なのよ!」

「心配されて嬉しそうだから?」

「嬉しそうじゃない!」

言い切ったところで、前方の分かれ道に李俊がいた。

聞こえてないわよね?

聞こえてないで……

「三娘」

聞こえてた気がする!

「な、何?」

「第四軍は西の林だろ」

「そうよ」

「俺たちはその先へ回る。敵が崩れたら、そっちへ流れるかもしれん」

急に普通の戦の話だった。

心臓返して……

「分かった。こっちで止める」

「無理に追うなよ」

「今日は前へ出ない!」

「珍しいな」

「アンタまでそれ言う!?」

李俊が笑って馬を進める。

孫二娘が後ろから、ものすごく嬉しそうに覗き込んできた。

「顔赤いねェ?」

「夕日!」

「まだ夕方じゃないよ」

「うるさい!」

顧大嫂の笑いまで重なる。

本当に嫌な軍だわ。

……でも、少しだけ肩の力が抜けた。

やがて第四軍は林の奥へ入った。

馬の口を押さえ、兵たちにも余計な音を立てないよう命じる。

盾は伏せ、槍先も陽を反さないよう低く置かせた。

今度の仕事は斬ることじゃない。

待つことだ。

日の傾きとともに林の中は暗くなり、やがて木々の隙間から月が見えるようになった。

それでも関勝軍は来ない。

呼延灼たちからの新しい知らせもなかった。

孫二娘は木にもたれ、顧大嫂は黙って街道の方を見ている。

玉楼は何度か配置を確認したあと、結局アタシの隣へ戻ってきた。

「落ち着きませんか?」

「全然」

「わたくしもでございます」

その答えに少しだけ安心した。

遠くでは、梁山泊本隊が退却を続けているはずだ。

さらにその向こうには関勝軍がいる。

呼延灼たちは何を話したのか?

関勝は信じたのか?

いつ動くのか?

何も分からない。

兵の誰かが唾を飲み込む音まで聞こえそうな静けさの中、アタシは暗い街道を見続けた。

待つ――

ただ待つ。

その時間が、やけに長かった。

玉楼でございます。

三娘様は、戦っている時より待っている時の方が、ずっと落ち着かないご様子でした。

「十回以上、後ろ見てたねェ」

孫二娘様が笑います。

「見てない!」

顧大嫂様まで首を振りました。

「あたしも数えちゃいないけど、かなり見てたねぇ」

「何で全員そっち見てるの!?」

呼延灼様たちは無事、関勝様の陣へ入りました。

ですが三娘様の心配は、それで終わりません。

そこへ李俊様が現れます。

「今日は前へ出ない!」

「珍しいな」

「アンタまで!?」

孫二娘様が嬉しそうに申しました。

「顔、赤いねェ?」

「夕日!」

「まだ早いよ」

……三娘様。

敵を待つより、李俊様への言い訳を考える方がお忙しそうでございます。

ですが今夜、待っているのは李俊様ではありません。

――関勝様でございます。

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