表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/101

北京大名府攻略戦・後編

北京大名府へ向かう前から、嫌な予感がした。

城攻めは、好きじゃない。

狭いし、詰まるし、止まると、そのまま人が潰れる。

しかも今回は、顧大嫂と孫二娘までいる。

絶対、静かに終わらない。

実際、顔を合わせた瞬間からうるさかった。

「城攻めだって?」

顧大嫂が笑う。

「面白そうじゃないか」

孫二娘も横で笑っている。

嫌な予感しかしない……

でも―― こういう時に前へ出る人達なのも、分かっていました。

押し込む時、止まらない。

崩れた時、そこで暴れ切れる。

多分、城の中でも変わりらない。

だから今回の北京大名府攻略戦は、 静かな戦にはならないわね。

遠くで鳴っていた銅鑼が、今度は近い。

一つじゃない。

重なっている。

城内の奥から、整った足音が響き始めた。

さっきまでとは違う。

慌てて集まった兵じゃない。 最初から、動く形が決まっている。

玉楼が低く言う。

「本隊です」

見ると、暗い通りの奥に灯りが並ぶ。

隊列が揃ったまま、真っ直ぐこちらへ来る。

顧大嫂が鼻を鳴らした。

「嫌な感じだねぇ」

孫二娘も笑みを消す。

「今までの雑兵とは違う」

アタシは前を見る。

敵兵が、道を空け始めていた。

自然に、命令を待たず。

そこへ――

一団が出てくる。

前列が盾を並べる。

槍が揃う。

足並みまで同じだった。

「止めに来たわね」

玉楼が頷く。

「立て直す気です」

速い。

北京大名府側も、完全には崩れていない。

むしろ――

ここからが本番だ。

前へ出ようとした兵が、逆に押し返される。

第四軍の勢いが、一瞬止まった。

「……ッ」

重い。

真正面から押し返してくる。

顧大嫂がぶつかる。

「邪魔だよ!」

だが、崩れない。

孫二娘が横へ回る。

「固いねぇ!」

そこも止められる。

槍が揃っている。

勝手に追ってこない。

無理に乱れない。

玉楼が短く言う。

「中央、潰せません」

分かる。

無茶に突っ込めば、 今度はこっちが止まる。

止まれば終わる。

後ろには、まだ第四軍が流れ込んでいる。

ここで詰まれば、 城門の中で潰し合いになる。

その時、後ろから静かな声が飛ぶ。

「開けろ」

林冲だ。

白い披風が揺れる。

林冲隊が、ゆっくり前へ出る。

慌てない。

走らない。

でも――速い。

前列が割れる。

第四軍の横を抜け、 林冲が中央へ出た。

敵兵の空気が変わる。

真正面。

槍と蛇矛がぶつかった。

重い音。

次の瞬間、 中央が沈む。

「……え?」

思わず声が漏れる。

一撃だった。

崩れなかった列が、 そこで初めて乱れる。

林冲が止まらない。

そのまま前へ出る。

白い披風が、夜の中を抜けていく。

玉楼が小さく呟いた。

「突破しましたね」

顧大嫂が笑う。

「だから軍隊なんだろうねぇ!」

アタシは息を吐く。

第四軍は、流れを壊す。

林冲隊は、 壊れた場所を“突破”に変える。

役割が違う。

だったら――

「第四軍、左右へ広がる!」

玉楼が即座に通す。

「左右展開!」

孫二娘が笑った。

「やっと暴れやすくなった!」

顧大嫂も前へ出る。

「押し潰すよ!」

北京大名府の夜が、 さらに大きく揺れ始めた。


左右へ広がった瞬間、空気が変わる。

今まで、城門の一点へ押し込まれていた兵が流れ始めた。

詰まりが消える。

第四軍が、一気に横へ裂けた。

顧大嫂が右側へ踏み込む。

「固まるな!」

盾ごと押し飛ばす。

無理やり間を作る。

そこへ孫二娘が入り込む。

「遅いんだよ!」

横から首筋へ刃が走る。

兵が崩れる。

崩れた場所へ、さらに後ろが巻き込まれる。

止まらない。

玉楼が中央を見たまま言う。

「右、押せています」

アタシは頷く。

左も崩れ始めていた。

林冲隊が中央を貫いた事で、 敵の“止める形”そのものが歪み始めている。

統率が切れた。

もう、“壁”じゃない。

「今よ!」

第四軍がさらに前へ出る。

敵兵が押される。

逃げ始める。

だが、まだ終わらない。

奥だ。

城内のさらに奥から、また銅鑼が鳴る。

「……まだいるわね」

顧大嫂が嫌そうに吐き捨てる。

玉楼が前を見る。

「内城側です」

北京大名府は広い。

外門を抜いても、 それで終わる城じゃない。

通りが長い。

左右にも兵が流れている。

完全に飲み込むには、 まだ足りない。

その時だった。

前方で、突然火が上がる。

「火!?」

兵がざわつく。

通りの奥。

荷車が倒され、 油が撒かれていた。

火が一気に広がる。

道を塞ぐ気だ。

「ちッ……!」

孫二娘が舌打ちする。

熱気が押し返してくる。

進路が狭まる。

敵は、ただ押されているだけじゃない。

ちゃんと時間を稼いでいる。

玉楼が即座に言う。

「右路地、生きています!」

見ると、細かった。

でも、通れる。

顧大嫂が笑った。

「やっと城攻めらしくなってきたねぇ!」

アタシは前を見る。

火、煙、狭路に逃げ惑う兵。

北京大名府そのものが、 巨大な迷路みたいに動き始めていた。

そして――

その奥には、まだ敵がいる。


右路地へ入った瞬間、空気が変わった。

火の熱が、壁越しに押してくる。

煙まで流れ込んでいた。

「ったく、息苦しいねぇ!」

顧大嫂が前を蹴散らす。

逃げ遅れた兵が壁へ押し付けられた。

孫二娘が、その横を抜ける。

「止まるなよ!」

細い路地へ、第四軍が流れ込む。

だが―― 奥の空気が違った。

玉楼が先に気付く。

「前方、止まっています」

路地の先を見ると、兵がそこで踏み止まっていた。

逃げていない。

押し返している。

しかも――

中央だけ、妙に空いている。

誰かいる。

次の瞬間、怒声が響いた。

「退くなッ!!」

空気が震える。

前列の兵が、そこで踏み止まった。

その奥に、大斧を持った男が馬に乗っていた。

近付くだけで圧がある。

男が前へ出る。

火の中でも、目だけが鋭い。

「大名府兵馬都監――索超だ!」

声が路地へ響いた。

「通りたきゃ、俺を越えて行け!」

顧大嫂が鼻を鳴らす。

「面倒なのが居るねぇ!」

孫二娘が笑う。

「いいじゃないか!」

索超が踏み込む。

大斧のクセに速い。

そのまま横薙ぎに振られた、

壁ごと抉るみたいな一撃。

兵が吹き飛ぶ。

顧大嫂が舌打ちした。

「狭い場所で出て来る相手じゃないよ!」

孫二娘が横へ回る。

「でも、暴れにくそうだ!」

確かに……

広場なら危ない。

でも、ここは路地だ。

振り回せる幅が限られる。

アタシは前を見る。

索超も分かっている。

だから無理に追ってこない。

路地を塞いでいる。

時間稼ぎだ。

「玉楼」

「はい」

「左右から崩す」

玉楼が即座に動く。

槍が走る。

索超の足元を狙う。

だが、大斧が落ちる。

重い。

火花が散る。

玉楼が下がる。

そこへ顧大嫂が突っ込んだ。

「どいた!」

盾ごと押す。

索超の体勢が、わずかに浮く。

その瞬間――

孫二娘が横へ滑り込む。

「隙だらけだよ!」

刃が走る。

索超が避ける。

だが、完全じゃない。

肩口が裂けた。

血が飛ぶ。

「ッ……!」

初めて、索超の呼吸が乱れる。

アタシはそこへ踏み込んだ。

双刀が、大斧へ絡む。

重い。

でも、止まった。

「今!」

玉楼が後ろへ回る。

槍の柄が、索超の腕へ叩き込まれた。

崩れる。

顧大嫂が押す。

孫二娘が腕へ絡みつく。

狭路だった。

だからこそ、 四人で潰せた。

索超が地面へ膝をつく。

それでも、大斧を離さない。

「まだやる気?」

アタシが息を吐く。

索超は睨み返してくる。

負けていない目だった。

でも――

後ろでは、もう第四軍が流れ始めている。

止め切れない。

玉楼が静かに言う。

「縛りますか」

顧大嫂が笑った。

「大物だねぇ」

孫二娘が肩で息をしながら笑う。

「やっと城攻めっぽくなってきた!」


索超が縛られる。

それでも、まだ睨んでいた。 膝をついたまま、大斧だけは離さない。

顧大嫂が呆れた様に笑う。 「しぶとい男だねぇ」 孫二娘が縄を引く。

「こういうのが最後まで面倒なんだよ」

索超は答えない。

血が流れている。

でも、目は死んでいなかった。

その後ろを、第四軍が流れていく。

もう止まらない。

路地の奥へ、梁山泊兵が雪崩れ込んでいた。

敵兵が下がり、押し返せない。

誰かが逃げ始めると、我先にと広がる。

「退け!」

「内城へ下がれ!」

怒鳴り声が飛ぶ。

でも、揃わない。

玉楼が周囲を見る。

「……崩れ始めています」

アタシは頷く。

城の中そのものが、崩れ始めていた。

遠くで、また銅鑼が鳴る。

でも、さっきまでと違う。

揃っていない。

音が乱れている。

顧大嫂が肩を鳴らした。

「終わりが見えてきたねぇ」

孫二娘が笑う。

「長かったじゃないか」

アタシは前を見る。

燃えている。

煙が流れている。

兵が走っている。

叫び声も、足音も、全部混ざっていた。

北京大名府が、落ちる――

その実感だけが、ようやく出始めていた。

その時――

後ろから、静かな声が通る。

「前を開けろ」

林冲だった。

白い披風が、煙の中を抜けてくる。

林冲隊は、まだ乱れていない。

静かなまま、前へ出る。

索超が、初めてそちらを見る。

林冲は止まらない。

索超の前まで来ると、一度だけ視線を落とした。

「……良い踏ん張りだった」

索超は笑わない。

だが、目だけがわずかに動く。

「負けたのは俺だ」

絞り出す様な声だった。

林冲は、それ以上言わない。 ただ、前を見る。

「もう終わる」

静かだった。

でも、断言だった。

その瞬間――

遠くで、門が落ちる音がした。

重い音。

続いて、歓声が上がる。

梁山泊兵だ。

玉楼が小さく息を吐く。

「……内門ですね」

顧大嫂が笑った。

「終わりだねェ」

孫二娘も肩を回す。

「ようやくだよ」

アタシは、ゆっくり息を吐く。

長かった。

でも―― まだ終わってはいない。

城が落ちた後の方が、面倒だからだ。

煙の向こうでは、まだ人が走っている。

火も消えていない。

アタシは双刀を戻す。

「第四軍、暴れないでよ」

顧大嫂が鼻で笑う。

「誰に言ってるんだい」

孫二娘が肩をすくめた。

「今日は城を落としただけさ」

玉楼が静かに続ける。

「……ここからが、梁山泊です」

その言葉だけが、 煙の残る夜へ静かに落ちた。

北京大名府へ入ってからも、顧大嫂殿と孫二娘殿は、最後まで騒がしいままでした。

「押せ押せ! 止まったら潰れるよ!」

顧大嫂殿が怒鳴れば、

「アンタが押し過ぎなんだよ!」

孫二娘殿が即座に怒鳴り返す。

そのまま二人で敵兵ごと押し合いになり、周囲の兵達まで巻き込まれていました。

しかも索超殿が出て来た時ですら、

「デカいねぇ!」

「狭い路地で振り回す気かよ!」

「アンタも大概うるさいよ!」

「ババアの声の方が響いてるだろ!」

――ずっと騒がしいままでした。

ですが、不思議と第四軍は止まりません。

怖くても、燃えていても、狭路で押し潰されそうでも、前で誰かが怒鳴っていると、人は足を止め切れない。

顧大嫂殿は、押し込む空気を作る方です。

孫二娘殿は、崩れた場所へ飛び込むのが速い。

だから第四軍は、城の中でも前へ出続けました。

ですが今回、一番静かだったのは林冲殿かもしれません。

第四軍が流れを壊し、林冲隊が、それを“突破”へ変えていく。

北京大名府の戦は、そんな形で動いていました。

そして――

城が落ちた後、扈三娘様が言われた、

「暴れないでよ」

あの一言だけが、妙に残っています。

多分、城攻めは落とした後の方が難しい。

扈三娘様は、それを最初から見ておられたのでしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ